譲る
![]()
今日
6月6日で
ユピテルは24歳の
誕生日を迎えました。
自分で言うのも変ですが
昔から
やたら貫禄がある性格なので
いつも年齢を言うと
ええ、見えないと驚かれるのですが
着実に年をかさねています。
よく
名は体を表すということを
考えます。
先日榎本真弓さんというデザイナーさんに
お会いし
ポストカードをいただきました。
事前に名前を調べてくれて
漢字を使ったポストカードを
プレゼントしてくれたのです。
私がいただいたのは
本名の譲治の
譲。
むかしからこの名前に
育てられるようにして
生きてきてるんですよねー。
皆さんも
自分の名前に関して
そんな感覚ありませんか?
名前によって
育てられているという
感覚。
譲の字は
ゆずる
あたえる
give
という意味を持ちます。
今でも覚えています。
お風呂場で
母親に
どうして僕の名前は
こういう難しい漢字を書くの?
ときいたところ
譲る
というなんとも
こどもには難しい
概念を
教えられたのです。
それから
譲るってなんだー
ということを
無意識にも
色々と考えていたのですね。
最近になって
ようやく
わかってきた
譲るという概念は
つまりは
ただ単純に与えるということだけでなく
「分かち合う」
ということなんだということです。
電車の席で
お年寄りに
席を譲るのも
ただそれがモラルだから
単純に一方的に与える
という
ものではなく
代わりに健康な自分が立ち
自分よりも
立場が弱い人
いいかえれば
補いあえる関係の人と
ともに
その自分の持っている若さ
あるいは健康という特徴を
そして同時に
先に生きているものに対する尊敬と
自分達が豊かに生きる土台、先の時代を築いてくれた
先人達への感謝を
分かち合うこと
なんだと思うのです。
分かち合うと
何ができるか?
それは
関係です。
豊かに分かち合うと
豊かな関係が
うまれてくるのですね。
電車の中で
席を譲るということは
結構勇気がいるんですね。
これはどうしてかっていうと
関係が
できるから。
もし断られたらどうしようとか
逆に怒らせてしまうんじゃないだろうかとか
偽善者に見られるかもしれないとか
照れくさくなって
譲った後にその席から離れてみたり
関係って
結構重荷になるものなんです。
だって
そのひととの関係を引き受けることでしか
本質的には
譲ることってできないんですから。
これがただ
与えることと
譲ること
との大きな違いです。
譲ってのは
常に
関係性がともなうんですよね。
でも、
豊かに譲った時
こんなに
豊かな関係性が生まれる
行為もないんですよね。
そこには
思いやりの心や
立場を超えた理解
信頼
というものが
形成されて行くのです。
譲るという
とても
人間的な行為を
これからも
私の心の中で
豊かに育てて行きたいと
思います。
24歳の
所信表明でした。









Comments(2)
所信表明を受けて、
パチパチパチ(拍手の音)
お誕生日おめでとう。
今年もユピテルさんにとって良い一年でありますよう。
ありがとうございます。
snow whiteさんにも
いい一年が訪れますように。