Dec11

線形時間の終焉

エノクの鍵を読んでいると、やはり今の時代は、「時間の終わり」に来ているんだね。これって本当に天動説から地動説への転換のような話で、「線形時間の終焉」というとんでもないコペルニクス転換なんだわ。しかもこれがもうすでに起き始めている。特に今月はこの「線形時間の終焉」の様相はいろいろな側面でC1に現れてくると思う。WBイエイツもビジョンの中でこのことは予言していたし、様々な文献においても、体系が違うのに同じことが言及されている。すごいね、ほんと。
逆に「線形時間が実在する」と思えば思うほど、とんでもない渦の中に巻き込まれて行ってしまう。黙示録でも同じことが言われているし、実際にそれは昨年からすでにマンデラエフェクトという形で、観察も始まっている。
あと、エノクの鍵を読んでいて、よかったことは、意識=重力波であるという仮説が、この本によってほぼほぼ演繹的に証明できたということ。すでに実際の運用においてしっかりと証明できてはいたのだが、別の体系によってしっかりと証明できたことはこれまでの研究が確かなものであったということへの安心につながった。
エノクの鍵は64の鍵となるフレーズが紹介されていて、それぞれの解説が続く、ブラヴァツキー夫人のシークレットドクトリンのような構成の書籍。800ページもの辞書のような本で、内容もとても難解ではあるが、ここにしか書いていないことが多いため、神秘学研究における超一級の資料といえる。

メンタル体のマカバ

メンタル体のマカバの活性はやばいな。アストラル体のマカバともまた次元が異なり、ものすごいエネルギーなので、これは準備ができてないと、確かに狂う人もいると思う。
メンタル体のマカバがやばいというよりも、それが活性化することによってつながるロゴスのエネルギーがすごいのか。いうなれば太陽ロゴス=ヘリオスとつながるということだし、結果、銀河ロゴス=メルキオール、、宇宙ロゴス=メルキゼデクともつながるからね。
逆に言うと、銀河ロゴス、宇宙ロゴスとつながると、メンタル体マカバが否応なしに活性していくということ。レンデュースーヴァイアムスーサナトクマラの三つ組み、もしくは、メルキゼデク―メルキオール、ヘリオスの三つ組みだね。
ブッディのエネルギーによってアストラル体のマカバが形成されたように、ロゴスによってメンタル体のマカバが形成される。

星型八面体

そうか。ようやくわかった。マカバの星型八面体って、正四面体を上下に二つつなげた立体ってよく説明されるけど、どちらかというと、ミツウロコの平面を、星型に八面敷き詰めた形といったほうが分かりやすいわ。ようは、ミツウロコが8枚でできた星型多面体なんだわ。
つまり8方向の面でできていて、それが実質次元を表現する際の8つのベクトルになっているということなのね。
星型八面体の中に、正八面体が存在していて、ようはこれがミツウロコの面を8面もって、回転しているのね。スッキリ。つまりマカバののコアは正八面体であって、正八面体の中に球体が内接している。この球体が意識なのね。
意識の球体に外接する正八面体を星型に展開したものが、星型正八面体で、これがマカバなのか。
8という数字は、占星術では土星でもあり、物事を固形化し、物質化させる力を持つので、まさにエネルギーが物質化する際に出来上がるパターンが星型八面体であり、マカバなのね。つまり、マカバとは霊的な本体(モナド)であって、その内部で物質化した球体は下位の次元に具象化した質量(アートマ)なのね。

執筆活動とメンタル体マカバの形成と運用

執筆活動とは単純に言うと、メンタル界にグラウンディングした身体にバイロケーションし、その身体が繋がっているロゴスの層から情報を引き出し、それをC1に持ち込む作業だね。つまりメンタル界におけるマカバのトップはロゴスになる。ヘリオスでもあるし、結局のところメルキオール(銀河ロゴス)にもつながっている。メルキゼデク(宇宙ロゴス)までいってしまうと、フラワーオブライフのような一見訳の分からない秘境的な著作になるが。
そりゃ今まで本を書かなかった理由もここにある。逆に言うと、ようやく書く流れが来たということだね。メンタル体の身体がしっかりとメンタル界にグランディングできてないと、既存の学説の切り貼りのパッチワーク的なものにしかなりえない。それだと書く意味があまりないわけで。それは解説書であって、本来の意味における哲学や思想だとは言えない。
メンタル体マカバの形成が非常に重要だね。これは2019年の地球のF27化、デヴァチャン化とも大いに関係していて興味深い。今月のメルキオール、レンデュースといった銀河意識の接近がもたらす集合的な意識変容は本当にすごいね。
エノクの鍵が、チャネリングではないという理由も、一般的なチャネリングが、アストラル体のマカバで行われるのと異なり、エノクは、メンタル体マカバによって行われるものであるために、精度が全く異なるということ。アッパーも、前者が繋がるアートマではなく、後者はロゴスまでつながるため、論理的構造をそのまま持った正確で詳細な描写が鹿野になるわけで、これは非常に興味深い現象だといえる。そういった意味でも、エノクの鍵のようなメンタル体マカバによってもたらされた文章は、ちょっと霊的正確さという領域において一線を画しているところがある。
先月から発信を始めたのは、そういった意味でついにいよいよメンタル体マカバがほぼ完成して運用できるようになってきた、つまり肉体を持ったまま第五密度(デヴァチャン、F27)へと移動できたということだな。よかった。

