西洋占星術の歴史 その1 誕生
前回は西洋占星術の
12星座のシンボリズムについてお話しをしましたが
今日から4日間に渡って、
占星術の誕生の歴史について
紐解いていきましょう。
今日は、現在の西洋占星術の礎となった
初期の占星術の歴史について。
占星術の胎動は、
チグリス・ユーフラテス川地域に発展したメソポタミア文明に遡ります。
紀元前8000年から7000年ごろ、
最初にこの地域に定住したのがシュメール人でした。
彼らは月の満ち欠けをもとに太陰暦を作り上げました。
シュメール文化は、
後に遊牧民セム族系のアッカド人(BC3000年ごろ)、
バビロニア人(BC2000年)に引き継がれて行きました。
そして、このバビロニアの人々は、
ローマやギリシャの人々によりカルデア人と呼ばれるようになりました。
このカルデア人達は、もともと遊牧民でした。
遊牧生活は、定住生活に比べて、
明日の生活がどうなるか分からない、
そのような不確定要素の強い生活でした。
そのような背景からか、彼らカルデア人は、
天空の事象と大地の事象とのの関係を記載し、
それらを活かそうとして行きました。
このカルデア人の知恵こそが占星術誕生の大きな原動力となりました。
その後、紀元前500年ごろには
現在使われている12星座の原型が出来上がりました。
12星座とは、つまり
春分点(春分に太陽が位置する天文学上の位置)から、
おひつじ座、おうし座、ふたご座、かに座、しし座、
乙女座、てんびん座、さそり座、いて座、やぎ座、
水瓶座、うお座の
黄道上の12星座です。
バビロニアで生まれた占星術は、
その後、ギリシャ・ローマ世界に伝播します。
初めてギリシャ世界に占星術がもたらされたのは、
紀元前4世紀ごろの
ギリシア世界のコス島にたどりついた
バビロニアの神官ベロッソスによってだといわれています。
神官ベロッソスによって持ち込まれたバビロニアの占星術は、
プラトンや、アリストテレスといったギリシアの哲学と融合し、
人がよりよく生きる為にはどうすればいいか?ということを問う、
個人のための占いが誕生しました。
実は、個人の生きる意味を説いたギリシャ哲学にたどり着くまで、
バビロニアでの占星術では、
個人を占う占いはなく、あくまで社会を占うためのものだったのです。
その後、アレキサンダー大王の東方遠征によって、
ギリシア世界、オリエント世界、エジプト世界、果てはインド世界に
及ぶまで文化の交流が活発化し、
いわゆるヘレニズム時代が訪れます。
この時代に、占星術は、
大変大きな進歩を遂げました。
ひとつには、エジプトのアレキサンドリアという都市で、
多くの天文学者が精密な天文観測を行い、
またそのなかで自然科学、宇宙科学がめざましい発展を遂げました。
この時代で有名なのは、その後何世紀にもわたって支持された
天動説を体系化した
クラディウス・プトレマイオス(AD100-170)と、
プトレマイオスによって書かれた『テトラビブロス』という占星術の教本です。
この『テトラビブロス』は、
西洋占星術の歴史の中でももっとも重要な書籍で、
実質的に、占星術の体系は
このテトラビブロスによって完成されたといっても過言ではありません。
さて、明日は、このテトラビブロスによって一度完成された占星術が、
今度はキリスト教からの弾圧によって衰退を余儀なくされたこと、
そしてしかしそれが滅びることなく、
今度はイスラム世界で花開いたことをお話します。








