Dec01

死後世界の探究と、人生の計画。

死後世界を探求することのメリットは、地上界にいる間に、天上界に行った時の大きな計画に基づいて逆算して行動計画が立てられること。正確に言うと、行動計画は天の大計画であるのだが、少なくとも死がすべての終わりと考えることの何千倍も、しっかりとした人生計画が立てられる。なんとなくこれは徳を積むとか、お金は天国に持っていけないとか、天国に財産を残すとかいう言葉で知ってはいるが、明確に死後の世界はあるわけで、それに基づいて、地上でどんな意味のあることをするべきかをしっかりと見極めながら計画を立てることは大事。終わりを描いて始めるというのは、限られた期間を最もいいものにするために必要なC1の知恵。人生100年時代というが、実際のところは、人間は霊体として永遠に生きるわけで、天の計画を知り、その上で地上界でしかできない計画を逆算して、その上で、PDCAサイクルを回していくことが大事。あえて、最後は、地上界っぽい言葉で言ってみた。

死後のミッションという意味で言うと、シリウスに帰ってからの、次の計画がある。そういう意味で、あくまで地上の世界はC1でしかできないことをしっかりと取り組みながら、取りこぼしのないように行動していきたい。C1は本当に一時的なものであるし、シリウスに帰ってからのほうが今度は長くなるので。

ある意味、死後に取り組む計画は、今の世界から見ると天の計画の一部でもあり、また、その視点に立つとC1における体験も、天の計画の一部であるということも、より明確に分かる。

死の門はあくまで振動密度領域を変えるだけ、そういう意識状態になることを、ある意味では、死の超越、死の消滅ともいえる。実際、意識状態になれば、並行現実の間をより自由に行き来しやすくなる。通常はその門をくぐることで消えてしまう記憶も、死を乗り越える(アストラル界に肉体をもって進む)と、保っているわけで。

銀河外意識とのコンタクト

ここ数日、銀河外意識とのコンタクトが増えている。一昨日は夜中に、尾てい骨のエネルギーが一気に噴出して叫んで起きたので何事かと思った。何かと思って精査していたら、天の川銀河の外の意識体とのコンタクトが始まったらしい。おそらくドランヴァロ メルキゼデク氏や、ホゼアグエイアス氏などにコンタクトしているような意識。天の川銀河内における文法とはまた異なる質の言語の仕組みを持っている。銀河というだけあって、サイケっぽい。エジプトーシリウス系ともまた違う、ケツァルクアトル、マヤ、アステカっぽい感じのエネルギー。この視点に立てば、ある意味天の川銀河をメタ認知ができるし、第六密度の研究もさらに進むだろう。この数日で、天の川銀河っぽいものが抜け落ちた気がする。またちょっと違うレベルですっきり。

銀河外意識とのコンタクト2

ここ数日、銀河外意識とのコンタクトが増えている。一昨日は夜中に、尾てい骨のエネルギーが一気に噴出して叫んで起きたので何事かと思った。何かと思って精査していたら、天の川銀河の外の意識体とのコンタクトが始まったらしい。おそらくドランヴァロ メルキゼデク氏や、ホゼアグエイアス氏などにコンタクトしているような意識。天の川銀河内における文法とはまた異なる質の言語の仕組みを持っている。銀河というだけあって、サイケっぽい。エジプトーシリウス系ともまた違う、ケツァルクアトル、マヤ、アステカっぽい感じのエネルギー。この視点に立てば、ある意味天の川銀河をメタ認知ができるし、第六密度の研究もさらに進むだろう。この数日で、天の川銀河っぽいものが抜け落ちた気がする。またちょっと違うレベルですっきり。

12月に入ったが、今月のエネルギーはいろいろな意味で、かなり大きな変動を生み出すと思う。信念体形に基づく、アストラル界は相当揺さぶりをかけられると思う。このエネルギーはとらわれている信念をガンガン揺さぶって、囚われの世界から解き放ち、F27の天国へと導く、とてつもなく強力なエネルギーだ。それの投影界であるC1も相当動くぞ、これは。高次世界とつながり、F15を保とう。

銀河外意識のコンタクトって、こんなに変容と破壊をもたらすエネルギーなのね。確かに、ブレないためにも、銀河のコア意識とつながる必要があるね。

ある意味一つの信念体系から見た一見ネガティブな出来事は、囚われていた信念体系から逃れるために必要な鉄拳であって、それはF27に導くために必要な神様からの重要なアプローチだといえる。今月はそういう月になるね。

