Jun03

占星術師としての責任

西洋占星術の専門書を販売しているアメリカのオンライン書店 Astrology Center of America には、何千冊もの専門書が揃えられています。

http://www.astroamerica.com/

僕もよくここから専門書を購入しています。古今東西の占星術文献がそろっているのですが、日本語で出版されている書籍とは比べ物にならないくらい種類が豊富で、さすが西洋占星術の本場だなと感じさせます。

僕の占いは決してその場限りの勘で判断するのではなく、僕自身、日々のこのような専門書や、師匠についての勉強などを通して、地道な勉強と研究をしています。自分自身大きな責任を担うプロフェッショナルの占い師として、このような基礎的な勉強がとても大切です。

いい占い師になる為には、多くの勉強と経験、広い視野が必要です。いまのところ、この占いという職業には、例えばお医者さんや看護士さん、弁護士さんや保母さんになるために必要な公の資格というものはありません。しかし、師匠について勉強したり、専門書を丹念に読み込むことなど、占星術師と呼ばれる人間が日頃やっていること、あるいはやらなければならないことは、事実、沢山あります。

ひとと向かい合い、その仕事を通してひとのこころに大きな影響を与える存在として、仕事に対する責任感をもって、日々技術の向上と、より人の役に立てるような努力を惜しんではならないと日々自分を戒めています。

お客様のお役に立てるように、そしてまた占星術の文化のベースアップに貢献できるように、日々一歩ずつ頑張っていきたいです。

Jun05

人のこころはわからないという前提の大切さ

鑑定の仕事を通して感じることは、ただ性格や過去や未来の出来事を予測すること以外に、大変重要なこととして、 クライアントさんと一対一で話し、そのなかで問題解決をするというところで、カウンセリングの技術や能力が必要不可欠なものだということです。

僕は、占星術を勉強すること、あるいは占星術の世界観について思いをめぐらすことなどはもちろん好きなのですが、しかし、一方でそれ以上に、大きな問題意識として「人のこころ」と誠心誠意向かい合っていきたいという強い思いがあります。

最近は、占いの知識や技術を勉強すること自体は、専門的な書籍も沢山出版されていたり、インターネットなどの情報入手手段もあるので、占星術の勉強自体は、一昔前よりは遥かに自由にできるようになってきました。しかし、人のこころというものは、専門的な知識を身につけても、実際に日々の生活の中で真摯に向かい合っていくことでしかわかりえないものです。

このような問題意識から、鑑定の為に、ただ占星術の技術を磨くだけではなく、人の心と向かい合うために心理学やカウンセリングなどの勉強をしています。

占いとカウンセリングの大きな違いは、占いは基本的に占い師が話し、カウンセリングはあくまでカウンセラーは聞き役で、基本的にクライアントが話す、という大きな相違があります。そういう大きな相違がありながらも、一方でこの二つは、人のこころと向かい合い、クライアントの悩みを解決していくといった根本の部分では、問題意識は同じといえるではないでしょうか。

 河合隼雄「人の心はどこまでわかるか」(講談社+α新書)という書籍のなかで、臨床心理学者の河合隼雄氏は、様々なフィールドで活躍している心理療法家と対話をし、人のこころと向かい合うカウンセリングという仕事でぶつかる様々な壁や苦労を、多くの実例を挙げ、それらについて示唆深い意見を述べていきます。以下ににその一つを引用します。

 人間の心がいかにわからないかを骨身にしみてわかっている者が、「心の専門家」である、と私は思っている。そのわからないことをそのままに捨ておかず、つねにそれに立ち向かっていなくてはならないのはもちろんであるが。これに反して素人は「わかった」と単純に思い込みすぎる。というよりは、「わかった」気になることによって、心という怪物と対峙するのを避けるのだと言っていいだろう。(同書 p.6 引用)

占いは、カウンセリングと違い、性格の傾向や時期表示などを「当てる」といったことが大切になってきます。しかし、「当てる」といった行為はあくまで、理解するということではなく、事象の「予測」の範囲内でしかないでしょう。占いで「当てる」ことと、人のこころを理解することとは、またまったく別の次元のことです。

クライアントさんの悩みを解決する過程では、カウンセラーは人のこころを理解する力が必要になります。そういったときに、「当てる」といった予測技術は、こころの理解のための、ひとつの手がかりやきっかけにはなるかもしれませんが、しかし、あくまで占いという行為は予測技術の範囲を超えません。

その意味でも占い師が「当てる」といった行為だけにとらわれてしまうと、クライアントにとって大変怖く、時に危険な存在になりえます。なぜなら本来、「当てる」という予測行為と「こころの理解」というものは全く別の行為だからです。占い師は、その「予測技術」と「こころの理解」の二つを、何の疑問もなく混同してしまい、あたかも人のこころを占いを通して「わかった」と単純に思い込むようなことになりがちだからです。

占い師がそのような状態で、クライアントにアドバイスなどをするということは、「勝手な決めつけ」や、「言う通りにしなければあなたは不幸になる」といった身勝手なものになってしまいます。一般的に、占いが怖い、うさんくさいと思われる要因はこういうところにあるのでしょう。

そうならないためにも、占い師が認めなければならない大切なことがあります。それは、先ほどの書籍で、河合隼雄氏が指摘されていたように、「人のこころはいかにわからないものかということをしっかり理解しなければいけない」ということです。それを十分わかった上で、その「わからないもの」と日々対峙していかなければならないのです。

これは未熟なカウンセラーが、カウンセリングの専門知識で相手を身勝手に判断する危険性と似ているでしょう。実際、占いでもカウンセリングでも、人のこころはわからないものという大前提のなかで、人のこころを理解しようとすることは本当に大変なことです。しかし、そういう矛盾をはらみながら、やっていくことでしか、本当の意味で親身になって相談できる占い師やカウンセラーにはなれないのだと思います。

 

Jun06

誕生日の日に

気合の入った文章だけでは読むほうも書くほうも大変だと思うので、
今日は気軽な感じで書かせてください。


今日6月6日は僕の、23回目の誕生日でした。
誕生日というのは占星術的にいうと、太陽が生まれたときの場所に戻ってくる日です。
占星術では太陽は「私は、こういう自分でありたい」
という理想や人生の目的を表すので、
誕生日にはゆっくりと自分自身のことを見つめることで
これからの一年間(つまり太陽が1周するまでの時の流れ)
の未来のビジョンを見つめることができます。


僕自身は6月6日生まれで、占星術ではふたご座になります。
ふたご座のメインテーマは「コミュニケーション」です。
人と人とをつなげたり、新しい世界を知ったり、
物事に常に新しい側面を見出そうとする意欲のある星座です。


この、ふたご座を司る惑星は水星。
太陽系では月の次に早く運行する惑星です。
その早く動く様子から、占星術の世界では、
水星は様々な神様の間を行き来して情報を伝えるメッセンジャーとしての役割
が与えられていました。

