Oct16

未だ見ぬ自分と、未だ見ぬ誰か

こんにちは、西洋占星術師ユピテルジョージです。
 
 
学びの月と決めて、
着実に色々と知識を吸収していって
いるのですが、
 
 
学びというのには
2種類のものがあるのではないかと
思います。
 
 
ひとつは
自分のための学び。
 

言い換えるならば 
「未だ見ぬ自分の可能性を広げる為の学び。」
 
 
これは例えば西洋占星術師の私が
クリスタルの勉強をしたり
西洋占星術の勉強をしたりしながら
自分の知識を増やし
技術を身につけて行くような学び。
  
  
占星術のイメージでは、これは
あちらがわの自分の身の回りの未知を
こちらがわの自分の既知、知識に変えて行くような
精神活動を象徴する
双子座のイメージで表されます。
 
 
そしてもうひとつは、
「未だ見ぬ誰かのための学び」
 
 
自分のため、
というよりも
 
 
意識をしなければ
自分の脳裏に浮かんでくることもない
遠くはなれた
人々への想像力。
 
 
自分とは違う誰か
ここではないどこか
 
 
その遠くの
地平線の向こう側の
何かを求めて
 
 
そこに意識的に
届こうとする
自らの住む「世界」を広げるような
「旅」のような
学び。
 
 
日常生活では、かなり深い意識をして
考えなければ、なかなか現実的に考えることができない
貧しい国の貧しい人々への想像力
豊かな国に生きているからこそ
日頃忘れがちな地球規模での
貧困の拡大、
同じ日本に住んでいても
日常生活で交わらない人、人、
あるいは、
異なる宗教、文化にすむ
人々に対する想像力を養う
学び。
 
 
これは西洋占星術では、
広くはなれた的を
おもいきって射とうとする
射手座のイメージに象徴されてきます。
 
 
前者が、
身近で実用的な
学びだとすると
 
 
後者は、
より広い
より遠い物へ
視野を広げる
学びだと言えます。
 
 
「学び」が
より普遍的で
かつ
より具体的なものであるためには
この両者の観点が
バランスよく
ともに活かしあえるような
学びである必要があると思います。

Trackback

Trackback URLhttp://www.ondorinohane.com/mt/mt-tb.cgi/143

Add Comment

いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。

HTMLタグが使えます