わからないことの大切さ
今の時代は情報化社会が到来して
グーグルで検索すれば
おおよそ知りたいことはものの20,30分すれば
知ることの出来る時代になりました。
それだけではなく
メールやブログはもちろん
MIXIやtwitterなど
それぞれが思い思いに
情報を発信できる時代だからこそ
この社会には沢山の「答え」が
あふれています。
そんな「答え」の中には
とても役に立つ答えもあれば
自分が求めているものとは正反対の
答えもあるでしょう。
今の時代
ちょっと検索すれば、必要な情報は
いつでもどこでも手に入ります。
しかし、ここで大切なのは
様々な「答え」を前にして
改めて一番考えなければならないものは
「問いかけ」あるいは
「質問」は一つであるということ。
例えば、
人生とは一冊の書物のようなものである。
人生とは人間の幸せを攻究する活動である。
人生とは死ぬこととみたり。
人生とはゲームである。
人生とはスピリチャルな旅である。
人生とは無意味なものである。
という「答え」があったとしましょう。
他にもあなただけにとっての
人生とは○○である。
という「答え」があるのではと
思います。
しかしここで忘れてはいけないこと、
それはこれらの答えに対する「質問」は
これら無数にある答えと対照的に
ただ一つの問いかけである
「人生とは何か?」というものしか
ないということです。
「問いかけ」というのは
つまりは身も蓋もない言葉で言うと
「分からない」ということです。
「分からない」とは
「答え」を持っている状態とは
正反対な状態。
不安で、オドオドして
時にはバカにされるかもしれないし
時には「答え」を知っていると信じる
盲信的な人々に一方的にそれを
「押しつけられる」という
苦痛を味わうこともあるかもしれません。
しかしながらここで大切なのは
この世界の中の無数の「答え」は
ただ一つの「問いかけ」から
「分からない」ということから生まれるということ。
翻ってかんがえてみるに
これだけの沢山の答えがあふれる時代に
本当に私たちにとって
大切なものっていったい何なのでしょうか。
それはきっと
「分からない」ということを
尊重する気持ちなのではないかと
思うのです。
尊重するとは
尊び、重んじるということ。
「分からない」ということに
ふたをしないこと
むしろ「分からない」状態が
無限の「答え」を生み出す
源であり
そこから初めて「問いかける」
ことができるということを
私たちは忘れてはいけないとおもいます。
1/1000の「答え」に満足するよりも
唯一の「問いかけ」
つまりは「わからなさ」を
受け入れることの方が
とても大切ではないかと思うのです。
ところで、この肝心な「問いかけ」は
ネット上にある無数の「答え」と違って
グーグルで探しても出てきません。
そう、「問いかけ」は
唯一あなたの心の内側にしか
存在しないのです。
そして「問いかける」こと
そして「分からない」ということは
紛れもない
この世界であなたが唯一の存在である
ということを保証するあなたの
大切な要素。
1億個の答えを持っていることよりも
唯一の「問いかけ」を胸に秘めている
ことのほうがどれだけ人間的でしょうか。
電子辞書も、インターネットも
どんな書籍も
あなたに無数の答えをもたらすことはあれど
本当の「問いかけ」は
あなたの心の内側にしか
ないものなのでは
ないでしょうか。
そう考えると分からないってことは
とても大切なことだと
思うのです。









Comments(2)
わからないということが大切だというお話。
大変、共感致しました。
情報が氾濫する世の中において、
なにが正しいか、なにが間違っているかすらわからない
状態の中、
なにかを盲目的に鵜呑みにするのではなく、
自分の目で見たもの、
自分自身で感じたことを大切にしたい、
と思っていたところでした。
これからも応援しています。
頑張ってください。
HINAさん、
ありがとうございます。
自分の目で見たもの、自分自身で感じたことを
大切にしたいという思いわたしも共感します。
こちらこそよろしくお願いします!
感謝をこめて。