不況に学ぶ
企業や大学の組織改革などの
コンサルティングをされ
大学で教鞭も取られている
私の大学時代の先生が
今年の年賀状に、とても
示唆深いメッセージを添えて下さいました。
『私は最近、道元(鎌倉時代の禅、曹洞宗の開祖)を読み直しているんだ。』
『こうした不況の時代だからこそ、
人生を哲学的に生きることの大切さを今
感じています。
今年も、人間関係を大切に、
豊かな人間関係を築いてください。』
不況や恐慌の時代に
身の回りの変化に一喜一憂し
恐れ、慌てることは
簡単です。
しかし、実はこうした時代に
大切なこと、
それは
人生を哲学的に問うこと
そして
不況に心を支配されるのではなく
不況を私たちの
ひとつの『偉大な教師』として
受容し、
そして
私たちの恐れや不安のエネルギーを
情熱や理想のエネルギーに変容させ、
新しい時代をつくり出すための
新しい活力に
変容させて行くことが大切なのかもしれません。
私は、こうした時代だからこそ
私たちにとって本当に大切なこと
『人間の生命の尊厳』『生きることの大切さ』
『人間は支えあって生きていくことができる』
『分かち合いの大切さ』
など
学べるのではないかと思うのです。
私にとってのこうした原体験は、
10歳の時に経験した
阪神大震災でした。
あの時、私が感じたこと
それは、
『人間の生命の儚さと、尊さ』
『どんなに苦しい状況であっても
皆が協力し、
分かち合って行けば、
どんな困難でも乗り越えることができるということ』
でした。
私にとって
震災後の10年は、
ある意味で
非常に哲学的な日々でした。
おおくの人の死を目の前にして、
破壊され焼き尽くされた神戸の街を見て、
『なぜ、私たちは今、この世界に生きているのだろうか?』
『生きること、死ぬこととは一体なんだろうか?』
14年前の阪神大震災は、
まだ幼かった自分に
こうした本源的な問いを提示した、
厳しい教師であったなと感じます。
そして、その問いというのは
常に毎日の日常のささいなところに
影響を与えていたように思います。
あの経験が、
結果的に私に様々な
問いを投げかけ
結果的に、私はヒーラー、占い師としての
道を選ぶことになりました。
自然現象と、人為的な現象と
違いは有りますが、
私はそのような原体験を
現在の世界的な大不況と
投影しているところがあります。
大局的にみて
不遇な時代というのは
私たちに様々な根源的な問いを
投げかける機会というのが
多くなるものだと思います。
世界的な不況、
産業構造の変化、
労働の価値観の変化、
環境問題、
経済格差や貧困の問題、
政治の汚職、
少子高齢化社会、
そうしたことを
私たちの精神性を高めて行く上での
ひとつの偉大な教師として
受容し、
私たちにとって
本当に大切なものは何か?
という問いを
共有し
ともに支えあって行くことは
できないだろうかと
思います。