水星は英語でマーキュリーと呼ばれますが、
これはローマ神話のメルクリウスの名から来ており、
またギリシャ神話ではヘルメスと呼ばれています。


ヘルメス(ローマ神話のマーキュリー)
はほかの神々の間を行き来するメッセンジャーとしての役割をになっています。


時にいたずらをして、人を困惑させたりもするけれど、
そのいたずらを通して、物事の違った側面を提示したり、
まったくあわない二つの世界の架け橋となってしまったりと、
いたずら好きだけれど、なかなか憎めない神様です。


ギリシャの神様ヘルメスは、
紀元前3世紀から紀元後3世紀ごろのヘレニズムの時代に、
エジプトの知恵の神「トート神」と融合されて、
ヘルメス=トリスメギストス(ヘルメスの三倍偉大という意味)
という神話的な人物へと変化し、
錬金術や魔術、占星術の創始者として奉られるようになりました。


こちらのヘルメス=トリスメギストスのイメージでは、
むしろ先程のいたずら好きの憎めないイメージよりかは、
宇宙の叡智を提示するようないわゆる
賢者
のイメージが強くなってきます。


僕自身も、ギリシャ神話のヘルメスのように、
人々の間のメッセンジャーとして活動していくこと、


また、ヘルメス=トリスメギストスのように、
見えない世界を模索したり、
人間の心の世界や、
あるいは大いなる自然の中に眠る偉大なる力を見つめていくこと
を職業としていきたいと思っていました。


そして、誕生日のこの日、自分の昔からの夢や思いが形となって結実したことに、
両親や、友人、
これまでお会いしたお客さん、
僕を支えてくれる人々に、


大変感謝しています。


Jun07

二者択一で迷うとき

鑑定でご相談いただく内容でも最も多いご相談事のひとつである、
二者選択
Aにしたほうがいいか?Bにしたほうがいいか?
について、今日はお話ししますね。


今、何かに悩んでいる方は是非参考にしてみてください。


人が二者選択にまよって本当に先に進めないと感じてしまったとき、
それは
二者選択のどちらかに答えがあるのではなく
ベストな答えは、実は他にあった
ということがよくあります。


どういうことかもうすこしちゃんと説明しますね。


人が二者選択に迷ったとき、


今ここにいる自分を見つめ、
そのなかで自分の本当の気持ちに気付き、
そしてその本当の気持ちに嘘をつくことなく、
自らを変化させることで、


思いもかけない
新しい選択肢
が生まれ、


それによって
新しい人生の道が切り開かれることがあります。


どういうことかもっと分かりやすく、
具体例を挙げて説明しますね。


二者択一のご相談で最も多いことの一つ
彼ともう別れるべきなのか、別れないべきか、
という恋愛についてのご相談を受けることがあります。


この二者選択では「別れる」か「別れないか」ということ
に焦点が当たっています。


しかし、ではそもそも
どうして今別れようとおもっているのか、
彼のどういうとこが許せないのか、
など、
「今ここ」の自分を掘り下げて行ってみると、
「別れる」「別れない」という選択肢を選ぶことそのもの
がその人にとって重要というよりも、


「彼が私の云うことに耳を貸さないのが嫌だ」とか、
「もうお互いの理解はできないんだ」といった


もっと深いレベルでの感情
があることに気づきます。


そして、更にそのベースには
「自分のことを相手に分かってほしい」といった本音
があることが多いのです。


そして、この
深い感情レベルでの本音
こそ二者選択にまよったときに大切にしなければならない要素のひとつなのです。


僕の占い鑑定というのは、上の例でいうと、
「別れる」「別れない」といった結果を、僕が判断して伝えることではなく、
この選択肢が生まれる以前の
クライアントさまの「感情的な動機」
をともに探り、
そこに栄養を与えるすべを
クライアントさまとじっくりと一緒に考えて行きます。


具体的にいうと、
「別れる」「別れない」という選択肢そのものを最初から考えるのではなく、


まずは、ご自身と恋人の
それぞれの心の状況
を占星術絵画を通して見て行きます。


どこですれちがってしまったのだろう?
彼のどんなところが理解できないのだろう?
最近、どうして衝突ばっかりしてしまうのだろう?
最近、彼が冷たく、かまってくれないのはどうして?


「別れる」「別れない」という選択肢そのものではなく、
二人の心のありようを


じっと見つめて、


今の二人の関係性を大切にするためには?
お互いが反目しあったまま別れない為には?
なにか具体的に関係性を変えることができないだろうか?


と「うまくいく」ためにはどうすればよいかということを考えていくと、


実は、
自分自身の、彼へのこだわりが強すぎて、彼はそれを重荷としていた
二人の関係性が付き合う中でぐっと深まったので、これまで気にならなかった彼の許せない部分が気になってしまった
彼も自分のことをとても大切に思っているし、とても好きなのだが、感情表現が苦手なため、それを感じづらかった。実は彼も彼の感情を理解してほしかった。


などの、選択肢以前の感情レベルでの本音
に気付くことができます。


人間というのは、不思議なもので、
このような「気付き」を得たとき、


あーーー、そうか、彼はそういう所もあったんだ
とか、


些細なことを気にしすぎたのかな
とか、


無意識に気になって仕方がなかったことが許せてしまったり、


短所だと思っていた部分が
愛おしく思えてきたり、


感情の深い本音ベースでの方向性が変わると、
二者選択で迷う心は薄まり、

むしろ、二人の関係をどうすればいいか、
明日彼にどのような言葉をかけようか、

など、そういう気持ちが芽生えてくることが
多いのです。


少し長くなってしまいましたが、


二者択一の選択で迷ったとき、
是非一度たちどまって、


二者択一の迷いではなく、
その中に眠る自分の本当の気持ちに気付いてみてください。


新しい選択肢が、きっと立ち現れてくるはずです。

Jun08

挑戦すること

大学を卒業しても占い師の道を歩んで行くこと


を決意したのは、ちょうど一年前の6月だった。


丁度このころ自分は将来の道に悩んでいた。


社会の中で生きて行くとはどういうことなのか?
職に就くとはどういうことなのか?
大学卒業後は、大学院にいくのか?占い師になるのか?