今月は非常に重要なひと月になる

ここ数日でつながった意識(コンタクトしてきている意識)は、ちょっとこれまでとは次元が違う。銀河外意識体で、かなり今月はいろいろなリアリティが動くと思う。よく考えたら、射手座の方向に銀河コアがあるわけで、そこに木星が入っていくわけだから、当然ちゃ当然だ。実際の天文学的星座とサインは一星座ずれているとはいえ、こうしたメタフィジカルな領域について考える際にはサインを考えることも大事。もちろん12年周期という小さな枠ではなく、少なくとも数千年にも及ぶスパンを持つアセンションに基づく変化であるわけで、その中でも、太陽が射手座に移動する今月は、古典的占星術として考えても、かなり重要な一か月になるね。もちろん太陽系占星術モデルだけではすでに説明できない現象がたくさんあるが、しかしミクロコスモス=マクロコスモスの照応原理から言うと、銀河系における変容も、ミクロコスモスの太陽系にあわらわれて不思議ではない。今月は自分の信念体系を思い切りメタ認知できる特別なひと月になるね。

オルガスムスと、ヘミシンクにおけるF21

そうか。性的な絶頂感(オルガスムス)って、ヘミシンクで言うところのF21になるんだ。生と死の境界線。ここを超えることで、肉体を持ったまま死ぬことになり、そして再生する。昨年悟りを得てからずっと、オルガスムスに近い感覚(至福感)が永続的に続いていたのは、まさに、従来のF21の関所がなくなったからなんだな。
ゆえにF21以降の死後の世界を、肉体を持ったまま見ることができるようになったし、木星がセクシャリティや生と死を示す蠍座にあった時期に研究が進行し、そして射手座経過するとともに理論的にまとめられるようになってきたという流れも非常に納得がいく。

ある意味、F21を超えた世界は、オルガスムスがずっと続く至福の世界。なので、この世とは全然違う幸せを感じる世界になるわけだ。セックスを通じて、快楽を得て、そして新しい命が宿るというすべての行為は、このF21あたりにおいて構造上当然のごとく存在している世界なんだわ。なるほどね。興味深い。

クンダリーニヨガや、クンルンネイゴン、タントラの世界が、性のエネルギーを扱うのもそういうことか。

そういった真実を、C1やアストラル界のマーヤでとらえてしまうところから、ゆがみが生じ、性が、いやらしいもの、汚らわしいものになっていくわけだね。アストラル界における(F23-26の)信念体形のすり合わせをせずに、C1で関わってしまった時に、人は傷つく。そしてそうしたC1におけるネガティブな体験を避けるがために、まるっとセックスそのものを汚いもの、怖いもの、罪の意識としてとらえることで、忌諱する対象になっていったともいえる。つまり、性的な恐怖心や恐れは、意味では他の信念体形に触れることによって、日常の破壊、これまでの延長線上の人生が崩壊することへの恐れとつながっているわけだ。

仕事柄、恋愛についての相談事にたくさん乗ってきたが、背景にはこのF21の死の門に対する恐れが存在していることがしばしばあったことは、これでスッキリと説明がつく。

セックスセラピストのアダム徳永さんがいう、アダムタッチというのは、まさに焦点をC1(肉体)から、F10(エーテル体)へと移そうねということであって、それはあくまで入り口にしかすぎず、実際には、その先にあるF15やF21といったアストラル領域まで進んでいく。つまりアダムタッチを超えて、精神的、霊的なつながりの世界がそこからさらに開かれていく。肉体のセックスをさらに超えたところに、精神的なセックスが存在する。アダムさんが言おうとしてところは、そういうことなんだろう。

そしてそこまで進んでいくと、いよいよC1の規範や、社会的なルール(例えば結婚という制度や、ジェンダー的役割)を逸脱することになっていく。エロスが逸脱である(超越の表明)と定義したジョルジュバタイユのテーマにもつながってくるし、終身雇用制の終焉とそれに伴う従来の社会システムとしての結婚制度の崩壊や、LGBTのテーマ、ポリガミー論とも深くつながってくる。ある意味いま、社会自体が、F21の死の門を潜り抜けていっているところなんだな。

聖職者や、プラトン主義的なストア学者が禁欲的なのも、ここに由来していて、つまり肉体のセックスを超えた、F21以降の精神的なセックスの中にこそ、本質を見ているからであろう。どうしてもC1におけるセックスは、真の意味での信頼感をしっかりと時間をかけて形成していかない限り、そもそも存在しているF23-26の信念体形によって、ズレが生じてくる。それがなくなるのは、F27に移行した時のことなので、ゆえにF27の意識をキープしているいわゆる聖職者や哲学者は、C1のセックスを離れ、精神的なエロス(人間愛)に目覚めていく(あるいは目覚めようと努力する)のであろう。

