Aug03

いよいよ梅雨明け 8月の到来

長かった梅雨もいよいよ晴れて、
晴天の8月がやってきました。


この春に大学を卒業し、
西洋占星術師として独立してから
道無き道を行く4ヶ月でしたが、


この8月は僕にとっていい意味で節目に
なりそうです。


春から試行錯誤してきた生活のペースが
徐々につかめてきたことと、
2年半以上の様々な経験や勉強を通して
感じてきたことをいよいよ
着実に形にしていく月になりそうです。


「挑戦」の気概を胸に
よりよいサービスを提供できるように
頑張って行きます。

Aug04

なぜ西洋占星術師になったのか その1

こんにちはユピテルジョージです。


今回のシリーズ「なぜ西洋占星術師になったのか」では、
ユピテルが、西洋占星術師になった理由を
語って行きたいと思います。


今回のシリーズは結構長くなるかもしれません。
是非物語のようにして楽しんでください。


「どうして占い師になったのですか?」


という質問を会う人会う人によくご質問を受けるのですが、
これに答えるのにいつも大変苦労しています。


限られた時間のなかで、
そしてその場で
なんとか分かりやすく説明しようとおもうのですが
しかし毎回なかなか上手く伝えることができません。


というのも、僕が占いをやり始めた理由は
一つだけではなく、


実に様々な要素が
人生のなかで入り組んでいて、
そのひとつひとつの要素の繋がりと
それらがまとまった大きな流れのなかで
「結局僕は占いをせざるをえない」
否、
「僕は、占いをしたい」
というシンプルなところに
行き着く他なかったからなのです。


また占いというものが曖昧模糊なイメージが先行するため
その場での安易な説明が
僕自身への大きな誤解になることを怖れて
本当に占いをやる核心部分をなかなか話せないという
もどかしさが常につきまとっていました。


なので、誤解を生まない範囲内で、
なるべく具体的で自明な、あるいは理性を介して理解できるような
きっかけだけを
お話してきました。


僕が怖れていた「大きな誤解」という恐怖、それは、
自分が占いをやるきっかけとなる霊的な体験を話すことで
「ああ、この人は、頭がおかしいひとなのかな」と
思われるのではないかというものでした。


正直、占いに行き着くまでに
理性では納得できないような霊的な体験を
何かに導かれるように、何度となく経験しました。


しかし、その体験をその場でそのまま話しても
初対面の人には、
「変な人」としか映らない可能性が高く
僕に対する一人の人間としての信頼も
それによって落ちてしまうのではないかという怖れもあり
そういうことはなるべく口を閉ざして
分かりやすく、なるべく曖昧模糊とした部分を
そぎ落とした説明をしてきました。


僕自身は、占いという曖昧模糊なことをやる
人間だからこそ、人にそのようなことを説明するときに、
なるべく具体的に、わかりやすく
そして論理的に、道筋をおって話そうと心がけています。
そして、それは僕の占いの鑑定のスタイルの
一つの特徴ともなっています。


しかしアウトプットはそのような具体的で明示的で論理的な
形で出すことができるにもかかわらず
やはり入ってくるインプットの部分は
あいも変わらず直感的で、霊感的なものなのです。

今回のシリーズでは、そういうものも含めて
お話をしていこうと思います。


さて、明日は、
大学1年のときに湧いた
大きなビジョンについてお話しします。


それではまた明日!


Aug05

なぜ西洋占星術師になったのか その2

こんにちは ユピテルです。


今日は昨日に引き続き、
大学1年の春頃、
占星術的なビジョンを
直感的に捉えたときのことを
お話しします。


そもそも僕が占いという道にはいった
まず、本当に最初のきっかけは
哲学的な思索からの小道からでした。


もともと小学校のころから
宇宙が好きで、
よく夜の帰り道に
夜空をみながら
宇宙のことをずーっと考えていた
そういう子供でした。


それが大学に入る頃には
それまでずっと思い浮かべ
直感で捉えていた宇宙の姿を
ただ直感的に把握するだけでなく、
なんとか言語化できないかと考えていました。


神は存在するのか?
なぜいま自分はここに生きているのか?
自分たちの住む宇宙の外には何があるのか?


大学入学当初からそんな哲学的な問いを
ずっと思いめぐらしていました。


そして、大学に入った春頃に
そのような哲学的な問いを考えているとき、
直感的に以下のようなビジョンが
浮かんできました。


これがそのときのメモです。

img021.jpg
中国の太極図や、哲学の用語(構造主義やら現象学やら)を使いながら
自分の頭のなかにグルグルとめぐっていた考えを整理ししていった
はじめてのメモです。


img022.jpg
時間について考えていたメモです。このメモを書いたときから徐々に、
時間を一直線のものとして捉えるのではなく、相互に関係しあった
有機的な関係性としてとらえるような思考が芽生え始め、
それが後に時の流れを惑星の動きとして捉える占星術に結びついて行きました。


img023.jpg
時間を粒として捉えるビジョンが湧いたときのメモです。ところどころに「私」という
文字が書かれているのも意味ありげです。まだこのときには占星術について何の
知識もなく、また興味もなかったのですが、左のページには太陽、月、天文学の時間
現象学の時計など、占星術に興味をもつ大きなきっかけとなるような言葉が
書かれています。

img024.jpg
これは5歳ごろに見て、いまでもくっきりと覚えている夢の内容を描いたものです。
遊園地で家族の魂(光の球)がただよい、遊び、語っている夢でした。この当時に
みた夢で他にも良く覚えているものがあるのですが、当時見た象徴的な夢は
遠からず今の自分にも大変強い影響を与えているようです。

これらの着想メモは、まだ誰にも見せたことがないので、
本邦初公開のものです。


このような自動筆記的なメモは
誰から教えてもらったわけでもなく
突然自分の無意識から様々な言葉やイメージがこみ上げてきて
それをただただ書いていくというスタイルで
書いていました。