去年の5月と6月前半は、将来の道から
目を背けて完全に迷っていた。


分けも分からず、ただただ毎日の慣れ親しんだ日々を
忙しくこなすことで
日々無理矢理満足させていた。


しかし、いつまでもそうして迷うわけにもいかず。
どんどんと元気がなくなっていく自分を見て


親しい友人は僕を心配し、
そして叱咤した。


「譲治君(僕の本名)は将来を考えることから逃げている」


そう強く指摘されて、自分の置かれている状況に気付いた。


「逃げてばっかりはいられない。」


今日は一年前の6月29日のmixiの日記で書いた内容を
載せます。

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慣れ親しんだ日々のなかで人は目標を失ってしまいがちだ。
夢は、今の自分の一歩前にある。


一歩進むことを決めるのは、
やはり
自分しかいない。

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以下、昨年の6月29日mixi上の日記より


2006年06月29日 00:19 題名『 挑戦すること』


オープン教育センター設置の自己表現論(原孝先生)の授業の中で
(およそ180人くらいいるんだろうか。)


◯私と早稲田
◯私と就職
◯私と両親


について誰か語れ、と原先生がいった。


◯私と就職


自分は就職活動もしてこなかった。
大学4年が終わったって、会社に入るわけでもない。
社会にでるったって、具体的な道がいまあるわけじゃない。
そんな状況やから、就職についてあの場でちゃんと語ることなんて、
できないやろうと


頭ではわかってた。


原先生が出した私と就職という論題とは、それた話をすることになる。


ただ、最近心に決めたことがあって、
心から何度もドンドンと扉を叩くのが聞こえる。


この気持ち、出さなあかん。


「学生でなくなっても、占い師の道を歩むこと。」


就職っていうか・・職に就く、ということを、
最近そう決めた、後ろめたさでいっぱいの、
その思いを語りたかった。


いけ。うしろめたくてもいいから、いくんや。


という心の声がきこえる。勇気。

大勢の前で自分の気持ちを素直に伝えることが
あんなに緊張するものだとは思いもしなかった。


いつもは声の大きさには自信があるのに、
前に出て、喋ろうとしたとたん、


声が出ない。

全く出ない。

手は震える。

声を出したいのに、緊張が先走って、

ボソボソと喋る俺。

涙が出そうになる。

自分の思いを上手く伝える自信
など
全然なかったが、


しかし、ただずっと席にすわっていつか前にたって
いえるような自信がつくだろうと


ぼーっと


発言する機会がくるだろうと待っているだけでは、


多分自分は変わらない。

見切り発車。
後ろめたくても、自分の正直な気持ち、
想いを表現すること。


それを決心するのは理性などなかった。


ただただ心の声に素直にいくことだけやった。


いつもの調子で話そうとしても、
声が出ない。


自分の正直な思いを喋るということが
こんなにも緊張することだとは思わなかった。


将来占い師になるということ
を初対面の大勢の前で言うことは
ずっとずっと抵抗感があった。


占い師をやっているといっていながら、
いつもどこかに


逃げ道


をつくっていた。


逃げ道をつくって


将来


を考えないようにしていた。


大学院にのこって研究者としてやってく、
占いもやりながら。


ほんまにそうなんか?俺。

占いが好きだ。


占いがやりたい。


それは、自分の正直な思いだ。


ずっと、その気持ちを伝えることで、誤解されることを恐れていた。


批判されることもあるし、多分
何か新しいことを始めよう、
何かを決意しようと
いままでの自分の現状を捨てて
走り出すとき、


理性的に考えようとする余裕など
生まれなかった。


今日あの場に出て話した内容は、多分
意味不明
だっただろう。


最初から、上手く伝える自信なんかなかった。


内容は支離滅裂で、
いつも冷静に相手に伝わるようにと、
練って練って考えるいつもの自分の姿とは違う自分やった。


ずっと抑圧していた自分、
ここ2年間くらいで保守的になって、
ずっと恐れて、
逃げていた
もうひとつの自分の姿や。

今日はいつもいつも考えようとしていたこと、
「伝える相手のことの立場にたって、ちゃんと伝わるように伝える」
ということを考える余裕がなかった。


いつもの落ち着きももてなかった。


震えていた。


とにかくとにかく今の自分を振り絞ることしかできなかった。

いままでにしたことのない挑戦やった。


いままで自分が作り上げた
「おちついて思慮深い自分」
という自己像の中で、


自分の中で理屈をつければ、
前に出て話さないことはできた。


後でじっくり考えることだってできた。

「決して、前に出て話すことがいいことではないやろう、
俺の話、
聞く方に身になってみーや。
ちゃんと整理してから伝えた方が、
いいで。
もっと上手く伝えることできるやんか。」


でも、
いいわるいじゃない。


どうしてもそのとき、
自分にとって必要なこと
だった。


誤解をされることもあるだろうし、
上手く伝えることもできないだろうし、
けれど、
いまの自分の像を打ち壊して、
さらに新しい旅にでるためには
どうしても必要なことだった。

挑戦するとき、
答えなんてすぐに出るもんじゃない。

「手にした物を失う怖さに
縛られるくらいなら勲章などいらない」

最近、俺は今、自分で作り上げた自分の像
に縛られてきている。

人は変化を恐れてはいかん。

そこから思い切って、脱皮せなあかん。


話してる途中、原先生が
「もっと大きな声で喋らないと聞こえない、声を張って」


終わった後も、
「人前でプレゼンするんだから、ボソボソいってたらだめだ」


後輩にも
「先輩今日喋りましたね。けど、何言ってるか聞こえんかったですよ。」


・・・緊張すると、なんも伝わらへんなぁ。ってか俺こんな
緊張しぃやったんや。


なんか、
自分がこんなに緊張する場面なんてそうそうなかったから、
そんなに緊張して声も出なくなっている自分の姿がまるで
いつもの自分と別人のように感じた。


でもしゃぁなぃ。これが俺のリアルな姿や。
大勢の前で震えている緊張しぃな人間なんや。
でも、いくしかないねん。


今日出来んかったところは、またこれから変えていくしか
ないやん。それがほんまの飾らない俺の姿なんやから。


鍛えていかな、自分。


挑戦を恐れてはいかん。


後ろめたさにまみれたって、


前に進む一歩を、躊躇してたら、何も始まらへん。


一歩前にいくしかないねん!!

Jun10

久しぶりのoff

ここ何週間かいろいろと忙しく外出することが多かったので、なかなか家にいてゆっくり過ごすということができていなかったのですが、今日は久しぶりのoffで、ゆっくりと地元の葛飾区の家で過ごすことができました。

今日の昼の東京は、凄い雨でしたね。東京近辺では大雨洪水警報も出ていたそうです。それが、夕方前には綺麗に晴れ。街は、雨の後の静かに瑞々しく澄んだ空気に包まれていました。今日は、雨が上がってから、僕の地元に来ていた友人と散歩をしたのですが、家の近くに流れる新中川を横目で見ながら、心を洗っていました。

皆さんは今日はいかがお過ごしでしたか? 東京の方は雨だったので家で過ごされた方も多かったでしょう。

さて、明日からも頑張っていきましょう!!