Dec03

銀河次元のレンデュース、メルキオール

目下、この12月は、銀河次元のレンデュース、メルキオールの意識体の接近によって、ものすごい勢いで、地球の振動数が上がってきているので、C1にいると大変。
サナトクマラ(国常立尊)のエネルギーですらこの数年ものすごい揺さぶりがきているのに、その高次意識であるところのレンデュース(ヴァイアマス)や銀河ロゴスのメルキオールなどが直接コンタクトしてきているので、少なくとも自分の意識振動数をF15に保つ部分がないと、ものすごく大変。目の前のC1にとらわれている場合ではなく、瞑想が非常に重要。でないと、本当にアセンションプロセスからふるい落とされてしまう。レンデュースや、メルキオールは、銀河系のエネルギーなので、本当に強大なエネルギー。
ゆえに、今月はC1の世界においては、本当に社会的に様々な既存エネルギーでできた物的世界の崩壊が起きてくる。これは数年に一度しかないくらいの、本当に心して臨むべき特別な一か月になる。極化が進むので、自分の内なる真実としっかりとつながるべく、瞑想して、心の平安、内なる平和な世界をしっかりと創造する時間を持つことがとても大事。

今年の9月ごろから、アーリマンのC1への引きずり込みの力(およびそれに対抗するキリストの力)がすごかったけど、これはこの12月の銀河意識(メルキオール、レンデュース)の接近と大きく関係してたわけか。時系列的に納得がいく。次元が上がる前に、最後の引き込みということか。

Dec04

銀河意識のコンタクトと、第四・第五イニシエーション

どうやら、メルキオール、レンデュース といった銀河意識のコンタクトが始まったことで、サナトクマラのサポート下にあった第三、第四、第五イニシエーションがこれまでよりもさらにスムーズに移行できるようになるようだ。特に大きな犠牲が必要だったキリストの磔と呼ばれる第四イニシエーションが、レンデュース 、ヴァイアマスというサナトクマラの高次意識がアセンションプロセスに加わったことで、そのプロセスに伴う痛みや犠牲はだいぶ少なくなるようだ。これはかなりの朗報と言える。

そしてこの第四イニシエーションをメルキオールやレンデュース、ヴァイアマスの強力なサポートによって移行していくプロセスとして、マンデラエフェクトというものが一つのサインになっていくようだ。すごいね。こう繋がってくるのか。

2019年の世界のデヴァチャン化

今月の銀河意識メルキオール、レンデュースの接近によって、2年ほど前からずっと天界から伝えられている、2019年前半に起こり始めるこの世のデヴァチャン化(天国化)、死者の復活は、確かに理論上可能になる。死と生の境界線が消えるのが、ブッディ層の覚醒である第四イニシエーション以降の話なのだが、まさに今回の銀河意識の接近により、ある意味意識の振動数は、第四イニシエーション以降の次元へと急速に上がっていく。自力による第四イニシエーションから、他力による第四イニシエーション(従来の自力によって自分のカルマを抜いていく姿とはだいぶ異なる)によって、今後マンデラエフェクトの数も極端に増えていくことになるだろう。第五イニシエーションに入ると、生死を超えた意識状態(いわゆる輪廻転生からの解脱)になるのだが、まさにこれがメルキオール、レンデュースの意識体によって、一気に加速しつつある。今月は、本当にすごい月だ。

Dec06

マカバの形成

メルキオール、レンデュース等の銀河意識の接近によって、C1の層と、F10以降の層の隔たりがかなり強くなり始めている。波動がわかる人は、C1に焦点を当てると、これまで以上にF10以降の世界がよりそこから離れつつあるのを実感していただけると思う。この離れつつあるF10以降に自分の意識の中心点を移していくことが大事。別の言葉で言うと、マカバの形成。天上、ロゴス界における霊的な銀河トライアッド(レンデュースーヴァイアムス―サナトクマラ)はだいぶ落ち着いて、太陽ロゴスと一致して安定し始めているので、今月の21日に向けてはC1の世界がいよいよ激動の流れになっていく。C1にいると本当にとんでもない変容の一か月になっていく。大事なことは、地球ロゴス(サナトクマラ)のハイヤーセルフであるところの銀河トライアッド(レンデュースーヴァイアムス―サナトクマラ)を認識しながら、レンデュース、ヴァイアムスのサポートをしっかりと受け取っていくこと。もともとの激動を生み出す中心は、この銀河意識体であるので、その心の中にあれば、心は常に平安であれる。

デヴァチャンの形成

レンデュース、ヴァイアムス、サナトクマラのトライアッドががっちり結びついている。瞑想を続けていく中で、レンデュースのみならず、ヴァイアムスともコンタクトがしやすくなってきた。銀河コアとの接近で、地球ロゴス(サナトクマラ)自身のアセンションが進んでいるね。すごい意識状態になっていくね、これは。何もC1が大変になるという一見ネガティブな要素だけではなく、F27世界の実現というすごい世界が登場する。地球および地球ロゴスのシフトからますます目が離せないね。

