受け入れる
何か目の前に
受け入れがたいことがあるとき、
そしてそれを
受け入れようとするとき、
必ず
そうしたときに私たちが
通る道というのは
内なる影や
自分の弱さを受け入れる
ということが
必要なのかもしれません。
受け入れることにより
相手や状況を無理に
変える必要はなくなり
それらと戦う気持ちも
手放すことも出来ます。
特に、
自分の内側に
そうしたシャドウが強く出る時というのは
周りの人に
あるいは
自分以外の人に
こうみせたい
こうみられたいという
理想の
自分像を強く持っている時。
そしてそのために
自分の中に
そうではない自分
受け入れがたい自分像を
内在的に強く持っている時なのかもしれません。
受容という意味では、
例えば
人と親密になるときにも
こうした内なる影を
受け入れること
ということは
きっと大切なものではないかと
思います。
なぜなら
まわりのひとに
こうみられたい
こう思われたいという気持ちを
強くもっているかぎり
ほんとうの自分を
見せることは
難しいからです。
親密さとは、
人が知らない自分を
どれだけ大切な人と分かち合うか
ということでも
表れてくると思いますが、
受容、
そして
親密さというテーマは
ある種こうした
こうみせたい
こうみられたいという
気持ちを手放し
内なる影を
受け入れて行くプロセスが
非常に重要だとも
いえるかもしれません。
私自身、
5、6月と他者と
そして自分と向い合う中で
こうした内なる影の部分と向い合う
ことが多かったのですが
しかし
こうした内なるシャドウを見つめて行くことも
自分自身を愛する上で
そして
他者を愛する上で
とても大切なものだと思うようになりました。


Comments(2)
ユピテルさん、こんにちわ。
私、シャドウだらけです。
でも、そのシャドウが起こす違和感をちっちゃい頃からずっといけないものだと思って、臭いものにふたをするように抑圧してきました。
なので、自分のシャドウが分からず、それを見つけることから始めています。
シャドウが起こすいたずら、さきほど一個見つけました。
今日会う人にどう自分の意思を伝えようか悩んでいましたが、なんとなく見えてきました。
今日は、がんばって伝えてみようと思います。
ユピテルさんからはいつも癒しと慈愛をいただいています。こちらこそいつもありがとうございます(^^)
chocolatさん、
周りの人に尋ねてみても、この5月後半、6月と内なるシャドウと向い合っていた人が多かったのですが、
この時期はそういう時期だったのかもしれませんね。
シャドウが起こすいたずら、というのは言い得て妙だなと思います。
内側にあるシャドウがその存在に気付いてほしくて、あるいは受け入れてほしくて、
いろいろないたずらをしかけてくるのでしょうね。