Aug05

なぜ西洋占星術師になったのか その2

こんにちは ユピテルです。


今日は昨日に引き続き、
大学1年の春頃、
占星術的なビジョンを
直感的に捉えたときのことを
お話しします。


そもそも僕が占いという道にはいった
まず、本当に最初のきっかけは
哲学的な思索からの小道からでした。


もともと小学校のころから
宇宙が好きで、
よく夜の帰り道に
夜空をみながら
宇宙のことをずーっと考えていた
そういう子供でした。


それが大学に入る頃には
それまでずっと思い浮かべ
直感で捉えていた宇宙の姿を
ただ直感的に把握するだけでなく、
なんとか言語化できないかと考えていました。


神は存在するのか?
なぜいま自分はここに生きているのか?
自分たちの住む宇宙の外には何があるのか?


大学入学当初からそんな哲学的な問いを
ずっと思いめぐらしていました。


そして、大学に入った春頃に
そのような哲学的な問いを考えているとき、
直感的に以下のようなビジョンが
浮かんできました。


これがそのときのメモです。

img021.jpg
中国の太極図や、哲学の用語(構造主義やら現象学やら)を使いながら
自分の頭のなかにグルグルとめぐっていた考えを整理ししていった
はじめてのメモです。


img022.jpg
時間について考えていたメモです。このメモを書いたときから徐々に、
時間を一直線のものとして捉えるのではなく、相互に関係しあった
有機的な関係性としてとらえるような思考が芽生え始め、
それが後に時の流れを惑星の動きとして捉える占星術に結びついて行きました。


img023.jpg
時間を粒として捉えるビジョンが湧いたときのメモです。ところどころに「私」という
文字が書かれているのも意味ありげです。まだこのときには占星術について何の
知識もなく、また興味もなかったのですが、左のページには太陽、月、天文学の時間
現象学の時計など、占星術に興味をもつ大きなきっかけとなるような言葉が
書かれています。

img024.jpg
これは5歳ごろに見て、いまでもくっきりと覚えている夢の内容を描いたものです。
遊園地で家族の魂(光の球)がただよい、遊び、語っている夢でした。この当時に
みた夢で他にも良く覚えているものがあるのですが、当時見た象徴的な夢は
遠からず今の自分にも大変強い影響を与えているようです。

これらの着想メモは、まだ誰にも見せたことがないので、
本邦初公開のものです。


このような自動筆記的なメモは
誰から教えてもらったわけでもなく
突然自分の無意識から様々な言葉やイメージがこみ上げてきて
それをただただ書いていくというスタイルで
書いていました。


当時は、自分の深い無意識から出てくるものを
捉えて行くだけで手一杯だったので
書かれた内容がいったいどういうものなのかを
ちゃんと言語化したり
他人に伝わるように説明をする
ことは不可能でした。


しかし、今となって分かるのは
その当時必死に描いていたこのような
象徴的メモが、
年を経るに従って
だんだん肉付けされ、
言語化され、視覚化され、
そして、今はそれが
西洋占星術という形で
結実しているということです。


いまでも、
このようなビジョンは常に
絶えず立ち現れてきていて
いまは、それを象徴詩にして
書き留めていっています。


僕の占いはこうした
無意識から経ち現れてくるような
そしてある意味誰か、あるいは霊的な何かに導かれているような
感覚を通して、
日々着実に進歩しています。


僕の占いが技術的に進歩するときには、
必ずといっていいほど
このような直感的なインスピレーションが
全身に駆け巡る瞬間があるのです。


今日は少しディープなお話でした。


それではまた明日!

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