アストロドラマ 大地の蠢き、天空の囁き。 (最終夜)
占星術の歴史について語ってきたこのシリーズ最終回となる第四夜は、コペルニクスの地動説の発表以降、いよいよ占星術もその歴史に幕を閉じると思われた占星術の、またもや奇跡的な復興の歴史について話します。
天文学者コペルニクスは、それまでの惑星や恒星が地球を中心に回っているというプトレマイオス以降の宇宙論の常識を覆し、自分たちの住む地球は、太陽を中心に回っているのだという学説を唱えました。ガリレオ=ガリレイやニュートン、ケプラーなどの新たな時代の天文学者の天体望遠鏡を使った観測によって、地動説の正しさが証明されるにしたがって、占星術の土台であった地動説の権威も凋落し、次第に人々の記憶から占星術は忘れ去られていきました。
こうして、占星術の長い歴史も幕を閉じると思われていたころでした。ある一人のロシアの女性を中心に占星術はまたもやその命を吹き返すことになるのでした。そのロシア人女性こそが、後の近代ヨーロッパの霊性復興運動の事実上の創始者となった、ヘレナ=ブラヴァツキー夫人でした。ヘレナ=ブラヴァツキー夫人は、シュタイナー教育で有名なルドルフ・シュタイナーも輩出された、神智学協会を設立しました。
この神智学協会に所属していたイギリスの占星術家アラン・レオは、『アストロロジー・フォー・オール』『キャスティング・ザ・ホロスコープ』などといった7冊に及ぶ占星術テキストを次々に発表します。また、雑誌『モダンアストロロジー』の発行や、読者へのホロスコープ作成サービスを通して、一般大衆の心をつかむことにも成功しました。そして、アラン=レオのほかにも、ラファエル、セファリアルといった有名な占星術家も登場するようになります。
またこの時代、星占いと聞いてすぐに思い浮かべるような誕生日だけで判断するおなじみの12星座占いも登場しました。雑誌の12星座占いが登場するまでは、一人一人占星術家がホロスコープと呼ばれる天球図を用いて占っていました。しかし、当時勃興しはじめていた新聞や雑誌といったマスメディアでは、年齢にかかわらず生まれた月だけでどんな読者にも対応できるアミューズメントとしての占いが必要とされたのです。
そして、その大衆化の動きの中で、占星術の心理学化による新たな権威付けというものがなされ始めました。それは、心理学者カール・グスタフ・ユング(1975-1961)の心理学に端を発し、イギリスの占星術家リズ=グリーン(1946-)が創出し、日本では、鏡リュウジ氏が日本に紹介している、心理占星術です。この、心理占星術は、ユング心理学における、集合的無意識や、アーキタイプ(元型)を占星術の惑星にそれぞれ当てはめて、独自の理論を気づいているもっとも近代的、かつ心理学という科学的手続きを踏んだ占星術のひとつといえます。
さて、四夜にわたって、古代バビロニア世界における誕生から、現代の占星術までの歴史を、ざっと追っていきました。占星術は、時には宗教から、時には科学から批判され、また同時に必要とされた極めてマージナル(境界的)な文化といえるでしょう。宗教と科学の間をゆうゆうとわたり、また長い年月にわたって批判と衰亡、そして驚くべき復活の歴史を繰り返してきたのが、占星術の歴史でした。
しかし、おおもとをたどれば、古代も現代も、占星術は天空の世界を地上に投影することで、そこに人類の心の中に眠る物語を読み解こうとしてきました。天空の星々は、ただただ天空上を回っていたのではなく、私たちの地上の世界の物語に、幾度も何かを囁きかけ続けてきたのです。
そのようなアストロドラマ(天空の物語)とジオドラマ(地上の物語)の歴史を振り返りながら、ふと天を見上げると、きれいな夜空が広がっています。その星の光は、何千年、否、占星術がはじまったであろうバビロニア時代よりもずっとずっと遠くの時代から、私たちに何かをささやきかけているのかもしれません。
大地の蠢き、天空の囁きを胸に。 それでは皆様、 よい夢を。
Have a good dream.
ユピテルジョージ








