占星術の実験
今日はちょっと占星術の実験。
まず初めに、西洋占星術を使った「自己認知」の
デモンストレーションをしてみます。
新宿の街中を歩く占い師がひとり。
ちょっと考え事をしています。
色々大変なこともあったけど
占星術師として活動してきて
今年で4年目かぁ。
ところで最近自分らしさっていったいなんだろうと
考えることが多いよなぁ。
それが分かれば
もう少し楽に生きれるんだけどなぁ。。
「自分を知るために」一番の方法って何だろうな。
うーむ。
そして手元にあったiPhoneを操作。
つくづくどこでもネットが見れるって便利だよなぁ。
たまたま仕事の途中で表示していた
自分のブログ。
ふーむ。
ふーむ。
自分らしさ…か。
「無条件に心からワクワクすること」
「無条件に心が満たされること」をする
「○○すべきという観点から
○○したいという観点に焦点を移動させる」
そっか、そういえば
4年間ぶれずにこのことはブログで書いていたよなぁ。
23才から占いの仕事をはじめて今年で26才。
その間に色々な変化や成長はあったけれど
原点というのは
あまり変わらないものなのかもなぁ。
僕がワクワクすることかぁ。
人前で話すことであったり
色々な立場の人とコミュニケーションすることであったり
あるいは何かを勉強・研究することであったり。
なるほど、これが自分らしさって
ことなのかなぁ。。
しかし、そうかー。よくよく考えてみると
やっぱり思い浮かべるのが自分自身の
ホロスコープ!
僕って改めて
コミュニケーションや何かを学ぶこと伝えること
言葉にすることが好きな6月生まれの双子座で
月が乙女座で、物事を整理して客観的につたえることのできる
性質を持った人物なんだなぁ。。
水星も精神世界を表す12ハウスに入っているし。
自分のことって改めて
自分では気づきにくいものだわ。。
なにか文章を書いて表現したいという気持ちだって、
色々な立場の多くの人と関わっていきたいという気持ちだって
すごく双子座や乙女座に関係の深い水星の持つ
性質なんだよな。
占い、当たるじゃん。(笑)
さて…今日はちょっと脚本っぽく書いてみました。(笑)
あるひとりの占星術師の中で
西洋占星術の象徴が過去の事象や
自分自身のあり方をどのようにまとめあげていくのかという
プロセスをここで表現してみたかったわけです。
実は最近私は
こうした自己認識と自己受容の過程において
西洋占星術がどのようにその触媒として
働いているのかということに最近興味があります。
自己認識の触媒としての
西洋占星術。
最近私自身の認識として変わってきたのは
この物語の登場人物の最後のセリフのように
昔は「占い、当たるじゃん。」
という段階で「思考停止」していた段階から
より慎重にそうした西洋占星術という文化要素が
一種の触媒として
自己認知のプロセスに影響を与えていく様子を
客観視していこうという意識が生まれてきたのです。
最近、西洋占星術を文化的に研究する上で
とても大切だなと思うのは
チャートの中でこうして双子座的な自分を規定するのではなく
チャートの外を見ること。
チャートの外。
それはいうなれば
「西洋占星術」の外。
つまり西洋占星術の強力な意味づけの作用から
「逃れうる」もの
の存在を見つめていくこと。
あるいは西洋占星術というものを
外側の観点から見ること。
なぜ今この占い師は
西洋占星術によって「水星的」な自分を規定したのか?
という問い。
占星術に触れ
自分を規定する。
そこには一体どんな
こころのはたらきが
あったのか?
そしてそれを可能にするために
そこにどんな世界観や
どんなプロセスが
横たわっているのか?
こうしたモノに対する問題意識は
ここ1年くらいずっとあって
むしろ最近は
西洋占星術によって
意味づけられない
「世界の多様性」
みたいなものに研究の焦点が当たっています。
西洋占星術におけるリアリティのズレから
逆照射されていく
身の回りの世界の多様性。
あるひとつの世界観や法則が統治していると考えられてきた
西洋占星術よりも
予測不可能で、占いなんかよりもずっと不可思議な
この世界のありよう。
たとえていうならば
・どこまでいってもわからない自分らしさ
・そもそも自分らしさとはなにか?
・絶対に100%は予測できない未来の事象(だからこそ占いという営みが
残り続けてきた)
よりこれを哲学的に深めていくならば
・反ストア学的な世界認知
・自然科学的な精神やまなざしとはなにか?
・そもそも西洋占星術における象徴体系とそれによる
意味の生成とはなんなのか?
・そうした精神史の史的検証の作業
という問題が表れてきます。
最近は、逆にこうした
逆照射的なアプローチが
西洋占星術の研究にとっても
とても大切な要素になるのではないかと
思っているのです。
アンチ占星術の世界観から
浮き彫りになる
西洋占星術という営みの
光と影。
この辺の意識は
昨年鏡リュウジさんのロンドン占星術ツアーでイギリスに渡った時の
一種のカルチャーショックから
ずっとテーマとして大切にしているもの。
そうしたものに対する洞察を深めていけばいくほど
きっとそこには
西洋占星術の持つ「個性」を
これまでに語られなかった言葉で
語ることが可能であったり
そもそも西洋占星術とはなにか?
という問いに対する
ありきたりのものではない
視点を得られるのかな
と思うことが多くなっています。
西洋占星術を
実践的な枠組みの中で研究することだけでは
見えてこない
哲学的な問いは
そもそも西洋占星術とはなにか?
というより本質的
あるいはよりメタ的な
議論というものも
西洋占星術という古代から続く文化を
考える上でとても大切なのではないかと
思うことが多くなっているのです。