Jun12

なぜか力がでないとき(前編)

皆様こんにちは、ユピテルジョージです。


先日は二者選択の悩みの対処法についてお書きしましたが、


今日は、鑑定の中で多く寄せられるご相談の一つである、
なぜか最近力が出ない
どの方向に進めばいいか見当がつかない
ということに対する処方箋について二回にわけてお書きしますね。


なぜか最近自分がどうしていいのかが全然分からなくなった
選択肢さえも思い浮かばない
という暗中模索状態に人が置かれるとき、


なぜそのような状況にあるのか?と考えてみると


現在の状況に対して、
「今までのうまくいっていたやり方が通用しない」
ということが大きな原因の一つになっています。


人も環境も生き物のように常に「変化」しています。


およそ人の悩みが生じるときというのは、
この「変化」という要素が大きな原因となっているのです。


つまりこの「悩み」そのものに意識の焦点を当てるよりも
「変化」ということに焦点を当てると、


自分の奥底に眠っていた新しい
種、が発芽し、


新しい、生命力とともに


新しい選択肢
新しいビジョン


を運んでくれることがあります。

 


さて、それでは、まずはその「悩み」から「変化」に
焦点
を移すためにいい方法をお伝えしますね。


まずは、悩みそのものからフォーカスを外してリラックス
する必要があります。


「悩み」そのものは、貴方の大切なエネルギーを
迷いのループに誘い込んでしまう大きな悪循環ルート
をもっていることがおおいです。


葛藤、
不条理、
あきらめ、


これらは貴方の大切なエネルギーを
迷いのループの中で、ぐるぐる回らせるための
ひとつの渦のような構造になっています。


もし今、貴方が迷いのなかで暗中模索していると感じていたら
是非、この迷いのループから抜け出す方法をともに考えていきましょう。


さて、まずは、そのような迷いの渦から
自分の心を解放する為の方法として


「大きな自然」に触れること、
をお薦めします。


葛藤や、
不条理や、
あきらめ、


といった迷いのループは、
どこかで断ち切らなければなりません。


このような
迷いのループに入ってしまったときは、
思い切って、
有給をとって、
あるいは土日の休みに、
ひとりで、
自然に囲まれる小旅行をしてみてください。


東京近郊の人であれば、鎌倉であったり、
湘南の広い海であったり
少し足を伸ばして、長野や京都に足を運んでみたり
するといいでしょう。


人は、自然の一部。
そして、人が生きているのと同じように、
自然も生きている。
そして、人が変化するように
自然は毎日変化している。


これは、特に都会に過ごしていると
なかなか気付きにくい事実のひとつです。


都会の生活は、自然から切り離されています。


都会の生活では、
人間の身体の中に眠る自然のエネルギーは、
そのはけ口が見つからず、
身体のなかでグルグルと、何度も何度も
同じ場所で巡ってしまうことが多いのです。


是非そのようなときは、
自然の流れを感じてください。


一つ一つの細胞に栄養を運ぶ為に
全身を流れる血液のように、
自然の中には、
大きなエネルギーの流れや
そのエネルギーによって運ばれてくる
心の栄養
が豊富に存在しています。


自分が、ひとつの細胞になったように
その自然のなかに流れている
「栄養価の高い自然の血流」
に自分を委ねてください。


こうして自然のなかでゆったりと自分を眺めてみると、
日常のルーティンそのものを
距離を置いて眺め
自分自身の本当の姿を
ゆっくり考えることができます。


だんだんリラックスしてくると、
自然の血流によって
人間の思考は
身体の中をぐるぐる巡っていた
迷いのループからふっと離れて


あああー、自分はこういうことで悩んでいたのかー。


という現状を変える大きな気付きをもたらすことが
たびたびあるでしょう。
 
 


さて、今日のお話では、
なぜか力がでないときには、
今までのうまくいっていたやり方が通用しない
という状況になっていることが多く、


その状況を打破するためには、
「変化」
することが必要だ。


そして、その「変化」をするための
ひとつのきっかけとして
「大きな自然」に触れることが
大きな変化のきっかけとなる。


というお話をしました。

是非、参考にしてくださいね。

 
 
 
次回の「なぜか力がでないとき(後編)」では、

どのようにすれば
自分を活かした形で
状況にあわせて変化していけるのか?
ということをより具体的に
お話していきますね。


それではまた明日!

Jun13

なぜか力がでないとき(後編)

こんにちは、ユピテルジョージです。


なぜか力がでないとき(前編)に引き続き、

今日は、
どのようにすれば
自分を活かした形で
状況にあわせて
変化していけるのか?

ということをより具体的に
お話していきますね。

 
まずは、少し前回のおさらいを。

 
なぜか最近自分がどうしていいのかが全然分からなくなった
選択肢さえも思い浮かばない
といったように
暗中模索状態に人が置かれるとき、
そこには必ず
「今までうまくいっていたやり方が通用しない」という
見えない
停滞のループ
が存在していることがわかります。


そして、その停滞のループを乗り越える為には、
「悩み」そのものにフォーカスするよりも
「変化」ということに焦点を当てると
うまくいくことが多くなります。


そして、生き生きとした自然に触れることで
「変化」の気持ちが生じやすくなるというお話をしました。


今回の「なぜか力がでないとき(後編)」では、
前編で触れた「変化する力」を、より具体的に掘り下げて
お話しします。


さて、それでは、
この「変化する力」というときに、
いったいどのようなことをさして
「変化」とよんでいるのでしょうか。


ただ相手に合わせて迎合することが変化なのか?
感情を麻痺させて状況にあわせることが変化、なのか?
しかしこのような場合、そううまくことが運ばないのです


迎合や麻痺に基づく「変化」は、
かなりの短期間で「停滞」に移ります。
そして、また同じような悩みへと
回帰してしまいがちです。


他者への迎合や自分の感情の麻痺をともなう変化は、
自分の「感情の根っ子」につながっていないので
それは変化のように見えて
実は応急措置の一時的な効果しか見られないのです。


ぐるぐるめぐって埒のあかない悩みや、
停滞のループというのは、
「感情の根っ子」から生まれる
厄介な奴なのです。


ですので、そもそもその「感情の根っ子」から
新しい感情の流れ
をつくっていかなければなりません。


さて、ここで
今日お話しするこの「変化する力」ということに関して
大切なことをお伝えします。


この「変化する力」に大切な要素は、
「自分を活かした主体的な変化」であること
ということです。


では、この
「主体的」
ということは、どういうことでしょうか。


これが「主体的」の意味することは
貴方の抱える問題の「答え」は、
まぎれもなく「貴方自身の中」
にあるということなのです。


それでは、ちょっと
具体的に手を動かしてみましょう。


これは、
今悩んでて、でも、いったい全体どうすればいいかわからない!
という暗中模索系の悩みに効果的なワークです。


まず、お手元に
紙と鉛筆(ペン)を用意してください。


次に、今の自分がその状況に対して
どうおもっているのか
特に、「何を恐れているのか」を
書き出してみましょう


卑屈になったり、
自己否定的になることもありません。
誰にも邪魔されないところで
静かに一人でやってみてください。


紙にかいていくと、
自分が何で悩んでいるのか
が少し形になりますね。


少なくとも、頭のなかでグルグルまわっているより
ずっと、クリアーになってきます。


ああー!憎い。
ああー!迷う。
どうしよう!


その気持ちにもめげず、あきらめずに
書いていって下さい。頑張れ!