当時は、自分の深い無意識から出てくるものを
捉えて行くだけで手一杯だったので
書かれた内容がいったいどういうものなのかを
ちゃんと言語化したり
他人に伝わるように説明をする
ことは不可能でした。


しかし、今となって分かるのは
その当時必死に描いていたこのような
象徴的メモが、
年を経るに従って
だんだん肉付けされ、
言語化され、視覚化され、
そして、今はそれが
西洋占星術という形で
結実しているということです。


いまでも、
このようなビジョンは常に
絶えず立ち現れてきていて
いまは、それを象徴詩にして
書き留めていっています。


僕の占いはこうした
無意識から経ち現れてくるような
そしてある意味誰か、あるいは霊的な何かに導かれているような
感覚を通して、
日々着実に進歩しています。


僕の占いが技術的に進歩するときには、
必ずといっていいほど
このような直感的なインスピレーションが
全身に駆け巡る瞬間があるのです。


今日は少しディープなお話でした。


それではまた明日!

Aug06

なぜ西洋占星術師になったのか その3

こんにちはユピテルです。


今日は、なぜ西洋占星術師になったのかについて、
高校時代の挫折から学んだことをベースにお話していきます。
この話題については今日明日と2日にわたってお話ししていきます。


1995年は神戸が実家の自分にとって
阪神大震災があった年でもあり、
実家が神戸の山から海へと引っ越した時期でもあり、
また長い受験戦争が始まった年でもありました。


95年、小学校の4年から受験戦争が始まり、
毎日のように塾に通うことになり
土日かかわらず学校から帰ってくると夜中の10時11時まで
塾に缶詰にされ、
学校の友人と遊ぶ時間もほとんどないような時代を
長く過ごしていました。


また小学校時代そうして頑張って我慢して塾に通い続けた
努力も虚しく中学受験も試験に落ちたため、
再度高校受験のために
中学時代も受験のための勉強に
青春時代のほとんどの時間を費やすことになりました。


そして、耐えに耐えた努力が報われて
関西のエリート高校といわれる灘高校に
入学することができたのはよかったのですが、


実際に行われる授業はとても難解で、
周りも大変優秀な友人ばかり、
そのような人々の間で灘高校の難解な授業を受けて
学んでいると
自分自身が毎日受けている授業が
どうしても次から次へとただただ知識を詰め込むだけのような
これまでの受験戦争での勉強となんらかわらない
敷かれた線路の上をただただいわれた通り走って行くだけの
機械的な作業のように思えてきてしまい、


自分の学びの意味や、モチベーションが全くつかめず
今、何のために勉強しているのか?
今、何のための学んでいるのか?
というビジョンが自分自身全く見えないまま
そしてそういう問いを持つ事自体できないような
大量の宿題に追われるハードな環境の中で、
暗闇の中に放り込まれるような感覚に
襲われてしまいました。


ある日を境にそういう風に悩み始めると
その迷いだけにとらわれるようになり、
いよいよ宿題も手に付かず
授業中も気がうつろで
いよいよ授業の内容も意味がわからなくなり、
ただただ朝起きて教室に座って
訳の分からない授業を聴いて
宿題をやってきてないと怒られ
廊下に立たされ
お前は駄目人間だと叱られる
そういう苦しい日々を送って行くだけの
高校生活になっていきました。


俺の人生はどこにいった?
ここにいて俺がなりたいものになれるのか?
おれは未だ若いのに、
本当に勉強したいことを学ばなくていいのか?


そう思っているとだんだん、
学ぶ意欲もなくなってきて
頭は痛くなるばかりで
いよいよ高校1年の冬には全く何も考えられなくなり
不登校になってしまいました。


いま、自分の生来の性格をホロスコープを通して考えてみると
もともと太陽と金星が双子座、月が乙女座と
どちらも知識や勉強を表す水星が司る星座
の影響が強く
学習欲が生来とても強く、
そもそも学習したり、勉強する事自体は
とても好きなのですが、


これは僕のホロスコープの中で
4元素の「地」の要素が強いところに
あらわれているのですが、
ただ知識を知識として身につけるだけでなく
実際の役に立つ「実学」を大切にしたいという傾向が強いため
知識をただ知識のため論じることが苦手で


「実際に現実的に人の役に立てる知識を
身につけて行きたい」という気持ちがとても強く、
高校時代には、もはや
ただ受験のためとわりきって勉強することが
どうしても苦痛でしかたがなく
できなかったのです。


唯一高校時代モチベーションを保てたのは、
実際に話せて異文化コミュニケーションの役に立つ
英語の勉強くらいでした。


そうして、不登校の暗闇の中で悩んでいたとき、


ああもう俺は死ぬかもしれない
でも死ぬくらいなら・・
という覚悟でいよいよもう駄目だ
とおもったとき、
ある決断をしました。


続きは明日。

Aug07

なぜ西洋占星術師になったのか その4

こんにちはユピテルです。


本日も、なぜ西洋占星術師になったのかについて、
高校時代の挫折から学んだことを
昨日の続きからお話しして行きます。


さて昨日お話したように高校時代に
何のために学校に入ったのか
何のために今生きているのかなど
深く悩みすぎたあげく不登校になってしまい
そしていよいよどうしようもできなくなったと思ったとき


最終的にとった手段は、
もうここで死ぬぐらいならと思い
思いきって神戸から東京に家出をする
ことでした。


そしてただ家出をするだけでは
何の解決にもならない
そう思っていた矢先、
英会話のラジオ講座のテキストを開いたところ
当時東京で創立して間もない
インターネットと
コーチングを用いた
新しいタイプのフリースクールの形をとる高校の
広告がのっていました。