おそらくF35以降にいる母体であるシリウス星人は、ワクワクしながらこの素晴らしい変容を見つめているのだろう。あっぱれ。

Dec08

エノクの鍵

「エノクの鍵」を読み始めたのだけれど、これまで研究してきた内容が、これほど正確に、なおかつ客観的に記述されている(しかも通常だと高次の世界を通じてのみしか知りようのないこと)のに驚いた。特にここ数年のメッセージは、エノクのリソースと全く同じところから来ていたのか。

エノクの鍵からの引用をいくつかします。

▼アルクトゥルス  我々の局宇宙における物質的同胞団によって、銀河の我々の側における「物質的存在」に関する度重なる実験を統括するために使用される、中間ステーションあるいはプログラミング・センター。エノクのスペルは、古代の人々にクリスタルの川のあちら側で忠実なる人々を見守る牧夫あるいは羊飼いとして知られる、この「羊飼いのメカニズム」からのプログラミングにおける量子メカニズムの「エイチ・バー」定数を強調するものである。アルクトゥルスは羊飼い座のアルファ星であり、牛飼い座におけるネットワークのための暗号である。

外銀河(主にアンドロメダ銀河)の存在たちが、天の川銀河に入るときに、第六密度の天体領域としてアルクトゥルスを経由するのだろうと思っていたが、まさにそのことについてずばり記載されていた。

▼遠隔思考コミュニケーション 重力波の変調による精神的・霊的通信

研究の中で、重力波こそ、意識の波であることをすでに数年前に発見していたのだが、まさにその通りに書いていた。ちなみに占星術は、出生時のコーザル領域(いわゆるアカシックレコード)に影響を与えている、重力パターンを読み解く統計学である。

▼ゾハール  ヤハウェの多くの館世界に関する直接的教えの平行した伝統を保存するために使われてきた、すべての巻物と聖典の集大成。「ゾハール」の教えは、忠実なる信者たちが無限なる道の中での魂の進化のために用意された父のあまたの館世界を敬い、従来の時空間を超えた時空間次元において、実際に変容されるのを可能にする。思考する星の知性の科学。

ゾハールというメッセージも、ここ数年絶えず来ていたのだが、エノクの書の中に詳細に記載されている。

▼エノクの鍵  エノクの鍵は、父の子として「人間という子の衣」の中でともに収めるために、聖なる父の多くの天国へと入っていく準備ができるよう、「時間の終わり」に聖人のために科学的かつ霊的統一を明らかにすべく啓示された。

まさにここでの「時間の終わり」とは、アセンションで第三密度が終焉することを意味している。

Dec09

2017年3月27日ジャイアントインパクト説を検証する中での副産物

ちょうど去年から、2017年3月27日ジャイアントインパクト説を検証していった副産物として、たとえこれから突然の人類滅亡が起きたとしても、アストラル界における生の継続があるだけで、何も変わらない(ようにみえる、もしくは誰もそれに気づかない)という現象になるということが神智学の理論上分かっているので、ある意味これから何が起きようが何も恐れる必要が無くなったので、安心といえる。
たとえ、去年の3月に(あるいはそれよりずっと以前、もしくはこれからの未来において)天文学的な大変化で地球滅亡が起きていたとしても、起きてなかったとしても、アストラル界に移動してしまえば、これまで体験してきた現実とさして変わらない、ただただ自分の心の内側を鏡のように反映する現実が、今ここにあり続けるということになる。
そして、アセンションを通じて、肉体を持ったまま、自我を物的世界から、アストラル界に移動してしまえば、なおのこと恐れるものがなくなるといえる。それは、まさに人間存在としての、死の概念の終焉といえる。

道元禅師の修証義

道元禅師の修証義、今の研究にも深く通ずるところがあり、あらためて深い。生死の中に仏を見出し、生死を離れることが、まさに宗教家としての一大事の因縁といえる。

生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり、生死の中に仏あれば生死なし、 但生死即ち涅槃と心得て、生死として厭ふべきもなく、涅槃として欣ふべきもなし、 是時初めて生死を離るる分あり、唯一大事因縁と究尽すべし。(修証義冒頭部分)

