Apr26

ニューエイジ文化における恋愛観の構造的な矛盾点

日本におけるニューエイジ文化独特の恋愛観構造の矛盾点がよくわかった。
ソウルメイト、女性の社会的、精神的、経済的自立を前提とした対等なパートナーシップ、両性具有的なジェンダーフリー論、内なる女性性、内なる男性性といった概念、個人の中での両極性の統合といったニューエイジ特有の考え方って、そもそも、アメリカのウーマンリブやフェミニズム、女神運動、ペイガニズムなど、聖書的な家父長制に基づく男尊女卑的な価値観を否定するために生まれた概念で、伝統的なキリスト教カソリックのサクラメント(秘跡)としての結婚を否定するためのものだから、ニューエイジ的価値観を進めれば進めるほど、そもそも家父長制に基づいて形成されていたカソリック的な愛であるロマンティックラブイデオロギー(一生に一度の相手と恋に落ちて、結婚して、愛する子供を育てることが素晴らしいという概念)から、むしろ遠くなるんだわ。つまり(福音が内在していない)ニューエイジと、ロマンティックラブイデオロギーは両立しえないということだね。
そもそもこのロマンティックラブイデオロギー自体が、伝統的なキリスト教観からきていて、人の愛(エロス)ではなく、神の愛(アガペー)が前提となっているから、そもそも創世記に基づく聖書的な世界観がないと普通は成り立たない。日本にロマンティックラブイデオロギーが入ってきたのは戦後映画などでアメリカ文化が入って以降の話。戦前は、日本の伝統的な家同士の結婚という価値観であって、お見合い結婚が中心で、恋愛結婚はあまり一般的ではなかった。
ニューエイジ的恋愛観を信奉するということは、神は外側ではなく、自分の中にあるということだから、聖書的な神に約束するという要素ではなくなるわけで、結婚という枠組みに永続性がなくなるのは当然のこと。
しかもビートルズというアイコンを中心として、サブカルチャーとして70年代以降に入ってきた、日本のニューエイジ は、前提として聖書的な世界観やイエスの福音の概念がないので、そもそも最初からサクラメントとしての結婚という概念や、ロマンティックラブイデオロギーのベースとなるべきアガペー的価値観を担保する福音の要素もないわけで、ますます状況は悪くなる。
イタリア人の離婚率が非常に低いのは、そもそも伝統的なキリスト教のサクラメントとしての結婚観があるからなんだな。
そもそもロマンティックラブイデオロギーとニューエイジ的恋愛観はその成り立ちからして矛盾していることを、そもそも日本にいると、ニューエイジ の他の要素同様、非常に気付きにくい構造になっているんだね。