さて、次に書き終わったら、
じっくり紙を見て下さい。


あーーやっぱり俺は駄目だなーーー
とか、
あーーもうどうすればいいんだ!!!
と、いう気分になると思いますが、


もう少し我慢してください。


ここで大切なのは、
駄目な自分、
迷っている自分、
を見つめることではなく、


紙に書いた様々な
恐れや不安
を乗り越えた


「勇敢で
ひとつ大きくなった
自分の姿」を
考えるということなのです。


ここで一つ例え話をさせてください。


昔、僕は陸上競技をやっていたのですが、
ひとりの友人からこの話を聞いて、
なるほど
と思ったことがありました。


それは、高飛びの話です。


高飛びの選手は、
飛び越える棒がある一定の自分の力の
限界の高さまで来たとき、


自分の先にある「棒」を意識するのではなく、


「棒」を飛び越える瞬間の
自分の姿を思い描き
それが現実になることを確信するまで
イメージすることで、
練習の目標ができ


飛べるようになる。


という話でした。

棒(障害物)に意識がいくと
人は、どうしても
障害にぶつかってしまう自分
を考えてしまいます。


高飛びの選手は、
その棒(障害物)をとりあえず眺めながらも、
しかし目に映るべき対象は、
「棒」そのものではなく


その「棒」を飛ぶ
勇敢で
かっこいい
自分の姿


を想像するのです。


こうして、高飛びの選手は
練習を重ねていくことで
不思議に
棒を強く意識することなく
しかし鮮やかにかっこよく
飛べるようになるのです。


さて、ここでもとの話に戻りましょう。


お手元の紙には色々な悩みが書いています。


貴方は今、先の高飛びの選手になった、
そう思ってください。


あなたの悩みを書いた紙は、
高飛びの「棒」です。


こうして、紙に書くまでは、
あなたはこの「棒」そのものに
悩んでいましたが、
 
 
いま貴方の悩みは、はっきりと
「棒」になりました。


「しまった、深刻に書きすぎて、
とても飛べる棒じゃない。」


もしそう思っても、
安心してください。


「棒」の高さは
常に変化します。


あなたが飛べると思う
棒の高さに設定してください。


飛べる棒から
いきましょう。


そして、この棒を飛ぶとき、
こう思ってください。


いま、貴方の目の前にある
この「棒」は、実は
「貴方の更に大きな魅力」を引き出す為に
どうしても必要な「棒」
なのだ。


そして、その棒を
飛び越える貴方のイメージを
描いてみてください。


新しい障害を乗り越える自分を創造するとき
自分の感情に嘘をつく必要はありません。


主体性とは、自分の感情に嘘をつかず、
自分の感情の中に眠る「棒」に気付き、


その「棒」を活かして、
あなたにねむる更に魅力的な
ジャンプ!を
創造するのです。
 
 
 
こうして、人は必ず、
自分の感情に嘘をつくことなく、
主体的に、
自分の新しい魅力を発見し、
困難を乗り越えて行くことができます。
 
 
 
長くなりましたが、
是非、参考にしてみてくださいね。

Jun15

ユピテルの占いを主体的に使っていただくために

 西洋占星術は、現在の形つまり天体の運行から、人間の心理や地上の出来事を予測する技術として確立しはじめてから、およそ2600年の歴史をもっています。この長い歴史の中で改良が重ねられてきたので、とても高い確率で個人の性格や時期表示などを予測することができます。

 しかし一方で、占星術がよく当たるからといっても、あくまでその予測は100%のものではありません。それは、現代の天気予報が気象衛星などの高い科学技術の粋を集めながらも、時に外れることがあるのと同じと考えてもらえれば結構です。占星術も、その長い歴史の中で時代とともに改良されてきました。しかし同時にそれは人間がつくった技術である以上限界があるのです。

 しかし、だからといって、西洋占星術は無用なものだということにはなりません。なぜなら、占星術を通して出たひとつの結果を、「自分なりに判断して」「有益に使う」ことに本当の意味があるからです。これは天気予報にたとえて言えば、その予報が100%ではないとはわかりながらも、念のために傘をもっていくのと似ているでしょう。

 占星術の向き合い方として、占星術で出た結果をそのまま妄信的に「信じる」ということことは危険です。あなたの未来は、あなたが築くものです。ですので、自分自身を振り返るだとか、現在の状況を冷静に見つめることなどの理性的な手続きを踏むことをユピテルの占いでは大切にしています。そのため、ユピテルの占いでは、占星術絵画を用いて「目に見えて」「イメージとしてシェアできる」要素をとりいれることで、なるべくクライアント様と対話的に、納得できるプロセスの中で進めていくようにしています。

 ここで大切なことは、これからの日常や、これからの人生を、よりよく充実したものにするために、占いで出た結果を自分が納得できるまで咀嚼(そしゃく)し、そしてそれを日常の生活の中で主体的に使っていただくことです。

 ユピテルの占いでは、盲目的に「信じる」占いではなく、主体的に「使う」占いをモットーにしています。占星術の結果をただ伝えるだけでなく、なぜそうなるのか?という説明を可能な限りしていきます。ですので、実際の鑑定の説明のなかで、疑問に思うことや、不明確なことがあれば遠慮なく聞いてください。ユピテルの占いでは、このようなクライアント様主体のプロセスのなかで、悩みを解決し、「明日からがんばろう!」と思えるサポートをしています。

Jun20

占い師の側から発信することの大切さ

 「占い」と聞くとどうも胡散臭いイメージというのが離れない、そう思う方がほとんどだと思います。その一つの理由として、占い師が自分のことを、そして占いのことを、ちゃんとお客様に対して分かるように語ってこなかったという側面があるのではないかと思っています。

 お客様に信頼してもらうためには、占い師が占いを通してお客様を一方的に理解するだけではなく、お客様の側からも占い師や占いのことを積極的に理解してもらうということを大切にしなければならないと思っています。そのためには、ご提供している占いについてちゃんと理解できるような説明を行い、また、同時に占い師として活動する僕自身の想いやビジョンの発信を怠ってはいけないと思っています。

 これまで、ある意味では、占い師はうさんくさければいい、なぜなら運命という物は神秘的なものであり、神秘的なものを司る占い師は、やはり神秘的な存在であったほうが好ましい、と思われてきていたと思います。僕自身は、このうさんくささや神秘的な側面を前面に出してお客さんと関わるよりも、ちゃんと一人の人間として、1:1の関係の中で、誠心誠意お客様と向かい合って行きたいと思っています。

 占い師である僕と、お客様との間に本当の信頼関係を築くために、自分のことをきちんと理解してもらうために、このサイトやブログを通して、僕のことや占いのことを発信していくことが大切なんだということを強く感じています。

