May01

敵を愛すること

聖書の世界において、「ありのままの自分」を受け入れるとは、自分が罪人であるということを受け入れるということ。そして、その上で、イエスが、人類のためにアダムとイブの時代から続く原罪を背負って、十字架の上で罪をあがない、墓に葬られ、3日後に復活をし、今も生きておられるという事実を信じることで、主に、罪を赦されるということ。キリスト教における愛とは、すなわち赦し。つまり、汝の敵を愛することに、愛の全てが含まれている。
つまり罪人である自分が、主の一方的な恵みの愛によって赦されたように、自分に罪を犯す隣人について、赦しなさいということ。

「いいですか、よく聞きなさい。あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者によくしてあげなさい。 あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者に神の祝福を祈り求めなさい。 もしだれかが頬をなぐったら、もう一方の頬もなぐらせなさい。」
ルカの福音書 6:27-29

「自分を愛してくれる人だけを愛したところで、ほめられたことでも何でもありません。神を知らない人でさえ、それぐらいのことはします。 よくしてくれる人にだけよくしたところで、何の意味があるのでしょう。罪人でさえ、それぐらいのことはします。」
ルカの福音書 6:32-33