Apr07

所得格差と消費格差について

この記事は、2015年と庶民の食べ物牛丼すらプレミアムになっていた時代で、高級品志向が究極まで強くなっていた真っ最中の分析だが、非常に興味深い。格差社会は、所得格差よりも消費格差の方が大きいということ。所得よりも消費の方が大きいということは、つまり簡単に言うと家計は立派な赤字なわけで、それを補填するための個人向けの借り入れがバブル崩壊以降の金融政策で90年代以降緩和されたことによって、個人の借金が増えていることで成り立っているだけなのでは。90年代以降、家計の平均貯蓄が減っており、なおかつ単身世帯の中央値が0円になっているのも、確実にバブル崩壊以降の個人向けの金融政策の緩和が関係している。そもそも生活を借り入れに頼っていて、貯蓄がない(当然時代背景的に所得も上がらない)ので、そもそもそうした経済的な理由から、結婚できないというのが重要な理由なのでは。離婚率がここ数年減ってきたのも、そもそも結婚する人が減ったという(結婚しなければ離婚もできないという当たり前のこと)が関係しているのも興味深い。つまり今後数十年というスパンにおいてはすでにフランスではそうなっているように、結婚離れと、より流動的なパートナーシップ契約や、家族の新しい形などが模索されていくことになるのだと思う。
そもそもこうした背景にあるものは、高級志向に基づくマーケティングで、それは実体経済に基づかないただのバブルだったのでは? ずっとこうした実体経済に基づかないいびつな状態を続けていくわけにはいかないから、IoTの発達によって、モノがシェアされる時代に入ったということだと思う。いまのキャッシュレスブームも社会システムとしての背景にはこうした理由があるし(貨幣そのものが20パーオフなどになることによって、高級品を中心とした価格弾力性が高い商品に対する消費性向は上がるので、一時的には売り上げは上がっていく)、お金のかつての仕組みの終焉はこの辺りに始まっていくのだと思う。小泉政権時代に意識の中にインストールされた格差社会という概念によって成り立っていた高級志向のマーケティングが、IoTの普及によって、成り立たなくなっているということでもある。
そしてこうした時代に思春期や少年少女期を送る世代は、そもそも物的なものに承認欲求を求めていくこと自体が、感性として、ダサい、古い、ナンセンス、オヤジ、オバサン的なものと感じるようになっていくのだろう。このあたりを時代感覚として、ちゃんと時代の変化に合わせていかないと、ただの時代錯誤の痛い大人になってしまうだろう。これがまさに壮年期におけるジェネラティビティの獲得というテーマになっていくのだね。
流行に流されず、なおかつ意識的に選択的に時代に適応するためには、自分の美意識(単純にファッション的な意味での美意識ではなく、それも無論含まれるが、カント的な意味でのより抽象度の高い判断力としての美意識)に基づくスタイルを持つ必要があるということだね。
実体経済に基づかない高級志向路線の結末って、バブル時代の負の遺産として有名なチバリーヒルズ(ワンハンドレットヒルズ)みたいになっていくんだろうね。
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