Jun11

西洋占星術の歴史 その4 死と再生

占星術の歴史について語ってきたこのシリーズ最終回は、
コペルニクスの地動説の発表以降、
いよいよ占星術もその歴史に幕を閉じると思われた占星術の、
またもや近代における奇跡的な復興と発展の歴史について話します。
 
天文学者コペルニクスは、
それまでの惑星や恒星が地球を中心に回っているという
プトレマイオス以降の宇宙論の常識を覆し、
自分たちの住む地球は、
太陽を中心に回っているのだという学説を唱えました。
 
ガリレオ=ガリレイやニュートン、ケプラーなどの
新たな時代の天文学者の天体望遠鏡を使った観測によって、
地動説の正しさが証明されるにしたがって、
占星術の土台であった地動説の権威も凋落し、
次第に人々の記憶から占星術は忘れ去られていきました。

こうして、占星術の長い歴史も幕を閉じると思われていたころでした。

ある一人のロシアの女性を中心に
占星術はまたもやその命を吹き返すことになるのでした。

そのロシア人女性、それは後の近代ヨーロッパの霊性復興運動の事実上の創始者となった、
ヘレナ=ブラヴァツキー夫人でした。

ヘレナ=ブラヴァツキー夫人は、
シュタイナー教育でも有名なルドルフ・シュタイナーも輩出した、
神智学協会を設立しました。

この神智学協会に所属していた
イギリスの占星術家アラン・レオは、
『アストロロジー・フォー・オール』『キャスティング・ザ・ホロスコープ』などといった
7冊に及ぶ占星術テキストを次々に発表します。

また、雑誌『モダンアストロロジー』の発行や、
読者へのホロスコープ作成サービスを通して、
一般大衆の心をつかむことにも成功しました。

そして、アラン=レオのほかにも、
ラファエル、セファリアルといった
有名な占星術家も登場するようになります。
 
またこの時代、星占いと聞いてすぐに思い浮かべるような
誕生日だけで判断するおなじみの12星座占いも登場しました。
 
雑誌の12星座占いが登場するまでは、

一人一人占星術家がホロスコープと呼ばれる天球図を用いて占っていました。

しかし、当時勃興しはじめていた新聞や雑誌といったマスメディアでは、
年齢にかかわらず生まれた月だけでどんな読者にも対応できる
アミューズメントとしての占いが必要とされたのです。
 
そして、その大衆化の動きの中で、現代においては
占星術の心理学化による新たな権威付けというものがなされ始めました。
 
それは、心理学者カール・グスタフ・ユング(1975-1961)の心理学に端を発し、
イギリスの占星術家リズ=グリーン(1946-)が創出し、
日本では、鏡リュウジさんが日本に紹介された、
心理占星術です。
 
この、心理占星術は、ユング心理学における、
集合的無意識や、アーキタイプ(元型)を占星術の惑星にそれぞれ当てはめて、
心理学という枠組みを通じて
アカデミックな手続きを踏んだ近代的な占星術のひとつとだといえます。
 
そして現代占星術シーンにおける心理占星術の台頭とともに
西洋占星術が極度に「心理学化」されていくなかで
その反動・カウンターとして
占星術の原点に還ろうと勃興した
 
オリビア=バークレイやロバートハンドによる
伝統的・古典占星術の急速な復興運動
そしてその後の
心理占星術と伝統・古典占星術の対立構造なども
現代の占星術を語る上で非常に重要なポイントです。
 
さて、これまで4日間にわたって
古代バビロニア世界における誕生から、
現代の占星術までの歴史を、ざっと追っていきました。
 
占星術は、時には宗教から、
時には科学から批判され、
また同時に必要とされた極めてマージナル(境界的)な文化といえるでしょう。

宗教と科学の間をゆうゆうとわたり、
また長い年月にわたって批判と衰亡、
そしてそこからの復活の歴史を繰り返してきたのが、
占星術の歴史でした。
 
古代も現代も人類は
占星術を通じて天空の世界を地上に投影することで、
そこに大切な人生のサインを読み解こうとしてきました。
 
そのような西洋占星術の歴史を振り返りながら、
今日も夜空を見上げると、きれいな星空が
そこには変わらずあるわけです。
 
その星の光は、何千年、否、占星術がはじまったであろう
バビロニア時代よりもずっとずっと遠くの時代から、
私たちに何かをささやきかけているのかもしれません。

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