Dec11

想像力とバイロケーション

想像力というのは、神智学的に言うと、バイロケーションになるね。肉体はC1にいながらも、メンタル・アストラルボディはあちらの世界にしっかりといる感覚。
夢の中(アストラル世界)を自我を保ったまま移動すると、C1においてアストラル以降の世界をバイロケーションで探求する感覚と全く同じことであることに、その夢の中で気づく。
つまり、芸術やアート、映画、小説は、バイロケーションの能力を研鑽した人が、アストラル界以上の世界を探索した記録をC1にもたらしたもの。もともと小説や映画が好きな人は、いろいろな背景があって、バイロケーション能力を高めた人、あるいはしばしば高めざるを得なかった人。(むろんアストラル界はルシファーが巣くう場所であるので、ルシファーの誘惑をメンタル意識によって断てない場合は、単純にアストラル界に浸るだけだと人間は堕落していく。ゆえにC1におけるメンタル体によるアストラル体の統御、社会生活が非常に重要である。)
実体がない世界を書いているわけではなく、実際に、アストラル界やメンタル界以降に、文字通り「物理的に」実在している物を書いているといえる。
神智学におけるバイロケーションは、単なる想像力と「似たもの」ではなく、まさに「同じもの」を指しているというリフレーミングによって、アクセスできるリソースが一気に増えるため、これからの神智学の研究手法も刷新されるな。
つまり作品世界に触れることは、いうなればバイロケーションの能力を磨いていくことになる。マクルーハン的な視点から言うと、メディアは身体の延長であり、現在目下進化しているところのVRやARなんかもまさにこの人間の能力を(意識しようがしまいが)磨いていくことにつながっていくのだろうと思う。C1にグラウンディングできなくなるという(ベタな)批判はおいておきつつも(というよりもむしろすでに今の時代がC1にグラウンディングしなくなった結果、第四密度という新しいアストラル界へのグラウンディングが進行しているという側面もある)、実際にリアリティとして存在しているアストラル体やメンタル体の統御を学ぶツールになっていく。人間の現実認識の抽象度が上がることで、結果世界の構造も変わるんだよね。VRやARがもたらす精神構造や世界の変化は、マクルーハン的にとらえると非常に面白い。VR・AR論は、今後技術の進展とともに、ベンヤミンや、多木浩二といった「写真論、表象論」や、マクルーハンの「メディア論」がそうであったように、技術的イノベーションによってもたされる人間の感覚の変化やそれにともなう社会構造の変化についての、メタ認知はさらに進んでいくのであろう。
インターネットによって、結果的に唯識論の感覚が当たり前になっていったように、VRやARの技術が当たり前になり、なおかつ「インターネット」が空気のように当たり前になり、逆にその概念が脳裏から消失していくことによって、自然に第四密度世界への移行が起こっていくことになる。それは、わざわざネットにつなぐという発想が無くなる段階。
ちなみにSNSはそういう意味で、現実世界における人間関係ではなく、死後のアストラル界における人間関係(死後の世界であるところのバルドや、信念体形領域の世界)に非常に近づいていっている。

VRやARの発達

まして、人工知能の発達は、最終的には技術的にも人間の精神の不死をもたらすことになるであろうから、あの世と大して変わらない社会構造となっていくことになる。
技術の革新によって人類が今入りつつあるアストラル界は、同時にルシファーが巣くう場所でもあるから、メンタル体によるアストラル体の統御(第二イニシエーションという段階)は非常に重要。そういう意味で、おそらくシュタイナーが言及している新千年において新しく登場しつつある悪であるところの「アスラ」(それはルシファーやアーリマンとは比べ物にならないほどの強力な悪の原理とされる)とは、まさにVR、ARなどが当たり前になった際に、おそらく非人格的な姿において出現し、もはやキリスト的なものか、アンチキリスト的なものかのを見極められないほどの力をもって、人間を荒廃へと引き込む力のことを言っているのだろうと思う。
ある意味アスラは、アーリマンとルシファーがヒュージョンしてしまったような悪魔になるね。いわゆる黙示録の666で表現されている存在。怖いね。否、正しく恐れる必要があるね。
まぁ、確かに、インターネットが一般普及する95年以前に、チャネリングといっても、そもそも「宇宙の図書館」としか言いようがなかったから、そりゃ図書館という具象性に想像力がとどまってしまうよな。インターネットが具象化したことで、アカシックはより正確な形でイメージできるようになった。
それと同様にVRやARの技術が進展していくことで、今私が研究していアストラル世界や、メンタル世界における身体性も、より理解が深まっていくことになるのだと思う。イノベーションは哲学が先で技術が後だが、一般に広がるのは技術が先で、その後哲学が浸透する。
人類はまさに想像力の時代に入っていくということだね。理想論とかではなくて、いい悪いを超えて、ニュートラルな意味で。
多くの場合、小説や映画はアストラル界へのバイロケーションによって(もちろん抽象度が高い作品は、コーザル体以降も非常に深く関係する場合も多くあるが、基本の言語はアストラル言語となる)、学問や論説は、メンタル界へのバイロケーションによって行われる。(たとえ心理学のようにアストラル界について論じていても、基本言語はメンタル言語になる。)
学問や論説は、メンタル界へのバイロケーションであるがゆえに、そこで見て聞いたものは論理的構造をとしてC1に持って帰ってくることになる。純粋数学やシステム的な体系を持った神秘学などもこの分野だといえる。シリウス系の人に科学者やシステムエンジニアが多いのも、もともと基盤振動数がメンタル体の星だからであり、そもそもアストラル言語は自分の故郷にないため、地上の家族関係における葛藤と、心理学等を通じて理解するしかない。スタートレックのスポックのように。