それがアットマークインターハイスクールという学校でした。
http://www.inter-highschool.ne.jp/


このアットマークインターハイスクールは、
その人の可能性や興味を対話の中で引き出して行くコーチングという
技法を用いて、また学びたいことや学習目標、時間割を自分自身で
設定して、それを達成して行くことで海外の高校の
卒業資格がもらえるというコンセプトで設立された学校です。


長い受験戦争を終えて、未だ尚続いていた
学校からの一方的な知識の詰め込み教育で
いよいよ精神的に無理がたたって学校にも行けなくなった矢先に


この広告を見たものですから、
こういうコンセプトを掲げている学校があるのだと感動し
是非東京に出て
この高校がどういう高校なのか見てみたいという欲求にかられ
学校のほうも、また自分の精神的健康も
いよいよ、もうにっちもさっちもいかなくなったときに
思い切って家を飛び出して
深夜バスで、東京に向いました。


明日に続く。

Aug08

なぜ西洋占星術師になったのか その5

こんにちは ユピテルです。


昨日の続き。


そして、
深夜バスに乗って
東京に向かいました。


上京するのも
家出をするのも
何もかも初めてで
後ろめたさと
ある種の恐怖で
リュックをしょって
見知らぬ東京の大都会をさまよいながら
自分の足で一歩前に進むのが
こんなに怖い
日もありませんでした。


東京についた僕は
当時恵比寿にあった
アットマークインターハイスクールの事務所に
行き、そこで
働かれていたスタッフの方や
学校をつくられた経営者の方の
お話を聞くことになりました。


そこで聞いた話、
そこで見たものは、
今の自分にとっての原体験と
なるものでした。


その学校の経営者の方が
もっとも大切にしていたのは、


ひとりひとりの人間には
それぞれの可能性が宿っていて
教育というのは
もともと福沢諭吉によって、
educationを開智と訳されていたように
一人一人のその可能性をつぶさず
引き出して行くことこそ大切なのだ
という信念でした。


小さい頃からの詰め込み教育と一方的な受験戦争に
完全に疲れ果てていた自分にとっては
そのような考え方があり
そしてそれを実際に形にしている場があることをしったことは


まさに自分にとっての原体験になりました。


ああ、俺もいつか
こういう、人の可能性を
つぶさずに、
その人の持っている力を
引き出して行くような
教育文化を
日本に築いて行きたい。


そのような
ある種の希望が
自分の胸の中に
宿ってきました。


明日に続く。

Aug09

なぜ西洋占星術師になったのか その6

こんにちは、ユピテルです。


さて、そんなこんなで
高校時代悩み抜き
いよいよもうだめだと
家出をし、上京した僕は、
アットマークインターハイスクールという
新しいタイプの学校に出会い、
そこで受験戦争に明け暮れていた今までの
自分の価値観を打ち壊す
新しい教育の光を
見ることになりました。


それは、
知識を一方的に詰め込むのではなく、
その人の持つ可能性をつぶさずに、
あるいはその人の意志を否定せずに、
その人の興味や能力を尊重し
引き出していくために、


その人の可能性を大切して
何かを一方的に「上から教える」のではなく
「学ぶことを支え、そしてともに学んで行く」
という教育の姿勢でした。


この学校では、
当時から7年経った現在ではビジネスの世界でも
かなり一般的なものになっていますが、
当時はまだ目新しかった
「コーチング」という
技術を用いた学びの支援を行っていました。


「コーチング」とは
質問や傾聴を通した対話の中で、
その人の興味の方向性を明確にしたり、
目標設定や遂行のサポートをする
「主体的な学び」を支援するための
教育的な技術です。


アットマークインターハイスールでは、
知識的に突出したいわゆる学校の「先生」という存在はおかずに、
このコーチングスキルを身につけた
生徒の主体的な学びを支援する「サポートティーチャー」という
ユニークな制度を取り入れていました。


時間割も、学びたいことも完全に
生徒側に任せる形で組むことができ、
目標設定後の成績評価も生徒自身が行うという
ほとんど全てを生徒の自主性にまかせた
なんとも潔い教育システムでした。


当時完全に受験戦争のレールの上で、
育ってきた自分には、
それは衝撃以外の何ものでもありませんでした。


そして、同時に
この世にそんな学校が存在していることに
なんともいえない感動を覚えました。


そうして何週間か東京を滞在した後、
家出で周りの家族や先生、友人に
とてもつもない心配をかけてしまい、
その後神戸でこっぴどく怒られ、
家族にも先生にも友人にもお灸を据えられましたが、


家を飛び出す前には
なんの未来図もなくただただ毎日の宿題に追われ
完全に目が死んで、生きる希望も
なくしていた僕が
その非日常的な経験を通して
新しい価値観と生きる希望を得て
目に活力が戻ってきました。


その後、結局
最終的には、家族や先生からの反対のなかで
アットーマークインターハイスクールに入ることもなく
結局は我慢して高校に通い続ける
ことになったのですが、
高校1年の冬に
経験した
この非日常的な体験が
いまでも
自分の中でくっきりと原体験として残っていて


大学入学以降は、
「その人の持つ可能性をつぶすことなく
その人らしい能力を発揮するためには
どのような教育スタイルが望ましいのか?」
というテーマをもつことができるようになり


それが巡り巡って
「その人が、その人らしく
自分の人生を豊かにしていくための
きっかけをともに探して行く」
という
自分の占いのスタイルにいきつくまでの
おおきなきっかけとなるものに
なりました。


長いシリーズになりましたが、
明日は、最期に
こうした原体験が
なぜ僕の占いに結びついて行ったのかを
より具体的にお話しします。

Aug10

なぜ西洋占星術師になったのか その7

こんにちは、ユピテルジョージです。


僕の鑑定のスタイルは、ただ一方的に占いの鑑定結果を伝えるだけでなく、
こちら側の価値観だけで判断せず
お客様と対話的に問題解決を図っていく鑑定スタイルをとっていますが
こうした鑑定スタイルをとっている大きな理由に


