Aug17

セラピストとして思うこと

問題は解決されるためだけに存在する
わけではないのかもしれない。
  
セラピストとして仕事していて
そんなことをよく思います。
  
問題を通じて
こころの内側で
「何か」が深まっていく。
 
そしてその深まる「何か」は
誰にも予測できないし
またコントロールも出来ない。
 
悩んでいるならそれでいいし
無理に変えようと思わなくても
いいんじゃないかと。
 
むりに解決しようとするよりも
ときにはテレビを見て
ふて寝することも大切なんじゃないかと。

ただ問題が問題として
その人の心の中で映っているということは
 
「変わりたい」という思いが
そこにあるからだと思います。
 
その気持ちを大切にすること。
 
これってとても大切なんだなと。
  
いろいろなひとがいきている世の中で
全ての物事が自分の思い通りにいく
ということはないと思います。
 
それは悲観的にそう思っているのではなく
だからこそそこに「生きる意味」が
毎日の喜怒哀楽が
あるんじゃないのかなと。
  
でも、大切なことは
「変わりたい」という気持が無ければ
「問題」は生じないし
 
「変わりたいという気持ち」はきっと
「自分らしく生きたい」
という切望なのではないかと。
 
私自身がすごく
人生に対して前向きに思えるのは
どんな人にも
こうした「自分らしく生きたい」という
強い強い気持ちが
あるということ。
 
じゃなきゃ、悩みなんて生じないし
また問題なんて存在しない。
  
私自身が
生きていていいなと思うのは
どんな人にも
「自分らしく生きたい」という
人間的な感情があるということ。
 
「問題」が解決すれば
人生それでいいのか?
 
僕自身が大切にしたいのは
 
冬のように寒くて辛くても
また
夏のように活動的で楽しい雰囲気でも
 
そこに私たちが
「生きている」というリアリティ。
 
「問題」なんてそんなリアリティからみてみれば
あまりこだわることもないのかなとも
思うことが多いです。
 
私たちが「生きている」こと。
 
私はそうしたリアリティに触れた時に
 
なんだか人生に対して
前向きな気持ちを持てるようになることが
多いのです。
 

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Comments(3)

是非、問題解決型のセラピストではなく
成長促し型のセラピストになってください!(笑)
その場合はその人その人の性質をさらに
見ていく必要がでてくるのでしょうか。
あえて「人生の意味」を伝えてはいけないことも
あるかもしれませんね。
成長のためには自分で感覚としてつかんでいくというのが必要なこともあるかもしれません。
そして成長に応じて「人生の意味」も
形を変えていくこともありかも。

言葉にしてくれてありがとう!とっても共感します。
変わりたい、こうなりたい、っていう想いが
それと違う現実を問題っていう風にするのだけど
悩んでいるときには問題って呼んでいるほうに
意識が向いてしまっているだけなんですよね。
私は「今この瞬間の自分」を生きるということが
大切なのかなと思っているのですが、ユピテルさんの
「生きている」というリアリティも同じような意味かなあ。

hiromiさん、
 
示唆深くて、なるほどと思います。
 
問題解決型のセラピストではなく
成長促し型のセラピストですか。
これは示唆に富んでいると思います。
 
問題に焦点を当てるだけでなく
その問題を通じて
どんな成長があるのかに関して
セラピストが想像力を持つということは
 
きっとセッションという空間の質を
更に高めるでしょうし 
問題を解決することとはまた違ったフェーズでの
ひとつの愛情のあり方ともいえるのかもしれません。
 
ひーらさん、
 
そうですね。
僕の語る「生きているリアリティ」というのは
ひーらさんの「今この瞬間の自分を生きている」
というリアリティととても近いと思います。
 
どんなに困難な時でも
むしろ困難なことがあるからこそ
 
実は「生きるリアリテ」ィ
あるいは「今この瞬間の自分を生きる」という感覚が生まれてくる
というのは
確かにそうなんだなぁと思います。

名前ユピテルジョージ 日時August 20, 2010 1:10 AM

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