Nov17

リトリーバル活動

しかし、ある意味、肉体を持ったまま、アストラル界へと移動するということは、そもそもパラレルワールド化していく現在の物質界の地球においても、ネガティブな信念体系を持つ人は、あの世のアストラル界でそうである以上に、この物質界で肉体をもったままその信念体系領域を体験することになるので、より袋小路のようになって抜け出せない&苦しくなってしまう。だからこそ、肉体をもって、リトリーバルすることが大事なんだね。ある意味それが受肉した上でブッディの意識に目覚めたライトワーカの仕事ともいえる。

イエス・キリストはまさにあの時代に、自身のメンタル体を、主の愛と光によってコヒーレントな波にし、魂の乗り物に変え、時に応じて振動数を下げて自らを物質化しながら、主の愛(ロゴス)を伝え、人々の意識や魂を救っておられたということか。それが復活であり、第五イニシエーションか。

マカバの形成

不死とテレポーテーション、およびその背景にあるアセンションにおいて、重要なポイントは、マカバの形成にこそあるね。ブッディ層とつながり、アストラル体をコヒーレントな波にする。そのためのプロセスは神智学における5段階のイニシエーション理論や、サンジェルマン伯爵(セントジャーメイン)の三重の叡智のなかで記載されている。

Nov16

つまり

つまり、アストラル界に自我を保ちつつ生きるというということは、生きながらに、ヘミシンクで言うところのリトリーバル活動を、「地上において」できるということでもある。そして「地上」をF27の天国に変化させていくことができるということでもあるね。

新しい仮説

いろいろリサーチをしていくなかで、2018年の3月27日隕石衝突による世界シフト説についてはそこまでこだわる必要もない気がしてきた。

どうもいろいろ調べていく中で、こちらの新しい仮説の可能性が高くなってきた。それは、肉体を持ったまま、かつては死後の世界でしか体験しえなかったアストラル界を、体験できるようになっているということ。つまり、物質界からアストラル界へと移動するために、肉体を死に持っていく必要がない世界に移動した。いわゆる比喩ではない、文字通りのアセンション。つまりその日に単純にその日付に自分がアセンションしたというだけ。逆に言えば早い人はもっと早めにアセンションしている。

そう考えると、いろいろつじつまがあう部分がある。例えば、おそらく現代美術家(コーデノロジスト)の荒川修作氏は、「人間は死なない」「死なない建築」をスローガンに、美術活動をされていたが、おそらく生きながらにして死後のこういう世界を見ておられたんだと思う。それはすでに自分が肉体を持っていた時から、実際にお会いしているので(そして明らかにスターピープルであるばかりでなく、確実に別次元を見ていらっしゃった)、どうも物理世界の法則を超えるために、肉体の死を体験する必要がなくなっていたということなんだな。

そういう意味では、すでに70年代から(場合によっては近代初期、いや、むしろ、いつの時代でもといってもいいかも)、この体験をしている人はいて、そういえばそういう方々はたくさん著作や、作品を残されているなと。

つまり、アストラル界に自我を保ちつつ生きるというということは、生きながらに、ヘミシンクで言うところのリトリーバル活動を、「地上において」できるということでもある。そして「地上」をF27の天国に変化させていくことができるということでもあるね。美術の世界はまさにこういう側面があるだろう。

隕石衝突説が実在したかどうかは引き続きリサーチはするとしても、逆に、それがあったかなかったを考えるよりも、意識の次元を理解するためのフレームとしては便利な側面がある。
仮に、この世界を、仮に隕石衝突後のアストラル界として、死後の世界ととらえたほうが、むしろアセンション後に体験するアストラル地球の歩き方は理解はしやすい。
そこで異なるポイントは、アストラル界に移動するために肉体の死は必要がなかったというだけで、なおかつおそらく現在は、一般的な死後の世界と異なり、肉体はちゃんと持っているということが異なる部分。

日月神示とマカバ、そしてイエイツ。

日月神示の富士と鳴門の仕組みとは、マカバのことか。つまりブッディ界のエネルギーでアストラル体が活性化した状態を図で表すと、下三角がブッディから下降するエネルギーで、上三角がコヒーレントな波の意識になり、肉体の代わりに魂の乗り物になるアストラル体。つまり一つの象徴的な意味として、富士と鳴門の仕組みとは神聖幾何学のことだったんだね。
そしてW.B.イエイツの神秘詩集、A VISIONの中の大車輪の図というのは、つまるところマカバのことなんだね。