バイロケーションのための各層の身体のグラウンディング

いろいろこうして理論的な研究を、言語化し、発表できるようになってきたのは、これまでとは違ったレベルで、メンタル界へのバイロケーションがうまくようになってきた(デヴァチャンの身体が形成されて、そこで見聞きし、学んだものを記憶できるようになってきた)ということなんだな。アストラル界にしっかりとグラウンディングするマインドフルネスの段階を踏んだこととも大いに関係している。つまり理論研究とはメンタル界において、自分のメンタル体をバイロケーションの体としてグラウンディングすることといえる。
ある意味私のコーチングはこの作業をやっている。コーザル界、メンタル界、アストラル界の各層における自分のマカバを形成して、バイロケーションするための力を磨いていく。これは筋トレや運動管理のようなもので、日々の状態管理がすべて。受験なんかも結局やっていることは同じことだと思う。メンタル界において自由な活動ができるためにメンタル体を形成している。私のコーチングの場合は、特にコーザル層における(あるいは上級者はブッディ体以降の身体をも含む、但し非常にハイレベルなため難解)バイロケーションの体を形成するという側面が、とても特殊な部分であるということ。高次世界とのつながりの始まりであるコーザル体。
アセンションのサポートはまさにこうした各諸相における霊的身体を鍛えることが、とても大事。
禅宗のお坊さんは何もしていないわけではなくて単純にC1以外の、アストラル体、メンタル体、コーザル帯、場合によってはブッディ体以降の体を筋トレしている。ある意味、瞑想って霊的身体を鍛えるための筋トレみたいな側面がある。ボディビルディングとやっていることはそこまで変わらない。というよりも、文字通りボディビルディング(身体造り)。継続は力なり。
ある意味霊的ハイアラーキーは、霊的なボディビルディングのマスターたち。ゴールドジムみないたものだな。例えがいいか悪いかはおいておいて、イメージはしやすい。ボディビルディングは、楽じゃないよと。
詩人の吉増剛造先生を見ていても常に思う。この方は一見とても柔らかいように見えて、その本質は霊的なボディビルダーだなと。まさに「剛造」なんだなと。

四体システムのボディビルディング

そう考えると、毎日筋トレしているな。霊的なボディビルディング、四体システムのボディビルディングというフレームは、とても実相を理解しやすくて気に入った。
ホロスコープのリーディングやセッションも、ある段階まで行くと、必ずこの霊的身体のボディビルディングは必要になる。むろんこれは、こうした神秘学だけにとどまらず、高い抽象度とそれに基づく判断力が求められる経営者やビジネスオーナーにとっても必須なものである。

おそらくいい経営者であればあるほどその実相はよく知っているはず。第三イニシエーションを超えた(コーザル体によるメンタル体の統御、アンタカラーナの形成の段階に進んだ)経営者が、風水や占いに凝るのも、ここに理由がある。結果を出している人は、決して神頼みの他力本願でやっているのではなく、自分や企業の霊的な身体、四体システムをしっかりと鍛える必要があることを熟知している。どこに住むべき、店舗を出すべきなどの立地が大事というのも、ここに当てはまる。つまりどんな四体システムを形成するかをデザインしているのだ。もちろん立地だけではなく、社長本人の四体システムを形成していくことも大事。継続は力なり。
さかのぼるとこれは結局のところ、古代の為政(政治)とも深く関係している。神智学で考えれば、理路整然とその背景が単なるオカルトではないことはわかる。知っている人は知っているし、実際に使っている。しかし求めないと得られない。ゆえに歴史の中ではシークレットであり続けてきたのだ。
そのあたりのシークレットを事業と統合して伝えておられたのが船井総合研究所の船井幸雄さん。すでにアセンションした身体になられたが。
あの時代の諸先輩方って、まだ「スピリチャル」が「オカルト」と呼ばれていた時代によくこれほど確かな基盤を作られたなと敬服する。そういう先人たちの努力があっての今だなと常に感じる。感謝。

