海を越えた感性をいかに感受するのか
西洋占星術、というのは
その歴史をたどると非常に独特の
国際的な伝播形態をとっていて
もともとチグリス・ユーフラテス河周辺に発展した
メソポタミア文明の神学がその文化的発祥の地になっており
その後、占星術文化は
ギリシアのコス島に渡り
プラトン・アリストテレスの時代に
ギリシア哲学との深い関係性を持つ過程の中で
「個人を占うための思想的基盤」がそこで完成し
その後、エジプトのアレキサンドリアを中心に発展した
ヘレニズムの時代を経て
その後の西洋占星術の体系を決定づけた
プトレマイオスの「テトラビブロス」が書かれ
アレキサンドリア大王の東方遠征をきっかけに
インドから中国、そして果ては
奈良・平安時代の日本に至るまで
その文化体系は翻訳・伝播されていき
またその後、キリスト教圏のみならず
アラブの国々の神学にも非常に大きな影響を与え
キリスト経圏ではローマ帝国の崩壊以後
一度命脈が切れたしまった後にも
十字軍の遠征を通じて、アラブ圏からの逆輸入という形で
ルネッサンス期にはその文化は
返り咲くわけです。
そうして概観してみても西洋占星術という文化は
伝播に伝播を重ねて
世界的な規模で、その痕跡を残していったという
非常に生命力の強い文化だといえます。
これを可能にしたのは
なによりも地球上のどの地点からでも
観測できる天文現象をその理論体系の中軸に据えて
また比較的容易に
各地の神々と習合・翻訳できる要素を持っていたということが
そうした世界的伝播を可能にした生命力を持つにいたった
ひとつの理由だと私は考えているのですが、
これは実は現代という時代においてもいえるわけで、
現に、近代以降の日本においても
西洋占星術が(奈良・平安の時代に「宿曜経」という形で
輸入されてから何百年という時を超えて)
再び輸入された現代という時代においても
現代におけるマス・コミュニケーションの文化の一要素として返り咲き
日本人の生活文化の中に
「星占い」は無くてはならないものとして
位置づけられるものになっています。
占星術とはなにか?ということを考える上で
ひとつの大切な論点を提示するならば
なぜこれほどまでの文化的伝播力を持って
人類の長い歴史の中で絶えずに続いてきたかという
その「生命力」のもとは何なのだろう?という問いに
ぶつかるわけです。
しかし、その一方で考えるに
「伝播」していく過程の中では、全く違う文化圏に
伝播していく際に
かならず「異文化理解」ではなく
「異文化誤解」がそこにはあったであろうという論点。
たとえば、日本における「浮世絵」が
西洋の近代絵画の歴史における「ジャポニズム」や
「印象派運動」に非常に大きな影響を与えた
ということはよく知られていることですが
これは「西洋占星術」においても同じような構造はあり
私たち日本人が西洋の占星術を改めて輸入する際に
彼らの文化的・宗教的背景を十分に理解する以前に
「西洋占星術」という文化を
いい意味で「異文化誤解した」末に
日本独自の占い文化というのが発展した
という側面もあるのだなと感じることが最近多いのです。
特に日本にいるとなかなか気づかないことですが
90年代以降
携帯やウェブコンテンツとして
ポップカルチャーとしての占いが
これほどまで私たち日本人の
日常生活に浸透したというのは
これはいうなれば
「西洋占星術」を受容する過程の中で
いい意味で私たちが「異文化理解」ならぬ
「異文化誤解」をしたからなのではないかと思うのです。
「異文化誤解」というキーワードを
他の言葉で説明するならば
「海を越えた感性をいかに感受するか」
という問題ともいえるかもしれません。
キリスト教圏の国々が、西洋占星術に対して抱く「感性」を
私たちがいかように「感受」していくのかという問題は
非常に面白い論点になるのではないかと思うのです。









Comments(2)
こちら横浜の中区にはそうした異文化の誤解というものがたくさんありますが、出し手の異国人にとってその正当性が何であるかにもよるのではないかと感じます。結局喜ぶ人は許され交流の中でどんどん変容する次元を体感できます。(下町もそうだけどこういう自由さが好きで海側を選び住む自分が居ますが‥)銀座もそうでしたが洋食は特にその深さを感じますし、それを食べる時に考える楽しみも‥占星術ほど正しさを問うものではないけれど(^^)
なるほど横浜の中華街なども、異文化と触れあう接点となる場所ですよね。異文化を受容する側は、それをいかに楽しむか、あるいはその文化にどのような魅力があるのかというのはとても大切な要素になってきますね。