Apr25

サイキックとスピリチャルの違い

最近よく考えるのが、
サイキックとスピリチャルの違いについて。
 
2つとも似ているように見えますが
実はその性質は全く違うものです。
 
江原さんの「オーラの泉」で火がついた
いわゆるスピリチャルブームの中で
(最近はそのブームも以前に比べて下火になりましたが)
 
しばしば誤解されているのが
オーラが見える、霊視ができる、
といったことが「スピリチャル」
だと思われているという点。
 
これはあくまで「サイキック(超能力)」の一種であって
決して本来的な人生に対する
「スピリチャル」な姿勢とは
あまり関係はありません。
 
スピリチャルという概念の本質は
そうした「(現実に存在するかどうかは別にして)
超感覚的な世界に関して知識あるか
そうしたものを感受する能力があるかどうか」などではなく
 
むしろもっと現実に根ざした
「生きるとは何か?」
という問いがとても大切ではないかと
思うのです。
  
サイキックとスピリチャルという概念は
しばしば混同されます。
 
そしてしばしば
サイキックな力を使う人も
ここを混同しています。
 
あくまでサイキックな力は
(オーラを見たり、チャネリングをしたり、ヒーリングをしたり)
サイキックであって、
 
それそのものはスピリチャルな姿勢とは
何の関係もないということ。
 
それでは一体スピリチャルとは何か?
 
それは、「生きるとは何か?」
という問いを
忠実に生きることではないかと思うのです。
 
しかしながら、
これに対する答えは、きっと残念ながら
一生、出ないでしょう。
  
でも、以前このブログでも書きましたが
私たちの人生の中で答えを出すことだけが
全てではありません。
 
人生に対して
問いを立てる
そして
その問いを胸に
迷いながら生きる。
 
これも立派な
スピリチャルな生き方だと思うのです。
 
そこにサイキックな力は
かならずしも必要がない
むしろそこを曇らせてしまうことだって
あることを
念頭に置いておかなければならないと思うのです。

Trackback

Trackback URLhttp://www.ondorinohane.com/mt/mt-tb.cgi/636

Comments(2)

サイキックな感覚って
純粋で、発揮できないと行き場をなくして苦しいですよね。

だけど私はそんな力から離れようと医学に頼りましたが、はっきりいいます。。
すごく苦しい過酷な作業だったけど、あぁ、、楽だ。。そんなふうにも思いました。

ヒーラーさんとこにいけば、なんだ!そうか!と思えたのに、病院は検査ですよね、正常か否か。

だけど社会的には守られる。こうだから仕方ない。みたいな。

烙印の代わりに社会的に立ち直るきっかけが、用意されています。

治療の過程は地味で、いやになってすぐあっちの世界に飛んでしまいそうになりますが、そこを打破しながら。おりあいながら。

知らない世界でびっくりだけど、今までの感覚にいればアドバイザー的な役割が、今は何も機能できないって凄いです。
弱くて情けないんだけど。
役割というか、〔仕事が出来るように〕という、
社会に当てはまりたい欲求が私はあるのかもしれないですが、このサイキックとスピリチュアルの違いって参考にします。

ありがとうございました。

サイキックな力とどのように付き合っていくかって
サイキックな感性が強いひとにとっては
とても困難で、そしてとても大切なテーマですよね。
 
私も自分のそうした要素とどのように向かい合っていいのか
占い師になってからも分からないことがいまでもよくあります。
 
確かに社会ではそうしたものは異端なもの
ないものとして扱われ
たしかにある種の烙印がおされ
コンプレックスに思うことが多いですが
 
なるべくそういうものを否定せずに
うけいれていくということも大切だなと思います。
 
といってもその過程はなかなか難しいですけどね。^^;
一歩ずつ、ですね。

名前ユピテルジョージ 日時April 26, 2010 5:08 PM

Add Comment

いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。

HTMLタグが使えます