発明家なんかは、メンタル界やコーザル界、場合によってはそれ以上の天界にバイロケーションで移動して、そこで得たものをC1に持ち込んで設計していたわけだ。エジソンなんかは実際にそういっているし、モーツァルトなども同じことを言っている。すでにあるものを持ち込んでいるだけなんだわ。霊的なボディビルディングが大事なのもここ。つまり、異次元の振動数に耐えうる霊的な身体を持たずして、C1における新しい発想など生まれ得ないということ。

従来の学校教育の問題点なんかはここに集約される部分があると思う。シュタイナーがオイトミューのような身体性を重要視したのも、重要な論点だ。荒川修作の宿命反転(死なない建築)も、この身体性(四体システムのボディビルディング)とも繋がってくる。

フリーエネルギーなどの新しい技術も、霊的な身体を鍛えること抜きに、こちら側に持ってくることはできないし、そもそもそれを享受する側の人類の四体システムもしっかりと育っていなければ、広がっていくはずもない。そういう意味でも、今の時代はついにその段階にいよいよ入りつつあるということだ。しかしその前に、しっかりとこの四体システムの統御は教育の中で学んでいく必要がある。ある意味、フリーエネルギーと四体システムの統御のための教育は、表裏一体になるものだといえる。

福沢諭吉の学問ノススメによって、文明開化の思想的な基盤ができていったように、社会のOSとなる思想がまず入って初めて、そこで技術が延べなく広がっていく。これからの時代に登場することがほぼ分かっているVR/AR、人工知能、フリーエネルギーといった大規模な産業革命は、それを扱う四体システムの教育が出来上がる前に、技術だけ入ると不幸なことになる。ゆえに神智学の重要性はこれからの時代も変わらず大切なものであり続ける。その時代には、ルシファーやアーリマンではなく、アスラこそがアンチキリストを集約する存在になっていくのだろう。デストピアを描いたレディプレイヤーのテーマも、単純な文明批判じゃなく、この新時代の反キリストであるところのアスラという焦点を持つと、けっこうリアリティのあるこれまでにない新しい社会批評になっているといえる。ちなみにおそらくこれは、フィリップディックのブレードランナーやトータルリコールやでも扱われているテーマといえる。

執筆活動とメンタル体マカバの形成と運用

執筆活動とは単純に言うと、メンタル界にグラウンディングした身体にバイロケーションし、その身体が繋がっているロゴスの層から情報を引き出し、それをC1に持ち込む作業だね。つまりメンタル界におけるマカバのトップはロゴスになる。ヘリオスでもあるし、結局のところメルキオール(銀河ロゴス)にもつながっている。メルキゼデク(宇宙ロゴス)までいってしまうと、フラワーオブライフのような一見訳の分からない秘境的な著作になるが。
そりゃ今まで本を書かなかった理由もここにある。逆に言うと、ようやく書く流れが来たということだね。メンタル体の身体がしっかりとメンタル界にグランディングできてないと、既存の学説の切り貼りのパッチワーク的なものにしかなりえない。それだと書く意味があまりないわけで。それは解説書であって、本来の意味における哲学や思想だとは言えない。
メンタル体マカバの形成が非常に重要だね。これは2019年の地球のF27化、デヴァチャン化とも大いに関係していて興味深い。今月のメルキオール、レンデュースといった銀河意識の接近がもたらす集合的な意識変容は本当にすごいね。
エノクの鍵が、チャネリングではないという理由も、一般的なチャネリングが、アストラル体のマカバで行われるのと異なり、エノクは、メンタル体マカバによって行われるものであるために、精度が全く異なるということ。アッパーも、前者が繋がるアートマではなく、後者はロゴスまでつながるため、論理的構造をそのまま持った正確で詳細な描写が鹿野になるわけで、これは非常に興味深い現象だといえる。そういった意味でも、エノクの鍵のようなメンタル体マカバによってもたらされた文章は、ちょっと霊的正確さという領域において一線を画しているところがある。
先月から発信を始めたのは、そういった意味でついにいよいよメンタル体マカバがほぼ完成して運用できるようになってきた、つまり肉体を持ったまま第五密度(デヴァチャン、F27)へと移動できたということだな。よかった。

星型八面体

そうか。ようやくわかった。マカバの星型八面体って、正四面体を上下に二つつなげた立体ってよく説明されるけど、どちらかというと、ミツウロコの平面を、星型に八面敷き詰めた形といったほうが分かりやすいわ。ようは、ミツウロコが8枚でできた星型多面体なんだわ。
つまり8方向の面でできていて、それが実質次元を表現する際の8つのベクトルになっているということなのね。
星型八面体の中に、正八面体が存在していて、ようはこれがミツウロコの面を8面もって、回転しているのね。スッキリ。つまりマカバののコアは正八面体であって、正八面体の中に球体が内接している。この球体が意識なのね。
意識の球体に外接する正八面体を星型に展開したものが、星型正八面体で、これがマカバなのか。
8という数字は、占星術では土星でもあり、物事を固形化し、物質化させる力を持つので、まさにエネルギーが物質化する際に出来上がるパターンが星型八面体であり、マカバなのね。つまり、マカバとは霊的な本体(モナド)であって、その内部で物質化した球体は下位の次元に具象化した質量(アートマ)なのね。