高校時代に家を飛び出して一時的に上京し
アットマークインターハイスクール
というインターネットを使った新しいタイプの学校で
コーチング、そして傾聴という
対話的な能力開発の手法に出会ったことが
そのおおきなきっかけとなったことがあげられます。


現在ではビジネスの現場でも
コーチングとは必要不可欠なスキルとして数えられるもののひとつに
なっていますが、
7年前の当時は
まだコーチングといっても
現在ほどきちんとしられておらず
かろうじてスポーツなどで練習をサポートする
コーチ
という単語が知られているくらいのものでした。


最初、僕自身も
コーチングというものに
半信半疑で、
相手の可能性を信じて、その可能性を対話の中で
引き出して行く
ということが表す意味が
あまりよくわかりませんでした。


しかし、
実際に家を飛び出して向った先の
アットマークインターハイスクールでは
多くのサポートティーチャーと呼ばれている
コーチングスタッフの方とお話しする機会があり


また実際にある一人のサポートティーチャーに
お試しコーチングサービスを受けることになるなかで
少しずつコーチングが人間の能力ややる気を
とてつもないスピードとパワーで
引き出して行くということを、
身にしみて感じることになりました。


そんなこんなで、高校時代
コーチングという対話的な人間の能力開発の手法に
出会ってからは


いつか自分も、
アットマークインターハイスクールの
サポートティーチャーのように
相手の可能性を否定せずに
相手の可能性の扉をひらくお手伝いをする
人間になりたいな
と思うようになっていきました。


その後、大学に入った後は、
このような興味から
自分の大学での勉強での軸を「教育問題」というものに据えて
様々な勉強を行うようになりました。


その後、「教育問題」から
占いに行き着く間でのプロセスは今回は割愛しますが、
(大学入学後教育というテーマがどのように
占星術というものに結実していったのかはまたいつかお話しします。)


大学2年の終わりころには
西洋占星術という
古代から続く人間のこころを読み解いていく
心理学的な、あるいは象徴学的な
人類史的な文化と出会うことになり、


それに更に、
高校時代に出会った、コーチングや、傾聴といった
スキルを組み合わせていくことで


より深く、より内容の濃い、
そして、より信頼感のある
カウンセリングが提供できるのではないか
と思ったのが、


僕の占いのおおきな特徴のひとつである
「対話的な鑑定」
を生むきっかけとなっていったといえます。


コーチングや傾聴といった
相手主体の能力開発のコミュンケーション技術と、
2600年以上にもわたって人類のこころを読み解いてきた
西洋占星術の融合。


ユピテルの占いの源泉は
こういうところにあるのです。

Aug11

神戸に帰省(関西圏の方は是非ご予約下さい)

こんにちは ユピテルジョージです。


お盆間近ですね。このお盆は皆様はいかがお過ごしになられますか。


ユピテルも8月13日(月曜日)から1週間程度、
実家の神戸に帰省することになりました。


ですので、東京での鑑定ご予約の受付は
再来週以降の日程になります。
東京に帰る日程が決まり次第
ここでご連絡いたします。


また、関西圏の方で占いをご希望の方は
13日から始まる週は
対面の鑑定が可能なので
是非ご予約下さい。


場所は神戸の三宮のカフェで
考えています。
大阪、京都では別途交通費をご負担いただければ
出張もいたします。


どうぞよろしくお願いします。

Aug13

占いと僕

こんにちは、ユピテルジョージです。


ユピテルが占いにいきついたのは
「はい占い」と最初からポンと用意されていたものではなくて
もともと占いとは関係のないような
色々な苦しさや孤独を乗り越えて行く中で
副産物として
ひとつの技術として身に付いてきた
という側面が
現在占いをやっている要因としてとても強いのですが、


占いをやっていて
そうした苦痛のなかでの副産物として生まれた
占いが、
今は自分の心理的な深い傷を
癒していっているような感覚に
とらわれることが多いです。


もちろん、ぼくの占いは
僕の深い心理的な傷を癒す為にやるのではなく、
お客様のお役にたてる
信頼できる占いを提供して行く
ことにあるのですが、


でも、仕事というのは
多かれ少なかれ
そういう他者への貢献以外にも
自分にとっても大きな意味を持つ
要素も多分に持っていると思います。


多分、これからも
職業として、占いを続けて行くことは、
毎日のQ&Aの連続と
共にあるのでしょうが、


どんな困難にもめげずに、
他者の役に立てる
頼りになれる占い師
を目指して
毎日精進して
頑張って行きたいと
思います。

Aug15

18切符ぶらり旅

こんにちは、ユピテルジョージです。


予定よりも1日繰り下げて昨日
東京から神戸まで
青春18切符でぶらり帰省の旅にでかけました。


途中休息のために
神奈川県の山北駅という駅に途中下車しました。


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山北駅で降りてみると
緑の山々に囲まれ
空気がとても澄んでいて
「空気が美味しい」というのは
こういう状態のことをいうのだなーと
思いました。


山北駅の休憩場では
地元のおじさんに声をかけられ


「私はここに40年以上住んでいるが
最初は東京に住んでいて心臓病をわずらっていたんだ。
それで医者に空気がきれいな場所に住んだほうが
いいといわれ、ここに移り住んだんだ。


山北に住んでいく中で
持病の心臓病も治ってしまったよ。」


おじさんのいうとおり
山北の風は山々の木々の酸素をたっぷりと
包含していて
体、全身がやさしい空気に
つつまれ、
人間は全身で呼吸しているのだな
ということが分かるくらい
すばらしい自然の空気に包まれていました。


都会に住んでいると
自然を感じることがなかなか
少なくなってしまいますが、


どんな文明機器よりも
どんな便利な生活よりも
やはり忘れていけないものは
人間はもともと
こういう大自然のなかで生かされているという
原点にあるのだなと
思いました。

Aug16

生命について深く考えるお盆

こんにちはユピテルジョージです。


とっっっても、暑い
お盆ですが
皆様いかがお過ごしですか?