Jun22

人は一人では生きれない

それぞれが違う形を持ち、

二度と同じ人は

生まれてこない。

だから生きることは

愛おしく、

死ぬことは、

つらい。

それぞれに

得意不得意があり、

それぞれに

それぞれの舞台がある。

失敗することも

成功することも

ある。


人は一人では生きていけない。

なぜなら

人は、ひとりひとり違うから。

違うからこそ

生かしあえるから。

人は一人では生きて行けない。


補おう、

愛そう、

支えあおう、

人は、一人一人違うから。

人は、一人では生きては行けないから。

Jun23

今、夜空に見える惑星達 「金星」

こんにちは。今日から三日間、
今の季節、実際の夜空に見える惑星の話をしますね。
 
 
占星術で使われている
惑星達は、実際に肉眼でも見えることご存知でしたか。
 
 
今日は夜空の中で最も明るい星のひとつ
金星のお話をしますね。
 
 
夕方近くに段々と辺りが暗くなりはじめるころ、
西の空にひときわ輝く星があらわれます。
 
 
この星が、いわゆる宵の明星といわれる
金星です。
 
 
他の星よりもダントツで輝くので、晴れていれば、
必ず見つけることができます。
東京の空でももちろん見つけることができます。
 
 
この金星は、占星術の世界では「愛」の星。
ギリシア神話では、このひときわ輝く金星を、
愛と調和、美を司る神様アフロディーテ(ローマ名ヴィーナス)
が支配する惑星としてとらえられています。


占星術では、この金星は、男性にとっての好みの女性のタイプ
であったり、女性にとっては、自分の異性への愛情表現のあり
方を示す、恋愛の表示星として扱われます。


また、同時に「自分がこういうことをしていると楽しい」という
心地よさを感じる状況やシチュエーションを表す惑星とされてい
ます。
 
 
そのひときわ輝く星の光に
昔の人は自分たちの心に眠る
「美」や「愛」「調和」といった
力を見たのかもしれませんね。


是非学校や仕事の帰り際、
夜空を眺めながら今日のお話を思い出してみてください。


明日は、今の夜空で、金星の次に明るく光る星
木星のお話をします。
 
 
お楽しみに。

Jun24

今、夜空に見える惑星達 「木星」

こんにちは。今、夜空に見える惑星達についてかたる二日目の今日は、
金星に継いで明るい惑星『木星』
についてお話します。
 
 
今、夕方の西の空に金星が輝き始める頃、
東の地平線に現れ始め、
夜の8時から9時ごろには南東の方角に、
夜の11時から12時ごろにかけては南の空に
美しく、存在感をたたえながら
輝いている星、
 
 
これがギリシャ・ローマ神話では、
全天を統べるといわれた神様
ゼウス(ジュピター)の支配する
『木星』という惑星です。
 
 
太陽を除く、もっとも明るい恒星おおいぬ座の
シリウスがマイナス1.47等星で、
木星の明るさは、そのおよそ2.5倍の
マイナス2.5等星と
天空のどの他の星々よりも明るいので、
すぐに見つけることができます。
 
 
『木星』は、黄道(一年をかけて太陽が通る通り道)
をおよそ12年かけてゆっくりと一周し、
またその雄大な動きと明るさから、
星々の中でも、王者としての威厳を持つとされてきました。
 
 
ギリシャ・ローマでは最高神ゼウス(ジュピター・ラテン語読みでユピテル)
として扱われ、
また中国では黄道を12年で一周する軌道から
12支を司る歳星として奉られていました。
 
 
占星術の世界では、木星は、
「幸運」を運ぶ惑星として扱われ、
積極性や、発展性、楽観性などの意味を持ち
また、宗教や哲学といった深い智慧を象徴する
惑星ともされてきました。
 
 
僕自身の名前が、ユピテルジョージなのも、
僕自身が生まれたときの夜空のもっとも高い場所に
木星が輝き、
また幸運を運ぶその星の意味にあやかり、
皆さんに幸運を運べるように、という意味を込めて
ユピテル(ジュピターのラテン語読み)という
名前をつけるにいたりました。
 
 
大変美しく輝く星なので、
是非皆さんも
見つけてみてくださいね。

Jun25

今、夜空に見える惑星達 「土星」

こんにちは、ユピテルジョージです。


今の星空について語る3回シリーズの最後の今日は
土星のお話をします。


2007年6月後半の現在、一昨日お話しした金星のすぐそばに
輝いている惑星が土星です。


6月に入り梅雨入りをしてしまったので雨や曇りの日が多く
なかなか綺麗な星空が見ることができないのが残念ですが、


土星も1等星の明るさをもっているので、晴れていれば
空が暗くなり始める頃、金星とともに観測することができます。


7月1日の夕方には、土星と金星が大接近をするので
晴れていれば是非見てみたいものです。


土星と金星の大接近の詳細については、
天体観測雑誌『星ナビ』を出版しているAstroArts社の
ホームページを御覧下さい。
http://www.astroarts.co.jp/alacarte/2007/200707/0701/index-j.shtml


さて、西洋占星術ではこの土星は、
他の金星や木星にくらべると暗く輝き、
そして全天を一周するのに29.5年もの年月をかけて
ゆっくり運行して行くので、


老齢と制限の星、
とされてきました。


ギリシャ神話ではゼウスの父親クロノス
ローマ神話では農耕神サトゥルヌスという
神が支配する惑星とされています。


木星が幸運を運ぶ惑星とされてきたのに対して
この土星は、老齢や制限、障害を表し、
古来から不運の惑星とされてきました。


実際に生まれた人の星の配置に、
この土星の影響がつよくでる時期には、
さまざまな試練が身の回りに起きてくる
と感じることが多くなるといわれています。


しかし、一方でこの土星が強く影響を与える時期は、
「試練や障害の中で本当の自分自身の力を
じっくりと鍛えていく」
という側面もあり、


多くの方がこの土星が象徴するような人生の試練のもとで、
「自分らしさ」をさらに深めて、
より強く、より生き生きと
自分の人生を生きていくための力を
培っていきます。


その意味では、
一概に障害や不運と行ったマイナスの側面だけに
焦点を当てるのではなく、


それをいかにのりこえて、
そしてどのような自分になるのかを
しっかり考えていける機会と
とらえるようになれば、


土星という惑星も
自分自身の大きな力の一つとして
味方につけることができます。


梅雨はまだ続きますが、晴れてくれれば
7月1日の夕方、西の空には
金星と土星の大接近とともに、
東の空からは、綺麗な木星が上がり始め


この三日間の話も、
いちどに振り返ることができます。


それでは、皆様また明日!
明日も良い一日を。


Jun26

鑑定後のご感想から

こんにちはユピテルジョージです。

今日は、鑑定を実際に受けられたお客様から寄せられた感想をご紹介致します。お客様からのご感想から、実際の鑑定の雰囲気や様子を是非知っていただければ幸いです。

まずは、一人目のかたのご感想です。

・心が整理され、今どうすべきかが明確になった。

・『そういう自分の本質が存在する』ということをしり、自分のコンプレックスを受け入れ、その上で悩みの解決をはかれるようになった。

・双方向の診断なので、納得感があり、問題の根本から解き放たれた。

ユピテルからのコメント

心の整理を通して、自分の本質を見て、
コンプレックスを含めた自分自身を受容し、
一方的でない双方向的な対話をとおして
根本的解決な解決を図って行く。
という、鑑定のスタイルを実感し喜んでいただくことができて
ユピテルもとても嬉しいです。