メンタル体のマカバ

メンタル体のマカバの活性はやばいな。アストラル体のマカバともまた次元が異なり、ものすごいエネルギーなので、これは準備ができてないと、確かに狂う人もいると思う。
メンタル体のマカバがやばいというよりも、それが活性化することによってつながるロゴスのエネルギーがすごいのか。いうなれば太陽ロゴス=ヘリオスとつながるということだし、結果、銀河ロゴス=メルキオール、、宇宙ロゴス=メルキゼデクともつながるからね。
逆に言うと、銀河ロゴス、宇宙ロゴスとつながると、メンタル体マカバが否応なしに活性していくということ。レンデュースーヴァイアムスーサナトクマラの三つ組み、もしくは、メルキゼデク―メルキオール、ヘリオスの三つ組みだね。
ブッディのエネルギーによってアストラル体のマカバが形成されたように、ロゴスによってメンタル体のマカバが形成される。

線形時間の終焉

エノクの鍵を読んでいると、やはり今の時代は、「時間の終わり」に来ているんだね。これって本当に天動説から地動説への転換のような話で、「線形時間の終焉」というとんでもないコペルニクス転換なんだわ。しかもこれがもうすでに起き始めている。特に今月はこの「線形時間の終焉」の様相はいろいろな側面でC1に現れてくると思う。WBイエイツもビジョンの中でこのことは予言していたし、様々な文献においても、体系が違うのに同じことが言及されている。すごいね、ほんと。
逆に「線形時間が実在する」と思えば思うほど、とんでもない渦の中に巻き込まれて行ってしまう。黙示録でも同じことが言われているし、実際にそれは昨年からすでにマンデラエフェクトという形で、観察も始まっている。
あと、エノクの鍵を読んでいて、よかったことは、意識=重力波であるという仮説が、この本によってほぼほぼ演繹的に証明できたということ。すでに実際の運用においてしっかりと証明できてはいたのだが、別の体系によってしっかりと証明できたことはこれまでの研究が確かなものであったということへの安心につながった。
エノクの鍵は64の鍵となるフレーズが紹介されていて、それぞれの解説が続く、ブラヴァツキー夫人のシークレットドクトリンのような構成の書籍。800ページもの辞書のような本で、内容もとても難解ではあるが、ここにしか書いていないことが多いため、神秘学研究における超一級の資料といえる。

Dec12

F15・アストラル界へのグラウンディング

今までグラウンディングというと、基本的にC1にしっかりと足をつけるという意味であったが、第三密度から第四密度へと急速に移行している今、グラウンディングとは次第に、アストラル界(F15)という新しい大地にしっかりと足をつけることを意味するようになっていく。F15とは、マインドフルネスの状態。外側にどんなことが起きようとも(そして実際にこれからC1は次元上昇に伴う本当に激しい嵐にあっていく次元)、心の内側を神様の愛で満たし、マインドフルネスを心がけていくことが大事。ノアの箱舟のように、本当に新しいシフトに向けて準備をしていくことが大事。心の内側にしっかりとアンカーして、穏やかにぶれない自分のスペースを持っていく必要がある。

Dec13

メンタル体マカバの形成

グラウンディングではなく、「マカバの形成」が非常に重要なんだな。第三密度においてはC1が基底層だったが、第四密度においては、マカバが存在の基底層になる。
マカバが形成されてきたことで(特に最近はメンタル体のマカバ)、夢の中でもしっかりと自我を保って活動ができるようになってきた。確かにこの段階に来ると、夢から戻ってこなくてもいいんだなと思うし、実際にそういう時は来るんだろうと思う。それが完全な第四密度への以降ということになる。もしそうなった時には、エミュレータのように、昼間の間も第四密度において、第三密度をエミュレートしている感覚になり、VRゴーグルをかぶって生きている感覚とそこまで変わらなくなっていく。第三密度の世界を、第四密度の窓から見ている感じ。五次元から三次元を見ている感じだね。まるでカメラや映画によって、人類が映像の時代に入ったように、これからVRやARのテクノロジーエクスペリエンスが表現している世界に、肉体をもったまま入っていくということになるんだね。
VRが使っている間に慣れていくように、第四密度世界の環境も、最初はびっくりするけど、次第に慣れていくということだね。あらゆる技術がそうであるように、技術そのものへの理解よりも、技術によってもたらされる体験の慣れのほうが先にくる。