ぐるっと一周して
この半年間
自分自身の活動が存在する文脈を批判的に
また、客観的にみていくということを
意識していたのですが
最近ぐるっと一周して
改めて自分自身の文脈に
戻っていくという感覚を
取り戻してきました。
ここ半年敢えて意識して
自分自身の当たり前だった
スタンスに対して徹底的に
批判を加えていくことで
「自分らしさ」っていったい何だろうということを
ずっと考えてきました。
否定しても否定しても
残る自分らしさ。
それは私の占いは
占星術だけでなく、同時に
ヒーリング的な要素が介在し
また、占断的というよりも
カウンセリング的な空間でも
あるということ。
最近改めて思うのが
まず、ヒーリング的な文脈において大切なことは
本当の意味で他者を癒すということは不可能で
あくまで
癒しは能動的な活動ではなくあくまで
「癒え」という自然なプロセスであること
また、「ヒーラー自身が自分自身を癒していく
その余波が他者の癒しにも繋がっていく」ということ
また、ヒーラーのみに限らず
「本当の意味で癒すことのできる人は
そのひと自身しかいないということ」
そしてカウンセリングという文脈においては
カウンセラー自身の「自己一致感」。
カウンセリング的な空間において
受容的な関係性や
共感的な理解を
保障するために
カウンセラーに求められることは
そのカウンセラー自身が「自己一致」している
ということ。
カウンセラーが
自己矛盾をはらみながら
形式的にカウンセリングをつづけていくということは
非常に困難です。
カウンセラーが
ありのままの自分を受け入れている状態のときに
そこにはじめて本当の
受容的な関係性や
共感的な理解がもたらされます。
この辺りのポイントはカウンセリング的な占いにおいて
とても重要な要素となっているのだなと
改めて認識することが多かったです。
「自分らしさ」を
突き詰めて考えていくと
正直なところよくわからなくなることもあるのですが
でも、
こうしたヒーリング的、カウンセリング的な要素
というのは私を形作る
ひとつの「自分らしさ」なんだなと
改めて実感します。
よくよく考えると
過去に起きた人生の事象の色々なことが繋がって
いまこうした自分らしさを築いているのだなと。
そもそも占いという世界には
実に様々なアプローチが存在します。
伝統的な占い
アミューズメントとしての占い
心理学的な学問としての占い
カウンセリング的な占い
などなど。
「占い師としての自分らしさ」なんて
まだまだこれから模索していくものだとは思うのですが
でも、短いながらも
一歩ずつ歩んできたこれまでの道を
改めて自分自身で「信じる」ことも大切なんだなと
思う機会が増えています。









Comments(2)
占ってもらう側からだと
まずネイタルチャートがある、
そこでその人の本質を見ていく。
その人の生き方が苦しい状態にあるのならば
その人らしい人生を歩んでいないということです。
よく自然な自分、
本来の自分という言い方がありますが、
むしろ自分を築きあげるというのではなく、
経験にまつわる感情、知識をとりはずしていくという作業から始めた方がよい場合もあるかもしれません。
人はよく自分を抑圧したり、今の状態が一番よい状態だと思い込んでいたりする場合があります。
でも苦しいのなら、病気になったりするのなら
どこか本来の自分にいろいろな物を付け足して生きているのかもしれません。
「自己一致」というのはカウンセラーの人が
自然体でいてくれるということ。
常にニュートラルにクライアントを見つめてくれているということだと思います。
それはある意味クライアントにとっても生き方の見本になるでしょうし、
余計なものをなくした方が自由に楽に生きられるというメッセージにもなるでしょう。
ある意味魂の方向性をナビしてくれるのを期待しているかもしれません。
なので大げさに言うとカウンセラーもある程度「悟り」について知っていて
クライアントにも感覚として伝わってくるということ。
そうなるともしかしたら星の運行さえ、超越してしまうことになるかもしれません。
それはそれで面白いことになりそうです。
hiromiさん、
分かりやすい解説をありがとうございます!
なるほど納得です。
自分らしい状態にあるということは
ある意味で削ぎ落として
シンプルにしていくということでも
あるのかもしれません。
あるいは常に原点として心の内側に変わらずある
自分らしさの感覚を手に入れることで
色々なものごとがシンプルになっていくのかも
しれないですね。