2つの自尊心
自尊心には2つの種類があると思います。
まず、他者と比べて
自分に価値があるとおもいたい
という自尊心。
これを敢えて強い言葉で
言い換えるならば
競争心や
虚栄心とも
いえるかもしれません。
人と比べることにより
成り立つ自尊心。
人は、この種の自尊心を
他者に傷つけられると
しばしば感情的な反応をして
時に相手の価値観を否定し
相手の自尊心を
傷つけてまで
自分の自尊心を守ろうと
することもあります。
人と比べることで成り立つ
こういった種の自尊心(虚栄心)
を強く持ちすぎていると
他者関係における衝突が
増えてしまいます。
できればこの種の自尊心は
積み減らして行きたいものです。
またしばしば
虚栄心が強い人は
同様の虚栄心を持つ人と
引き合います。
なぜなら、虚栄心が強いということは
常に競争相手を必要とするからです。
健全な競争が成り立つ間はいいのですが
逆にそうした自尊心は必ず
どこかで傷つくときがきます。
なぜならその競争が競争原理に基づくものである以上
常にその競争の中で勝者であり続けるけることは
できないからです。
実は、競争の中で
常に勝者であり続けられると思うことこそが
常に勝敗が分かれそして
自分が負けることも必ずあるという
競争原理の
当たり前の現実を見据えられないことから発する
虚栄心なのです。
ここで、大切なことは
他者と比べることで成立する
自尊心は実は
とても脆い仕組みで成り立っているということです。
特に私たちの社会の
なかで受験勉強や学歴、出世競争、勝ち組負け組など
社会の中での競争原理はしばしば
人の本来の価値をあたかも規定するかのように
機能しているので
なおさら
この種の自尊心(虚栄心)は
心の内に培われやすいのですが、
そうした競争や勝敗の結果を
自分の本来の価値と同一視してしまうと
それはまさに砂上の楼閣になってしまいます。
なぜなら他者と比べることでなりたつ
揺らぎやすい土壌(他者からの評価や競争の中での勝敗)
のうえに
自分の本来の価値を据えようとしてしまうからです。
自分の意志を越えた他者や偶然といった
これほど揺らぎやすいものの上に
自分の本来の価値を置こうとすることが
その人にとって
どれだけの緊張や
どれだけの不安を生み出すかを
想像することは難しくないでしょう。
さて
もうひとつの自尊心が
自分のいいところも
わるいところも含めて
いまの自分でも大丈夫と
思える自尊心。
これはいうなれば
自己受容とも
いえるかもしれません。
この種の自尊心があるひとと
一緒にいると
不思議にまわりのひとは安心し
そしてもっと一緒にいたいなと思います。
なぜならそこには
比べたり競争するという意識がないからです。
その人には
ありのままの自分でいいし
ありのままのあなたでいい。
という安心できるスペースがあるのです。
いいところもわるいところもあって自分。
と受け入れている人と一緒にいると
競争だとか虚栄心を働かせる必要がなく
不思議に気持ちがリラックするのですよね。
じぶんのいいところと同じくらい
駄目な自分も
大切なんだなと
思えるゆとりが出来るのです。
こうした
自己受容に基づいた
自尊心を培って行く為には
自分のいいところも
わるいところも
よく知って
そしてそれを
(競争ではないのですから)
あせらずじっくりと
受け入れて行く
ということが大切なのだと思います。


Comments(2)
ジョージさーん!
お久しぶりです!
ブログ読んでは、あー話したいなぁと思ってます。
また東京いくときに、連絡させてもらいますね!
予定が合えば、ぜひ!
かめがわさん
どうもありがとうございます。
東京にきたときは、またご連絡下さい!