四体システムのボディビルディング

そう考えると、毎日筋トレしているな。霊的なボディビルディング、四体システムのボディビルディングというフレームは、とても実相を理解しやすくて気に入った。
ホロスコープのリーディングやセッションも、ある段階まで行くと、必ずこの霊的身体のボディビルディングは必要になる。むろんこれは、こうした神秘学だけにとどまらず、高い抽象度とそれに基づく判断力が求められる経営者やビジネスオーナーにとっても必須なものである。

おそらくいい経営者であればあるほどその実相はよく知っているはず。第三イニシエーションを超えた(コーザル体によるメンタル体の統御、アンタカラーナの形成の段階に進んだ)経営者が、風水や占いに凝るのも、ここに理由がある。結果を出している人は、決して神頼みの他力本願でやっているのではなく、自分や企業の霊的な身体、四体システムをしっかりと鍛える必要があることを熟知している。どこに住むべき、店舗を出すべきなどの立地が大事というのも、ここに当てはまる。つまりどんな四体システムを形成するかをデザインしているのだ。もちろん立地だけではなく、社長本人の四体システムを形成していくことも大事。継続は力なり。
さかのぼるとこれは結局のところ、古代の為政(政治)とも深く関係している。神智学で考えれば、理路整然とその背景が単なるオカルトではないことはわかる。知っている人は知っているし、実際に使っている。しかし求めないと得られない。ゆえに歴史の中ではシークレットであり続けてきたのだ。
そのあたりのシークレットを事業と統合して伝えておられたのが船井総合研究所の船井幸雄さん。すでにアセンションした身体になられたが。
あの時代の諸先輩方って、まだ「スピリチャル」が「オカルト」と呼ばれていた時代によくこれほど確かな基盤を作られたなと敬服する。そういう先人たちの努力があっての今だなと常に感じる。感謝。

発明家なんかは、メンタル界やコーザル界、場合によってはそれ以上の天界にバイロケーションで移動して、そこで得たものをC1に持ち込んで設計していたわけだ。エジソンなんかは実際にそういっているし、モーツァルトなども同じことを言っている。すでにあるものを持ち込んでいるだけなんだわ。霊的なボディビルディングが大事なのもここ。つまり、異次元の振動数に耐えうる霊的な身体を持たずして、C1における新しい発想など生まれ得ないということ。

従来の学校教育の問題点なんかはここに集約される部分があると思う。シュタイナーがオイトミューのような身体性を重要視したのも、重要な論点だ。荒川修作の宿命反転(死なない建築)も、この身体性(四体システムのボディビルディング)とも繋がってくる。

フリーエネルギーなどの新しい技術も、霊的な身体を鍛えること抜きに、こちら側に持ってくることはできないし、そもそもそれを享受する側の人類の四体システムもしっかりと育っていなければ、広がっていくはずもない。そういう意味でも、今の時代はついにその段階にいよいよ入りつつあるということだ。しかしその前に、しっかりとこの四体システムの統御は教育の中で学んでいく必要がある。ある意味、フリーエネルギーと四体システムの統御のための教育は、表裏一体になるものだといえる。

福沢諭吉の学問ノススメによって、文明開化の思想的な基盤ができていったように、社会のOSとなる思想がまず入って初めて、そこで技術が延べなく広がっていく。これからの時代に登場することがほぼ分かっているVR/AR、人工知能、フリーエネルギーといった大規模な産業革命は、それを扱う四体システムの教育が出来上がる前に、技術だけ入ると不幸なことになる。ゆえに神智学の重要性はこれからの時代も変わらず大切なものであり続ける。その時代には、ルシファーやアーリマンではなく、アスラこそがアンチキリストを集約する存在になっていくのだろう。デストピアを描いたレディプレイヤーのテーマも、単純な文明批判じゃなく、この新時代の反キリストであるところのアスラという焦点を持つと、けっこうリアリティのあるこれまでにない新しい社会批評になっているといえる。ちなみにおそらくこれは、フィリップディックのブレードランナーやトータルリコールやでも扱われているテーマといえる。