ユピテルは、お盆は地元の神戸でゆっくり過ごしています。


お盆は、死者の魂を祭る祭日ですが、


昨日は、平和憲法が何の議論もなく改憲されようと
されている今日、62年目の終戦記念日、


今日は、中越沖地震からちょうど一ヶ月が経ち、


そして大変残念なことに、
ペルー沿岸でM7.9の大地震と、


たくさんの生命が失われ
また中越沖地震では今でも
多くの方が避難所生活を余儀なくされており


人間の生命について深く考えるお盆だな
と思います。


地震は、自然災害だからといって
何も手立てがないわけでは決してなく
防げる人災もたくさんあります。


身近なところでいうと
たんすや本棚の下に寝ない
あるいは大地震がきても耐震器具で倒れないように
しておく
という最も基本的なこと、


(阪神大震災では大変多くの方が
家具の下敷きになって圧死しています。)


また、今回の中越沖地震では、
柏崎原発の次々に出てくる新しい信じがたい事実には、
日本の原子力開発のありかたへの
不信感と不安感が募ります。


まして、
戦争は、完全に人災。


終戦から62年たった今、
戦争経験を語り継ぐ世代もだんだんといなくなっており
もはや想像力を介して「人間の生命の大切さ」「戦争の悲惨さ」に
まじめに向かい合うことでしか、
安易な戦争への道をちゃんと
日本人自らの意思で戒めることが
できなくなりつつあると思います。


現在の改憲の動きに対しても、十分な議論があるとはおもえず
毎日の中で、
人間の命というものに
向かい合っていくことを通して
安易な戦争という大「人災」への道を
防いでいかなければならないな
と思います。


毎日の生活の中では
なかなか
まじめに「人間の生命」と
向かい合うこと、
考えることというのは
難しいと思います。


しかし、
やはりそのような「生命への想像力」というのは
常にどの時代にあっても
忘れてはいけないものだなと
思います。


Aug17

故郷

こんにちは、ユピテルジョージです。


1年ぶりくらいに神戸に帰って、
占い鑑定の仕事の独立の準備で
昨年から忙しい日々が続いていたので
ほんとに久しぶりに
ゆっくりと休暇をとっています。


休暇って大事ですね。


精一杯汗水流して働くことも大切ですが、
でも
それと同じくらい自分の心をリラックスさせる
休暇って大事だなと感じます。
体の健康のためにも
心の健康のためにも。


ユピテルは仕事への集中力はあるのですが、どうしても
集中しすぎてハードワーク・オーバーワーク気味に
なってしまいがちなので、
そういうところを直していかなきゃなーと
思います。


さて、今日は、自分が幼少時代に過ごした
町を訪れたり、
昔すんでいた家の近所を散歩したり
自分の思い出深い場所を訪れ
自分を見つめなおしていました。


昔、5歳か6歳のころに座っていた
家の前の階段。


23歳で占い師になったいま、そこに座り
これまでと、これからを振り返る時間。


懐かしい、変わらない
昔嗅いだ階段の土臭さ。


引越しやら
震災やら
流れ流れて
めぐりめぐって
今ここにいる自分。


お盆、
故郷に帰られていた方も
多いのでしょうか。


東京の方ですと
実家が遠くにある方も
多いでしょうね。


昔の自分の育った
町や、
懐かしい登下校の道。


故郷の懐かしい場所に
ひとりたたずんで
物思いにふけるのも
なかなか
いいものです。

Aug18

文化の力

こんにちは。ユピテルジョージです。


今日は、文化の力についてお話したいと思います。


1960年代からの世界的な近代化
1920年代のシュルレアリスムなどの新しい文化
60年代末の世界に広がった大学闘争
70年代、80年代と高度経済成長期の新しい文化
90年代の多元化多様化したポップカルチャー


振り返ってみても
自分たちの祖母祖父が生きてた時代まで
つまり実際に耳で
「私の時代にはこういうのがあったんだよ」
という現実感として
とらえられる時代幅でも
文化の変遷と
そのダイナミクスは
ああ、すばらしい時代があったのだなー
と感じられる時代のエネルギーがあったと思います。


さて、当の自分たちが生きている
2000年代の文化、ときかれて
まだあんまりピンとくるものはないなー
というのが
100年幅の時代単位で
振り返ってみても強く感じるところです。


果たして
自分たちの孫に
私の時代はこういう時代だったんだよと
誇れるかどうか?


僕は正直
まだこの時代に
誇れるものはありません。

IT革命で訪れるとされた新しい時代も
経済の効率化と個人主義の台頭による
実力主義、能力主義という名の下で進んだ
深刻な経済格差を生み、
他者への想像力をはぐくむ土壌はだんだんとなくなり
想像力の欠如からお互いを傷つけあうことが多くなってきた
荒んだ社会状況。


IT革命の波で、
生活のゆとり、そしてそれによる心のゆとりも、
果たして本当に生まれたのかというと
携帯機器などの便利さで、表面的なコミュニケーションは
どんどんと自動化簡素化されいき、
もっと泥臭い他者への想像力をはぐくむ時間は
どんどんとすくなくなり
ひとりでいる時間も多くなり
実際には鬱病が深刻な社会問題になるほど
心のゆとりは、むしろなくなりつつある
現在。


そうした生活レベルで
なにかしっくりこない感覚を
多分誰しもが少なからずもっているだろう
2000年代後半の今。


生き生きしている!
楽しい!
命が燃える!
と純粋に思える文化が
今この時代にあるかというと、


??