これからも貴方らしさを大切に、頑張ってくださいね。


次に、二人目のかたのご感想です。

・自分が自然にとれる、とっている行動がわかったから、これを自分の強みにしていこうと思えるようになった。

・鑑定のときにちょっと触れた『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』という本で指摘されたことを占いの中でも指摘されて驚き。

・鑑定のときの雰囲気がよかった。焦ることなくゆったりと話せたし、うまく言葉にまとめられないまま話をしても、受け取ってもらえたと感じました。

・絵にサインペンで、星の意味を書いてくれたけれど、ペンがちょっと太くって、あとから読み返しづらくなってたから改善してもらえるともっと良くなると思う。


ユピテルからのコメント

自分が自然にとれる行動、
例えば、人とのコミュニケーションが好きだ、
なんとなく人を包み込むような暖かみのある雰囲気がある、
気がつけば物事の分析をするのが好きだなど、


自分ではなかなか気付かないけれど、
他の人から見ると自分の個性として現れている性格は、


無意識にしていたことを、ただ意識して使えるようになることで
自然な形で自分の才能や力として発揮できます。


そのために必要なものは
自分が無意識に持っている心理パターンや
自分が未だ自覚していなかった自分の長所に
「気付く」ことです。


このお客様のカウンセリングでは、
ゆったりと話せる雰囲気のなかで、
そのような「気付き」を主なテーマとした
鑑定になりました。


面白かったのは、たまたまお客さんが鑑定前に読んでいた
心理学に基づいた能力開発のビジネス書
『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』という書籍
も同じような内容を書いており、


また、実際にその本の診断で出せるものと
ユピテルの鑑定で出したその方の特性とが、
ほとんど一致していたということでした。


以前、ユピテルの占いに関して、知り合いの方から

 
ジョージくんの占いには根拠がある。彼だって全知全能の神ではない。ゆえにまずクライアントのことを知ることから始めなければならない。そして最終的にはクライアントに「気づき」を与える。うがった見方をすれば、科学的であり、コンサルタントに近い。

コンサルなんかと何が違うかといえば、悩みや問題点を整理するための「関数」が違うのかもしれません。すなわち、彼の関数は西洋占星術、特にホロスコープだったり、絵画だったりするわけです。


と評していただいたのですが、


2600年もの長い歴史の間で培われて、「人の心」に寄り添ってきた一つの文化である「西洋占星術」という関数と、現代のビジネスにたちむかうために必要な自分の長所を発見するための心理学という関数、


関数の種類は違うものであれど、
そもそも分析する主体が
「自分自身の心」
という同じものなので、


出てくる結果も多かれ少なかれ、
似てくるのだろうと思います。


お客様からご紹介いただいた上記の書籍
『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』は、
大変面白い内容だったので近くレビューをいたしますね。


鑑定の際に絵画の上に説明するための文字を描くための
ペンが太いという件に関しましては、すぐに改善いたしますね。
貴重なご意見ありがとうございます。


最後に

これからも、鑑定後のご感想などを通して、このブログでも
お客様との交流も続けていきたいと思います。


それでは、皆様、よい一日を!!

Jun27

エジプト世界からの贈り物「太陽暦」

こんにちは、ユピテルジョージです。まだ梅雨は晴れませんが、
段々と「夏」を感じる気候になってきましたね。


先週の22日は、太陽が南の空に、一年で最も高く昇る
「夏至」の日でした。


暦の上では、もう夏は始まっているのですね。


今日は、この「夏至」にちなんで
古代エジプト世界に誕生した
現代でも使われている1年365日で成り立つ
太陽暦のお話
をしたいと思います。


エジプト世界では、一年の始まりを
現代の暦でいうところの7月22日ごろにある
「夏至」の日に定めていました。


なぜか。


それは、彼らの生活の全ての基盤となっていた
ナイル川の氾濫
がこの
夏至の日に毎年始まるからでした。


夏至を迎えると、ナイル川は穏やかに
増水と氾濫を開始し、ナイル川上流域の
肥沃な大地の養分を運び、エジプト世界の
農業はおおいに発展しました。


そして、この夏至を迎える日、
太陽が昇る直前に、全天で最も明るい恒星
シリウス(エジプト名ソティス)が、東の地平線に輝きました。


彼らはこれを
ヘリアカル・ライジング
と呼び、
このナイルの氾濫が始まる夏至の日こそ、彼らにとっての
一年の始まり
とされたのです。


そして彼らは、このナイル川の氾濫周期から
一年の正確な日にちを計算し、
各々30日の12ヶ月と、5日の余剰日を
付け加えた、
現代でも使われる365日にちの太陽暦を
創りだしたのです。


この時代、その他の文明、文化圏では、
主に、月の満ち欠けに基づいた
太陰暦を使っていたため、
一ヶ月が28日
それがおよそ13ヶ月で
だいたい1年、
という


年度ごとに修正をしなければ
実際の季節と段々ずれて離れて行ってしまう
暦を使っていました。


エジプトの太陽暦が世界に広まるきっかけとなったのは
その後のアレキサンダー大王の東方遠征によって
ギリシア・ローマ、エジプト、オリエント、インドなどの
世界の文化が混淆する前三世紀ごろから三世紀ごろまでの
ヘレニズムの時代に、太陽暦が正式に採用されたことが
きっかけでした。


その意味では、
現代の私たちが使っているカレンダーは、
ルーツをたどって行けば、遥か遠くの


エジプト世界からの贈り物


といえるかもしれません。

Jun28

「24時間」の発祥は?

