Apr21

メシアニックアストロロージャー

今の自分の占星術師としてのポジションを表現するならば、キリストの再臨を待ち望み、福音の重要性を伝えるという意味で、メシアニックアストロロージャーといえるね。これはいうなれば東邦の三賢者がその元型、鋳型であるともいえる。
占星術に「救済論」を入れると、結局メシアの再臨と福音が大前提となる。こうしたフレームで考えると、今の自分の占星術師としての立ち位置はかなり明確になるね。
また、主が、啓典の民としてアブラハムを選ぶ前までは、宗教とはすなわちバビロニアの神学であって、それはつまりは占星術であった。ルーツをたどれば、占星術は、神と人類の間に旧約が結ばれるまでの時代においては、中心的な神学だといえ、その後、アブラハムの宗教が生まれてからは救いの中心原理は、聖書の世界へと移行していったといえる。
そして僕自身が今やるべきことは、何より聖書理解を深めることだね。占星術師から、福音師へと生まれ変わることが非常に大切な時だ。ちょうど、アメリカのニューエイジの旗手だった、ドリーンバーチューが、キリスト教福音派に回心したというのも(そしてそれがまさに異教徒であったパウロがダマスコスへの道の途中で、キリスト教へと回心した時のように、イエスが肉体をもって現れたという全く同じ奇跡を、ドリーンが体験したということも重要)。僕自身も、2017年3月から、まさに同じ経験をして、また主の御心と御業によって同じ道に進ませていただいているということも、非常に大事なこと。(このリンク先の2017年7月に書いた記事では、僕は体験したことを、もはやこれはギャグでしかないと混乱しているのだが、むろん今となって、様々な神学的研究を深めていくと、まさに主の栄光によってこれが奇跡を体験したということだということはいうまでもない。)

(第二コリント第12章より)無益なことですが、誇るのもやむをえないことです。私は主の幻と啓示のことを話しましょう。 私はキリストにあるひとりの人を知っています。この人は十四年前に――肉体のままであったか、私は知りません。肉体を離れてであったか、それも知りません。神はご存じです。――第三の天にまで引き上げられました。 私はこの人が、――それが肉体のままであったか、肉体を離れてであったかは知りません。神はご存じです。―― パラダイスに引き上げられて、人間には語ることを許されていない、口に出すことのできないことばを聞いたことを知っています。このような人について私は誇るのです。しかし、私自身については、自分の弱さ以外には誇りません。 たとい私が誇りたいと思ったとしても、愚か者にはなりません。真実のことを話すのだからです。しかし、誇ることは控えましょう。私について見ること、私から聞くこと以上に、人が私を過大に評価するといけないからです。 また、その啓示があまりにもすばらしいからです。そのために私は、高ぶることのないようにと、肉体に一つのとげを与えられました。それは私が高ぶることのないように、私を打つための、サタンの使いです。 このことについては、これを私から去らせてくださるようにと、三度も主に願いました。 しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。 ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。

そもそも僕自身にとっては力強くキリスト教や福音を否定する理由は何一つない(むしろ福音を信じてきたのであって、今はその信仰告白をしているだけ)ので、むしろスムーズな移行だともいえるが。