と思わざるを得ない。


もちろん、
個々断片には
面白いもの
楽しいことというのは
確かに存在している。


しかしそれは生活にゆとりをもって
かなりの感度のアンテナを毎日のようにはっていなければ
なかなか見えてこないし、
社会に住む誰しもがそこに届くことができるような
普遍性な開かれた道筋が明確にあるかというとそうではない。


忙しい毎日のなかで
いったい誰が
人間が活き活きと生きる上で必要不可欠な
文化的な幸福に
いきつくための
扉を開いてくれるのだろうか?


これだけ情報機器が
発達している時代になっているにもかかわらず、
意外にもそれがうまく生かされていないのではないだろうか。


パソコンが爆発的に普及し始め、インターネット社会が到来し始めた
10年ほど前、そのわくわく感、新しい時代が訪れるという期待感を胸に
自分の外に向けて、さまざまな可能性に開かれていくと思われたはずの
高度情報化社会の波が、落ち着きを見せ始めた今、
意外にもその期待とは裏腹に
むしろ自分だけの興味や視野のなかに閉じていくような
あるいは自分の世界に安住し、むしろ停滞さえ生んでしまうような
ベクトルを生んでいるのではないだろうか。


だから、
2000年代後半の文化は?
ときかれても
それはこうです!といえるようなものが
なかなか見当たらない。


こうしたところからも
この時代の文化の「まとまり」がないのではないかということを
最近強く感じるのです。


そして、そのある種の「まとまり」のなさは、
どこに起因しているかというと
それはなんでも語り合え
損得を超えてお互いを補い合い
助けあるような物理的な「公共の場」がない
というところに大きな原因のひとつがあるのではないかと
感じています。


お互いの利害を超えて
さまざまな価値観をもつ人間が多様に集まり
語り合い
時に傷つけあうこともあるが、
しかしその分間違いなく
違いを超えた理解をしあえるような
「場」


生きていることはすばらしいことなんだ

素直に、でも
しっかりと
実感できる
「場」。


互いにお互いを育てていけるような
「場」。


そういうものが
2000年代後半の今
生き生きと日常を豊かに生きるために
非常に大切なものになるのではないかと
感じています。

現代社会が「場」として機能していない。

2000年代後半の
日本の文化をもりたてていくのは


こうした多様な人間が集まり
お互いを成長させていくような
共同の「場」を
協力して作り上げていくことではないか
と思います。


Aug19

納得感のある鑑定

「うーん、なるほど。」


と思える鑑定を提供していきたい。


こんにちは、ユピテルジョージです。


鑑定をやる上で、
とても大切なこと。


それは、話している内容が
一方的な価値判断ではなく、
お客様が「なるほど」
と、
おのずから納得することができる
高いクオリティの鑑定を
提供することです。


今まで
当たり前すぎてきずかなかったこと、
自分の心のクセ
無意識に行う行動のパターン
に気づき


ああ、なるほど、
自分ってこういうところがあるんだ
ということが
腑に落ちてクリアーに理解できたとき、


もうその瞬間から
あなたの行動は
無意識的な行動から
主体的な行動へと変わり


無意識に繰り返していた失敗や心のクセは
意識的にコントロールすることができるようになり
自分の個性や、またときには「強み」にさえ
変化させていくことができます。


そのためには、まず


「うーん、なるほど。」


とおもってもらえる鑑定を
受けてもらいたいです。


占い師の
僕ができること。


それは、
あなたが
あなたを
発見する


お手伝いなのです。


Aug20

関西と関東の違い

こんにちは、ユピテルジョージです。


先日、神戸の繁華街三ノ宮に行って
これは東京ではなかなかないなという光景を
目撃したので、そのご報告を。


一日目、
本屋に行こうと繁華街をあるいていると



が繁華街を歩いていました。


よく見ると、
とさかに
きれいなピアスを空け
ひょこひょこと
町を闊歩。


そしてさらによく見ると
2本の足の爪には
真っ赤な
マニキュア。


目を丸くしてみていると
どうやら
となりにいたおじちゃんが
鶏を
ペットとして
飼っている
ようでした。


鶏をつれていたおじちゃんに
お話を聞いてみると


「ぴーちゃん(鶏の名前)は
わしがひよこでかってきたときから
育ててるんや。


この子は自分を鶏やおもっとらへん。
人間の子やおもっとるねん。
寝る布団も一緒や。」

翌日。

また繁華街を歩いていると、


今度は、
犬が2匹、
ならんで歩いています。


よくみると、


一匹の犬の首輪のリードを
もう一匹の犬が
咥えて
散歩をしていました。


犬が、犬の散歩か。

関西は、日常の会話のなかでも
お笑いの「ぼけとつっこみ」
が普通に現れてくるほど
関西独特の笑いの文化が浸透していると思うのですが、

日常生活における
そういった発想の斬新さ、
そして、それを実際に
臆せず、日常生活で形にしてしまう
ユーモアのセンスと
あるいみ笑いへのど根性とも呼べる
執念は


関西ならではだなーと
感じました。

Aug21

得意分野の心理分析

西洋占星術ではその人の得意分野は、
木星の配置で表されます。


「気付いたら上手く出来ること」


気付いたら、何かに挑戦する気概があり
積極的にリスクがとれる(木星が牡羊座にある場合)


気付いたら、計画性をもってじっくりと
組織だって目標を達成して行ける(木星が山羊座にある場合)


気付いたら、人と話をするのが得意で
様々なことに興味を持てる(木星が双子座にある場合)


気付いたら、物事の本質を捉えるのが上手で
まっすぐと物事の真偽を直感的に見分けることが出来る(木星が射手座にある場合)


しかし、ここでは、「これがアナタの長所です、終わり」ではなく、


この「気付いたら・・・」というのが大きなミソになって来るのです。


実は、気付いたら上手く出来る長所というのは、


自分の中で「当たり前にできること」
であり、


他者に対して「どうしてこれができないのだろう?」と
おもったり
「出来て当たり前」と、相手に対して
自分の価値観を配慮なく押し付ける結果になりやすいのです。


こうしたとき、
自分の長所を客観的に把握していると、
相手に自分の価値観を押し付けることなく


「自分のこういう長所を活かして
 現状をこう変えて行こう」


自分の挑戦する気概を生かして
積極的にリスクをとって皆のリーダーシップをとっていこう(木星が牡羊座にある場合)