こんにちは。ユピテルジョージです。


昨日は、太陽暦の誕生についてお話ししましたが、
今日はそれに引き続き、
私たちが現在、当たり前のように使っている
24時間制
についてお話します。


そもそも明治の日本政府が太陽暦を
国の正式の暦として認める前までは、
ずっと、月の満ち欠けの周期をもとにした
太陰暦をつかっていました。


そして、その時代は
子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥
のいわゆる「12支」で
一日の時間を区切っていました。


明治時代までの時間は、
現代風にいうなれば「12時間制」だったのです。


それが、明治政府が太陽暦を採用してから
日本の時間制度も、西洋に習い
24時間制
に変更することになりました。


いまでは、このおなじみの24時間制、
いったいどのような歴史的背景から
生まれてきたのでしょうか。


今日はそれについて掘り下げてみましょう。


さて、この24時間制が誕生したのは、
やはり「太陽暦」という便利な暦を生んだ
エジプト世界においてでした。


エジプト世界では、
デカン
と呼ばれる36の星座を
全天に均等に配置していました。


このデカンは、バビロニア世界に生まれた12星座とは
別の星座の体系です。


そして、昨日もお話したナイルが氾濫する夏至の日、
その前兆としてみられる
ヘリアカル・ライジングが
起きるころ
夏は昼が長く、そのために夜が短いので
36個のうちの12個のデカンがのぼり
この12個のデカンによって
夜はこれを基準にして12時間とされ、


また昼の時間は、
もともと10進法を使う習慣のあったセティ1世(前1294-1279)の時代には、
昼は10時間であったのだが、
これに昼間の前後にある薄明の時間を1時間ずつ
加えて
昼も12時間として、


昼が12時間、夜が12時間
の24時間制が
誕生することになったのです。


この24時間制では、
1時間の長さは年間を通じて変化するけれど
1年に二回春分、秋分の日には
昼と夜は同じ長さになり、
すべての時間が等しくなりました。


これが現在の24時間制の
本家本元になったのです。


時間制度というとても身近なものですが
掘り下げて行ってみると、
意外に面白い歴史的背景がわかってくるものですね。


今日はトリビアな
まめ知識でした。


それでは又明日!

Jun29

「曜日」の発祥は?

一昨日は太陽暦、昨日は24時間制
の歴史的発祥についてお話ししましたが、


今日は、
トリビアな発祥シリーズ
最終回。


「曜日の発祥」
についてお話しします。


私たちが使っている
月火水木金土日
の7曜日、


これが西洋占星術の世界観に基づいているといったら
驚きですね。


今日はそのお話をしていきます。


昨日お話しした、24時間制。
これはエジプト世界で生まれたものなのですが、


曜日は、更にこの24時間制に
バビロニア世界の天文学の知識が
加わって、成立したものなのです。


古代の世界でもっとも
天文学が発達していたのは、バビロニア世界でした。


なぜなら、バビロニア世界では、
太陰暦という月の運行を基準にした暦を
古来から使っており、
また、彼らの宗教の最高神は、
シンという月の神様でした。


そして、同時に彼らは7つの惑星に
それぞれ自分たちの神様を当てはめて
信仰する、星辰信仰をもっていました。


実は7つの惑星全てに自分たちの
神を当てはめ、惑星を信仰の対象としたのは
バビロニア世界が初めてでした。


そして、月や惑星の運行は
太陽よりも複雑で、
そのため月の運行を予測する為の
天文学が他の地域よりも
複雑に発展しました。


そして、バビロニア世界の天文学の
観測も正確で
地球からの惑星の配置を近い順から
月・水星・金星・太陽・火星・木星・土星
と正確に把握していました。


さて、これらのバビロニア世界で知られていた
惑星の順番とエジプトに発祥した24時間制の融合こそが、
曜日の順番を生み出す要素となったのです。


アレキサンダー大王によって始まった
バビロニア世界の文化と、
エジプト世界の文化が融合した
ヘレニズム期の
アレキサンドリアという都市の占星術師は
このように曜日の順番を出して行きました。


まず
バビロニア世界で知られていた惑星の順番を
地球から遠い順番で
土星・木星・火星・太陽・金星・水星・月
としてならべ、


次に一日24時間の1時間ごとに
土星から順番に、
土木火日金水月
とならべていきました。


そして、1日目のサイクルは、
土木火日金水月 土木火日金水月 土木火日金水月 土木火
と並び、


2日目はそれに引き続き、
日金水月土木火 日金水月土木火 日金水月土木火 日金水


3日目はそれに引き続き、
月土木火日金水 月土木火日金水 月土木火日金水 月土木


4日目は、
火日金水月土木 火日金水月土木 火日金水月土木 火日金


5日目は
水月土木火日金 水月土木・・・・・


6日目は、
木火日金水月土 木火日・・・・


7日目は、
金水月土木火日 金水月・・・


そして一週間経った8日目に、
土木火日金水月 土木火日金水月 土木火日金水月 土木火


と戻ってくるのです。


もうお分かりと思いますが、
24時間の1時間ごとに、先ほどの土木火日金水月の
地球から遠い惑星の順番に並べて行くことで
一日の最初の一時間が、その日の曜日、
とされたのです。


これを並べて行くと
土日月火水木金
という曜日の順番になったのです。


現代ではこれを
日曜から始めて、日月火水木金土
あるいは
月曜から始めて 月火水木金土日
としていますね。


曜日を考え出したのは、アレキサンドリアの
占星術師だったようです。


意外なところに、そして身近なところに
このような占星術の知識が何千年も
生きているのです。驚きですね。


Jun30

占いは理性的に「学べる」もの?

「占い」
と聞くと、なにか曖昧模糊な世界のように思え、
神懸かり的な霊感や直感だけで未来を見通す、
というようなイメージが先行すると思います。


しかし実際には、ユピテルが鑑定に用いている西洋占星術は、
大変論理的な構造を持っており、
また少なくとも、
コペルニクスによって地動説が唱えられるまでは、
西洋世界では、重要な「学問」の一つとして
位置づけられていました。


中世頃までの西洋の世界では、
「天文学」はもちろんのこと、
また意外に思われると思いますが、
「医学」とも切っても切り離せない
学問体系だったのです。


また、ルネッサンス期においては、
ルネッサンスの美術に大いなる
貢献を果たしたことも知られています。


それだけ、少なくとも過去の時代には大変論理的で
クリアーな学問大系として受け入れられてきました。


また現代でも、英国占星術協会(AA)や
アメリカのAmerican Federation of Astrology(AFA)
などの占星術の協会もあり、
アメリカではケプラーカレッジという占星術を学ぶ為の単科大学や、
イギリスでは、バース大学や、ケント大学といった
占星術を扱うコースを持つ総合大学も存在しています。


これを聞くと、それじゃぁ、私にもその占星術の理論を勉強すれば
占えるの?
と思われるでしょう。


実際、占星術のしっかりしたテキストを使って勉強すれば
必ずある程度は、占うことができるようになるのです。


もちろんプロの占い師として生計を立てる為には、独り善がりに
ならないために師匠や先生などについて学びを深めたり、地道な
鑑定経験を通して、頭で理論を学ぶだけでなく、「人」と向かい
合い、「人間の心」という複雑でかつ切実なものと向かい合うこ
とを地道に学んで行かなければなりません。


しかし、占星術の理論自体は大変整然としているので、
皆さんが思っているのとは裏腹に、実はかなり
自分の理性を通して納得しながら星の意味を追っていける
非常に明快な構造をもった体系なのです。


なぜ今日僕がこのような話をするのか。


それは明日のお話に続きます。


明日は、この論理的な構造をもった占星術の世界を
占い師側からだけでなく、


お客様側からも主体的に関わって行けるように
どのように鑑定の場をつくっているか
についてお話しします。


明日は、「なぜ占星術絵画を描くのか」
についてお話します。


お楽しみに。