Jul29

「見返りの愛」から「見還りの愛」へ

「無条件に与えられる愛」というエネルギーは
いったいその後どうなっていくのでしょう。
 
見返りを求めない愛。

それは実は与えた人の喜び、感動、
そして成長となります。

そして、その愛はさらにその人自身の愛を通して、
次の人に与えられます。

そう、あなたの与えた愛はカタチをかえながら、
豊かに人々の間でめぐりめぐっていくのです。

あなたの優しさ、あなたが無条件に与えたものは、
あなたが気付かない間に、
河の流れのように沢山の人の間を巡っていきます。

見返りを求める愛。

これは、その場の関係だけで閉じてしまいます。

あなたから与えられた無条件の愛はめぐりめぐって何十人、
何百人もの人々を駆け抜けて行きます。

そう、私たちの共同体を豊かに、
そしてゆるやかに流れて行くのです。 
 
そしていつの日か多くの人の間を
豊かに流れて行ったあなたのエネルギーは
何倍にもなってあなたのもとに還ってきます。
 
だからこそ「見返り」を求める愛ではなく、
多くの人の間を豊かに流れ、
そして多くの人を幸福にしながら
形をかえて還ってくる

そんな「見還りの愛」を与えてみてはいかがでしょうか。
 
私たちはひとりで生きているのではありません。

この世に生きる人はまぎれも無くひとりひとり繋がっています。

私たちは愛というエネルギーで繋がっているのです。
 
惜しみなく与え、あなたが
愛という無限のエネルギーの出発点となりましょう。

無条件の愛という人々の間を
絶え間なく流れ続ける大河の出発点となりましょう。
 

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Comments(6)

こんにちは。いつも楽しみにしています。
「無条件に与えられる愛」
私の場合、相手がこちらを見ていないのがわかった時から「見返りを求める愛」になってしまいます。一方通行なのがあまりに悲しいので。もちろん相手が自分を見てくれているときは何も考えなくても愛を与え、もらっていると思いますが。
やはりお互いの思いやりがあっての愛ではないのかと思うのですが。

れいらさん、

こんにちは、ユピテルジョージです。メッセージありがとうございます。

たしかに、自分自身が満たされていないのに、一方通行の愛情を表現するしかないという片思いというのは辛いです。振り向いてくれなかったり、どれだけ思いをこめても伝わらなかったり。なかなか伝わらない、受け止めてもらえない片思いほど、辛いものはありません。

すいません、この記事では、大切なことを説明できていませんでした。それは、ここでいう「無条件の愛」に繋がるための方法です。
 
人が「無条件の愛」を自然に表現できるとき、というのは、何よりも自分自身の心の内側が幸せや喜び、将来に対する前向きな期待感や、ワクワク感、ドキドキ感というものを感じている状態。愛情のコップがあったとしたら、それが満タンになっているときに、溢れだしてくる愛情。それがここで表現しようとしていた「無条件の愛」になります。

「道端に咲いている花がきれいだな」とか「今日の夜は、ジムに行って運動しよう」とか、「昨日見た映画はとても面白かったな」など、日々の生活の中で感じる小さな喜びで胸をいっぱいにし、また人生に大きな夢を持ったり、楽しめる趣味を持ったりして、自分の心の内側を愛情で沢山満たしていくと、自然にこの幸せをともに分かち合いたいなという気持ちが湧いてきます。

いうなれば、愛情のコップが満たされて、それがほかに流れて出していく結果、表現されるのが、無条件の愛なのだと思うのです。

ここでいう無条件の愛とは、「身を削る」というイメージよりも、「溢れ出す」というイメージに近いです。

そうした意味でも、無条件の愛、を本当の意味で与える相手というのは、何よりも「自分自身」なのではないかと思います。
 
ところで、愛情にも色々な形がありますよね。ボランティアや奉仕活動のように、多くの人に対して与える愛情。恋人同士のなかでやりとりされる特別な愛情。親子の間の愛情。
 
特に、今回お寄せいただいたのは、恋愛についてのコメントだと思いましたので、この点に関して、私の考え方をお話しします。私は、恋愛における愛情だけ、他の愛情と少し違う部分があると感じています。
  
しばしば、「ネコとお金と恋愛は、追っかけると逃げる」と言われます。多数の人に対して与える愛情と違い、恋愛は2人の間のシーソーゲームのような部分もあるのだと思います。コチラ側の気持ちが強すぎると、二人の間のバランスが崩れて、伝わる愛情も伝わらないことがあります。
 
そんなときには「押してダメなら、引いてみること」
 
恋愛で、愛情が行き来しにくなと感じた時、また、気持ちが伝わりにくいと感じるときには、別の楽しいことに意識を傾けてみて、いったんその恋愛から意識をを離してみることがいいかなと思います。映画を見に行ったり、趣味に励んでみたり、何か新しい勉強を始めたり。
 
そして、心の内側を喜びや楽しみで満たすようにしていれば、自然にまた二人の間のキモチのバランスも戻ってくることが多いと思います。
 

名前ユピテルジョージ 日時July 31, 2011 10:57 AM

ユピテルジョージさん、
早速のお返事どうもありがとうございます。

「無条件に与えられる愛」についてずっと心に引っかかっていて、どこかで見返りを期待してしまう私は自分勝手な人間なのか?どうしたらそういう風にならないようなつきあい方をしていけるのか?ということについてずっと考えていました。

ユピテルジョージさんからのメッセージを読んで、そうだった!と思ったと同時に、胸のつかえがすーっと下りたような気がしました。その渦中にいるときはなかなか冷静に考えられず、その結果、自分を追い込んでしまったように思います。

「身を削って」大切な人と接するのではなく「溢れ出す」思いを込めて接していきたいと思うので、そのためにはまずは自分自身の心を楽しい気持ちで満タンにしてあげたいと思います。

どうもありがとうございました。
れいら

れいらさん、
 
ありがとうございます!メッセージが伝わってとても嬉しく思っています。
 
自分自身の心を沢山の愛や幸せで満たすことで、相手に対する見方も変わってきますよね。
 
素敵な日々が訪れますように。
 
ユピテルジョージ

名前ユピテルジョージ 日時August 1, 2011 1:19 PM

読むにつれて
柔らかい文章が
私の心の中を
流れていきました。
とても優しい気持ちになれました。
私自身を
たくさんの愛で満たして
溢れ出した愛を
たくさんの人に
与える事ができたら
なんて素敵だろうと
考えただけで
素敵な気持ちになれました。
ありがとうございました。

ちづるさん、

ご返信遅くなってしまって申し訳ありません。

素敵なコメントありがとうございます。

何かに行き詰った時や、人生の方向性が
変わるときというのは
 
自分自身の心の内側をいい方向に
変化させることって、とても大切なことなのかも
しれません。
 
セラピストとして、何よりも大切なことは
自分自身が癒されていること、
満たされていること。
 
そうした意味でも、改めて
愛するとは一体どういうことなのかを
考えてみました。
 
こちらこそこのブログをご覧下さって
ありがとうございます。

名前ユピテルジョージ 日時August 2, 2011 10:08 PM

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