計画性をもってじっくりと
組織だって目標を達成できる能力を生かして
皆の安心出来る計画と実行案を立案しよう(木星が山羊座にある場合)


人と話をするのが得意で、様々なことに興味を持てる
長所を活かして、人と人をつなげたり
物事に眠る様々な可能性を提案して行こう。(木星が双子座にある場合)


物事の本質を捉えるのが上手で
まっすぐと物事の真偽を直感的に見分けることが出来る長所を活かして
本質的なこと、大切なことをまっすぐ提唱して行こう(木星が射手座にある場合)


と、
相手を支える様な形で
自分の長所を生かして
助け合って行こうとする意識を持つことが出来ます。


Aug22

最高のサポートができるように

占いの鑑定といっても、
まずなによりもの基本は
「人と人との関係」であるということ。


一度の鑑定で
はいおしまい、ではなく


こまったときには
いつでも最高のサポートができるように、


懇切丁寧なサポートを通して
本当の信頼関係を築けるように、


お客様の立場に立って考え
これからも
質の高いサービスとは何か
を考え抜いていくこと。


お客様に
愛される鑑定を
提供していくこと。


鑑定というサービスを提供する上での
そのような根っこの基本的な部分を
これからも大切にしていきたいと思います。

Aug23

「火」

失敗を恐れないこと。

勇気。

前にすすむ力。

自分が進む未来へのビジョンを描く力。


西洋占星術ではこのような
心の力を


「火」の力と呼んでいます。

「火」、

それは時に
大火事を生み
多くの人の命さえ奪うこともある


「火」、

しかし同時に、
ギリシア神話の
人間のために
神々から火を盗んだプロメテウス
のように


多くの人の
希望と、新しい時代の訪れを
もたらすこともある


「火」、

人を暖める
暖かさを持ち
暗闇を照らす光を生み出す。

絶対に無理だ

と呼ばれる環境にあっても

「情熱」
という
心の火を燃やすと


絶対に無理だ

の向こう側にある闇を

その明るい火で
照らすことができます。


それが
「ビジョン」であり
「直感」と呼ばれるものです。


リスクをとって
前に進む。


「火」、


あなたの中の火は

今、

燃えていますか?

Aug25

東京に帰ります!

こんにちはユピテルジョージです。


2週間ほどの長い帰省でしたが
本日、東京に帰ることになりました。


神戸でもたくさん仕事させていただきました。
鑑定にお越しくださったお客様、心より御礼申し上げます!


実家でたっぷりとエネルギーを補充したので、
東京でもバリバリがんばりたいと思います。


鑑定のご予約も是非どうぞ!

Aug26

占星術絵画を大幅にアップしました。

占星術絵画を大幅にアップしました。

作風も一人一人にあわせて
少しずつ味が出せるように
工夫しています。

是非御覧下さいね。

http://www.ondorinohane.com/painting

心理占星術について

西洋占星術は
古代から続く
心理学。


これは一面では
かなり正しいといえます。


もちろん西洋占星術は
未来予測という意味でも
心理学と全く同じ物ではありません。


しかし、
実は実際の学問としての心理学と
西洋占星術との間には
とても深い繋がりが存在しています。


まず、近代心理学が勃興し始めたころ
ユング心理学で有名な
深層心理学者の、カール=ユング博士は、


世界各地にちりばめられた
古代の神話の中に
人間の心理の大きなパターンが
現れており
それは人種や地域に関わらず
人間に普遍的な心が持つパターンを
表している
との研究を行いました。


そして、実際にユング博士は、
西洋占星術も大いにその
研究対象としていました。


また、そのユング心理学の体系を
用いて
世界で初めて、ユング心理学と
西洋占星術を本格的に融合させた
心理占星術というものを
体系立てたのが、


イギリスの占星術家
リズ=グリーン女史
でした。


日本では、
占星術界のプリンスと呼ばれている
鏡リュウジさんが
このリズ=グリーン女史の
心理占星術の重要な書籍を、翻訳活動を通して
日本に紹介しました。


有名なところでは
リズ・グリーン著 岡本翔子・鏡リュウジ訳『占星学』青土社1994
リズ・グリーン著 鏡リュウジ訳『土星の心理占星術』青土社2004

この心理占星術、
というのがとっても面白い内容なのです。


ユング心理学をベースにしながら、
しかし、同時に西洋占星術の惑星や星座のルールに基づいて
西洋占星術の世界観を
深層心理学的に、そして神話学的に
深く読み解いて行くのです。


リズグリーン女史の文体も、
心理学の幅広い教養と知識に裏付けられており、
また、
実際の人間心理への洞察力も大変深いものがあり、
とても刺激的な本です。


ユピテルの鑑定では、
伝統的なホロスコープの読みに加え
より深い心理分析を行う為に
この心理占星術の知識を
ベースにしています。


ユピテルの占いが、
ただの当て物ではなく、


お客様から
「気持ちが整理されてすっきりした」
という感想を多く頂くのは、


こうした心理占星術という
確固としたベースが
存在しているからなのです。


Aug27

暗黙知と形式知 その1

暗黙知と形式知


という言葉をご存知でしょうか。


もともとは
マイケル・ポランニーという
ハンガリーの物理化学者、社会科学者が、


『暗黙知の次元』
という書籍で論じた考え方なのですが、


日本には
経営学者の野中郁次郎氏によって
広く紹介されました。


暗黙知とは、
職人が、彼の親方から
言葉ではなく身体を通して
いわゆるコツやカンといった形で
伝えられていく行くような
知恵を表しています。


言葉にならない(形式化されていない)
暗黙の知恵なのです。


例えば、唐突ですが、
貴方は自転車に乗れますでしょうか。


小さい頃自転車に乗れるようになるまでは
何度も繰り返し倒れて乗り方を体で学ばなければならないのに


ある日
一度、自転車に乗れるようになると
それから二度と意識しなくても
いつでも乗れるようになりますよね。


そこで、どうやれば
乗れるようになるのか
言葉で説明しろ
といわれたら、
いよいよ
困ってしまいます。


えーーと、コツです。
一度コツがわかったら
それからずっと乗れるようになったのです。

というしかないのです。


タイヤが二つで
どれだけスピードを出しても
倒れないバランス感覚を
どうやってもてるようになったのかなんて
一度載れるようになると
まったく意識することは
ないのですが。


