Feb14

世代間の意識の格差

最近私が興味をもっているのは、
世代間の意識の格差です。
 
仕事柄、いろいろな世代と
お話しする機会があるので
それぞれの世代の特徴等も
おぼろげながら感じることがあります。
 
大まかに分けると、
 
■幼少期、青年期に太平洋戦争を経験した最後の世代
■定年退職を間近にした(あるいは定年退職後の)全共闘世代
■右肩上がりの経済成長の恩恵を受け、比較的豊かな暮らしを享受できた40代
■過激な受験戦争と、就職氷河期を経験し、それと同時にフリーターという概念も
表れ始めたた30代
■過度な受験戦争の反省からゆとり教育をうけ
また、幼少期にバブルが崩壊し、その後に青春期を迎えた20代
■生まれたときからインターネットが存在していた10代
 
(これにさらに加えると、大量の国債、破綻寸前の国家システム
地球規模の環境破壊などの負の遺産を、無条件で、受け継がなければならない
新生児世代もはいるのでしょうね。(汗))
 
こうした、
さまざまな世代とのコミュニケーションをとっていくと
それぞれの時代背景があって
個人の考え方が形成されて行くのだなということを
意識せざるを得なくなります。
 
そして、強く思うのが、
実はこうした世代の違いがありながら
それぞれの世代が
団子状に固まっていて
お互いの世代の意識の差異が
今現在、
意外と共有できていないということです。
 
これは、家族関係においても、
職場関係においても
非常に重要な意味を持っているのだと思います。
 
例えば、
結婚活動においても、
親の世代の結婚観と、
現在の結婚観とは、似て非なるもので、
 
昔と違って、職場において上司が
いい人を紹介するということは、
 
いまの職場だと
相手の受け取り方次第では
セクハラとなってしまうでしょう。
 
また、雇用形態も多様化し、
正社員と派遣社員との相互の
コミュニケーションをとる機会も
少なくなってしまいがちで
雇用形態の違いのために
なかなか良い相手と出会う
ということも難しくなっているようです。
 
こうした状況にも関わらず、
意外とそうした世代間の時代背景の差異が
世代間においてシェアされていないために
 
親の期待と、自分自身の実際の環境とに
ギャップを感じ、
辛くなってしまうこともしばしばあります。
 
これは、職場関係においても、
同様で、
 
右肩上がりの経済成長のなかで
純粋にスポーツカーへの憧れをいだけた40代の上司が、
バブルが崩壊してから日本が衰退期に入った時代に
(そして同時にそうした現状を目の前にして
物質的な豊かさの儚さを無意識に感じとっている世代)
青春期を迎えた20代のこころを理解して
うまく扱えるかというと、
 
これもなかなか難しいことでしょう。
 
では、こうした世代間の意識の格差を
埋めて行くものはなんだろうか?
 
と考えたときに
重要なことは、
 
やはり『語り合う』こと
だと思うのです。
 
また、年金制度の崩壊なども、抜本的な議論が進まないのは
こうした世代間の意識の差異に焦点が当たっていないからではないかと
思うのです。

私が思うに、2009年、2010年というのは
こうした世代間の格差をより
意識する一年になるのではないかと思っています。
 
そして、
以前から述べている通り、これからの2年間の
大きなテーマは
 
『分かち合い。』
 
これは物質的な富だけを意味しているのではなく、
 
こうした意識の差異を
どのようにお互いに理解し
乗り越えて行くのか、
 
という問題でもあるのです。
 
こうした世代間の意識の差異を埋めて行くのは
やはり
『コミュニケーション』
これにつきるでしょう。
 
以前は、こうした世代間の格差は
村や、町などの
共同体の内部で調整されて行きました。 
 
お互いに顔が見える距離だと
やはりコミュニケーションも進みやすいのです。
 
しかし、現在は
若者はワンルームに住み、
半径3メートル以内の人間関係に閉じこもってしまい、
他の世代とのコミュニケーションをとる環境はなく、
 
また、核家族化も進展し、
世代間のコミュニケーションが
非常にとりにくい時代となっています。
 
今後、こうした世代間の格差は、
コミュニケーションを通じて
お互いの理解を深めて行くことが必要なのでしょう。
 
隣人の顔が見えないと、
なかなか人は
お互いに『支えあう』『分かち合う』ということに関するリアリティーを
持つことができません。
 
こうした変容の時代からこそ、
異質な他者、世代を超えたコミュニケーションと
いうものは
非常に重要なテーマとなってくると思うのです。
 

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Comments(3)

それはうちにもあらます。退職前世代の両親、フリーター世代の私、さらに父からの経済危機意識に有されている脱フリーター、脱縦社会、両ばさみの世代。。私が思うのは、それぞれのボディー、ソウル、スピリットのうち、何に共有をみいだし、幸せへつながるヒントが隠されているかを探ることも重要かと感じます。何が大切かは、ユピテルさんもよくおっしゃっている、分かち合い。ただし強制じゃなく、、。この代表的3世代はいわばボディー、ソウル、スピリットの典型的な発露ではないかとかんじます。時間や物質にシフトしやすい中高世代。魂を重んじてゆくスピリチュアル、その他模索による自己探求世代、二つに引き裂かれるキリストスピリット的な二元化世代。なんだか熱くなり、一気に書いてしまいました。(笑)
家族関係には、肉体精神両方をいききしてきた、フリーターさん世代の仕事が効く時代?!(^ω^)おー。。

私も最近
世代間の意識の差…というものを実感する機会が多く、
どうしたら良いのかずっと考えてました。
まずは、相手の考えを一度は受け取ってみること、
相手の話している意味を理解しようとすることが第一歩になるのかな??と思ったりしてました。

でも…
相手の考えが、予想外の・自分なら思い至らないような考えを持っている事があって…。
理解しようと思っても、自分の理解の範疇を超えてしまうとなかなか分かり合えなくて辛くなったり…。

いろいろ考えた結果
「分かり合いたい」と思うから苦しくなったり悩んだりするのかも…と思いました。
分かり合う…って、結局相手に自分を解って欲しいって気持ちの裏返しな状態じゃないか、って気がしたんです。
もしくは自分の望んでいることを暗に伝えているような…
あるいは自分を我慢してしまっている状態…。

少なくとも自分はそういう接し方だったな…と気付きました。

だから、私の場合「分かり合いたい」と思うより
「分かち合いたい」と思うほうが、
よりシンプルで、気持ちも軽く、
分かり合えないもどかしさを悲しんだり悩んだり
否定し過ぎたりせずに生きていけそうな気がするな…って

ユピテルさんの書いている『分かち合う』という意味が
自分なりにやっと、しっくり解った気がしています。

yokoさん、
 
時代的な背景が違うからこそ、お互いの世代の大切にする価値基準も変わってくるのでしょうね。そうした違いを前提に、今後何を分かち合っていけばよいのかということは確かに重要ですね。
 
いろはさん、
戦後急速に変化した時代背景のなかで、育った環境なども含めて、価値観を形成する要素が大いに異なるからこそ、互いの世代の理解というのはなかなか難しいことになっているのでしょうね。
 確かに、分かりあう、というのはとても地道で、とても時間のかかるものなのでしょうね。
 こうした問題の答えは、すぐに出るものではないですから、地道なコミュニケーションや、社会の現状をよく見つめて行く中で、毎日の生活の中で少しずつ見えてくるものなのでしょうね。

名前ユピテルジョージ 日時February 20, 2009 4:45 PM

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