Jun18

アストロドラマ 大地の蠢き、天空の囁き。 (第三夜)

 さて、第三夜の今日は、ギリシア・ローマ世界から伝播し、8世紀頃からアラブ世界に発展した占星術が、11世紀ごろから12世紀頃のルネッサンスの時代に西洋世界に逆輸入され、そしてそれが後の科学文明の勃興とどのような関係を持ってきたのかについてお話しします。当初3回シリーズの予定でしたが、次回の近代以降の占星術の歴史もふまえて4夜連続に変更します。


 さて、8世紀からの11世紀にかけてのイスラム世界における占星術の研究も、11世紀以降からより厳正なイスラム教解釈の神学が重要視されていくなかで、衰退の傾向を見せていました。


 一方、ヨーロッパでは、11世紀から12世紀にわたり、キリスト教の聖地エルサレムの奪回と、キリスト教の教義を広めることを目的に十字軍の遠征が行われました。しかし、皮肉なことにも、その十字軍の遠征の過程のなかで、イスラム世界の文化が逆輸入されていくという現象が生じました。プトレマイオスの書籍『テトラビブロス』や『アルマゲスト』を訳したイスラム世界の占星術家アブー・マーシャルの占星術文献もヨーロッパに流れ込み、スペイン、南イタリア、イギリスなどでラテン語に訳されていきました。キリスト教の教義を広めること目的だった十字軍の遠征は、その思いとは裏腹に、既に忘れ去ったはずの古代の異教的な占星術を逆輸入し、復活させていくことになったのです。


 こうして逆輸入されたギリシャ・ローマ時代の古代の文化は、ヨーロッパの新しい時代の扉を開くことになります。それが、ルネッサンス(文芸復興)の時代でした。古代の異教的神々は、人間の霊性への気づきをもたらし、腐敗していた教会権力の束縛からの解放の原動力となりました。イタリアのボローニャ大学では、占星術の講義が開かれ、ローマ教皇もこれを容認せざるを得ない状況となっていました。このような中で、キリスト教と占星術との折り合いもつけられていくようになりました。トマス・アクィナスは、『神学大全』のなかで星は指示するが、強制はしないと部分的にも占星術の正当性を認めていました。


 しかし、そのような占星術の復活とは裏腹に、占星術は科学革命の中で2度目の死を迎えることになりました。それは、天文学者コペルニクスによって唱えられた、文字通り天地がひっくり返ってしまう衝撃的な宇宙観の訪れでした。コペルニクスは地球を中心として惑星や恒星が回っているというプトレマイオス以降の常識を覆し、宇宙は、そして自分たちの住む地球は、太陽を中心に回っているのだという学説を唱えました。この地動説は、それまでの天動説で唱えられていた宇宙観を根底から覆し、いわずもがな占星術の権威もこれにともない凋落していきました。


 さて、最後の第四夜となる明日は、この地動説の到来によって長い歴史に幕を閉じると思われた占星術の歴史が近代の世界にどのように再び復興することになったかをお話しします。


 それでは皆様また明日!

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