暗黙知とは、
そういうものなのです。


さて、その暗黙知ですが、
占いをやっていても
人間の中には
このような
様々な「暗黙知」が
隠れていることがわかってくるのです。


続きは
また明日。

Aug28

暗黙知と形式知 その2

さて、昨日お話しした

暗黙知

ですが、

占星術の鑑定のときにも
やはりこの
暗黙知の存在を
強く感じることが多々あります。


それとなく
出来ていること

しかし、
どうして出来るのか
聞かれると

すぐに言葉にできないようなもの。


西洋占星術では
こうした暗黙知を
木星(私は・・が得意)
月(私は気がついたら・・している)
といった惑星で


自分でも気付かないうちにうまくできる
心の要素として
象徴させています。


以前にも同じような話を
『得意分野の心理分析』の記事にてお話ししました。


そして、このような
暗黙知
がどこで形成されるかを考えてみると


どうもそれは
身近な人間関係、
特に、
最も身近で日常的な人間関係である
家族(特に両親)との関係でじっくりと
形成されていくことが
多いようです。


毎日の家族との関係のなかで
じっくりと形成されていくものなので
もはや意識をせずとも 
自分の中で一つの無意識的なレベルでの
行動パターン、心理パターンとして
暗黙知として
身につけていくことが多いのです。


さて、この暗黙知を
実際に鑑定では
対話を通した
ご本人の「気付き」を通して
すこしずつ形式知化していきます。


自分でも気付かなかった
しかし、確かに言われてみたら
自分はそれをしているということ

気付き
それにひとつずつ言葉や概念を
与えて行くことで


暗黙知を
ひとつの自分が意識的に使うことができる
長所、あるいはひとつの武器として
形式知化できるのです。


実は、暗黙知のままでいると、
出来て当たり前なので、
それが直接的に自分自身への
自信に繋がることはあまりないのですが、


暗黙知を形式知化していくと
自分にはこれができる
という自信を少しづつ持つことができるように
なります。

貴方の中には
どんな「暗黙知」が
眠っていますか。

Aug29

ユピテルの鑑定について

こんにちは、
ユピテルジョージです。


占いときくと、
その場にすわると
30分ほどの占いがスタートする、
そしてズバリいって
終わり。
というイメージが
一般的だと思います。


しかし、ユピテルジョージの占いでは、
事前に生年月日をお聞きして
西洋占星術絵画を描き
鑑定書を作成し
当日のお話の大まかな構成を用意する
という事前準備を
しっかりと行っています。


こういう形をメインでやっている占い師は
他にはあまりいないと思います。


なぜこのような形をとるのか。


もちろん、
座ってすぐ始める占いもできるのですが、
(占いのイベントではそうしています。)


しかし
お客様の立場にたったとき


事前にしっかり準備をしていくほうが
ずっと中身の濃い
そして安心の出来る
サービスが提供できるからなのです。


ユピテルはこれからも
質の高い占いサービス
を提供していくことを
お約束いたします。

Aug30

「心に届く」

こんにちは、ユピテルジョージです。


今日は新宿に知人のライブにいってきました。


音楽が、胸に届く、
というのは理屈ではなく、
演奏者がどれだけ
観客のほうを向き、
音楽を届けようかと思っているか、


そして、観客も
それをどう受け取るのか。


ライブでは、そのような
緊張感と
「伝えたよ」「「うけとったよ」
という
作り手と受け手の関係が
どれだけ濃いものになるか

いいライブかそうでないか
を分けるのだろうなと思いました。


その意味でも知人の
今日のライブはよかった。


どうしてこういうことを考えていたか。
それは、


これは、占星術の鑑定にもいえることだな
と思うからです。


限られた時間のなかで
漫然と話をするのではなく
構成を考え、
伝えたいことをクリアーにつたえ
そして一方的ではなく
双方向的なコミュニケーションが
即興的に、そして同時にクリアーに
行われていく。


そういう、メリハリがあり、
分かりやすく、


なによりも「心に届く」
鑑定をする。


準備の段階では、
いろいろと段取りはできる。


しかし最後は、理屈ではなく、
「心に届く」
という一点に尽きるのだと思う。


そのための段取りであり、
準備である。


「心に届く」鑑定
「感動」する鑑定。


最終的にはそこが大きな
ゴールなのだと思う。


力のあるメッセージやアドバイスが
すっと心に届けば、
どれだけ心強いメッセージとなるだろう。


そういう力強く、
また元気の出る
鑑定をしていきたい。

Aug31

体当たり

鑑定というのは
体当たりな仕事だ。


お客様は
占いの技術だけでなく
ユピテルの全てを見て
判断すると思う。


メールのやりとりはもちろん
アフターケア
占い師として以前の人間的魅力


そうしたものが渾身一体となって
評価される
いうなれば
体当たりの
現場だ。


嘘やごまかし、表面的な技術で
身を固めても
なんの意味もない。


まごころをこめた
サービス。


自分を磨き、 占いを通した
お客様の人生のサポートに
全力を尽くしていくこと。


その基本を
なによりも大切にしたい。