目に見えないものを見る旅
こんにちは プラネットセラピスト
ユピテルジョージです。
生まれてこのかた
特に自我がきちんと
整い始めた
大学時代以降、
私の中でのこれまで不変の大きなテーマ
それは
「見えないものを見る」
というものでした。
最初
この「目に見えないものを見る」
といった時に
自分自身の自我が
使った道具は
「物理学」
でした。
高校受験のさなか
物理の天文学の計算をしているときに
マクロコスモスと
繋がる絶大なる霊感とともに
ふっとわいた
公式とビジョン
「宇宙は0(ゼロ)である
そして0(ゼロ)は揺らいでおり
それが
私たちの住む宇宙を
構成している」
というビジョン。
それが私にとっての
初めての「無限なる宇宙との出会い」
でした。
しかし、
このときのビジョンというのは
結局
誰に話しても
理解されることなく
結局、この絶大なる霊感は
大学時代に
とある先輩に理解されるまでは
ずっと自分の中の
本質であり
また異物的な経験として
キズのようにして
残っていました。
結局この
宇宙的な霊感
ビジョン
は自分の心の奥に
キズのようにして残り
高校時代は
こればかりにとらわれ
ついには
学校を不登校になるまで
考え込んで行って
しまいました。
それが、
大学に入り
カオスや0(ゼロ)の話をしたところ
こういった話を
理解して、
哲学・思想の道へと
導いてくれた
何人かの先輩・先生がいました。
その後、私は
現象学や
構造主義
中国の陰陽道
イメージ論
芸術論
などに触れる中で
自分自身の
中学にもった
とてつもないビジョン
「0(ゼロ)の遍在と
ゆらぎ」
を
少しずつ言葉にして
あるいは表現として
説明することが
できるようになってきました。
そして、
そうした努力のかいあって
いよいよ
占い
というものに出会うのが
大学1年の冬。
自分自身が
中学時代にもった
至高体験
「0(ゼロ)の遍在と
ゆらぎ」
の気付き
を
一挙に解決してくれる
思想的象徴体系こそが
「占い」
だったのです。
こうした私が
中学時代に経験した
至高体験
「0(ゼロ)の遍在と
ゆらぎ」の
言語化
わかりやすくいうと
「目に見えないものを
見て行く思索の旅」
は
これまで着実に
その道を作り続けています。
そして、
自分自身の
ビジョンとしては
これからは
占い師、プラネットカウンセラーとして
他者を癒すという
個人救済という
道を歩みながら
同時に、
以上のような
「目に見えないものを見る旅」
の道から
延びて行く
道として
「表現」
「アート」
によって
「時代を癒す」
というベクトルを
模索して行きたいと
いう気持ちがあります。
私が
この春以来
生命のメッセージ展
という
活動に関わり続けてきたのも
代表の鈴木共子さんが
アーティストとして
生命のメッセージ展
という
アート展
を創り上げて行く
過程の中で
多くの人を繋げ、
多くの人の心を動かし、
そして
「交通戦争」
とよばれる
「この不条理な時代を
癒す」
という
生命の活動をなさっているのを見て
大変感銘を受けたからです。
私自身も、
今この時代に
かけている感性
それは
「人間の生命
というものが
ないがしろにされている」
という
ものだと思っています。
「目に見えないものを見る旅」
というのは
自分自身のなかで2007年ひとつの結実を
得ました
それは
目に見えないもの=生命
という公式です。
私にとって
占いという個人救済の活動とは
まさに
「生命の旅」
それと同時に、
個人救済だけでない
この時代にむけての
アートや表現を通した
時代の癒し
というものを
模索できないかと
考えています。
これはつまり
アーティスト
美術家
としての決意表明。
これまで
個人救済の
道を歩む
自分として
なかなか
言い出しにくかったこと
しかし
この数ヶ月
自分自身を
内観して行く過程のなかで
やはりこれは
真実だと言う
確信を得つつあるもの
それは
自分自身が
美術家
としての
道を
自覚をもって
責任を
持って
歩み出して行くということ。
個人セッションという
個人の癒し
に携わるとともに
よりひろい時代
というものにむけて
時代の癒し
というものを
着実におこなっていく
表現活動ということも
きちんとしていきたいと
言う気持ちが
しっかりと
自分の中で
芽生えてきました。
私の向う先は、
「生命を
大切にする
社会の構築」
是に対して
2つの方法
個人救済としてのプラネットセラピーセッション
時代の癒しに携わるアート表現
を通して
しっかりと
これからも活動を
続けて行きたいと
思います。

