May02

グノーシス的脱獄か、恵みによる恩赦か。

グノーシス主義は、いうなればこの現実と呼ばれる監獄を出るための、脱獄の方法。映画の「ショーシャンクの空に」は、まさにこうしたグノーシス主義的な世界観(無実の罪にとらえられた主人公が、終身刑になり、模範囚になっていくことで、塀の中の世界を変えていこうとする物語、続きは…ネタバレになるのでいえない。)だといえる。仏教では、この塀の外にでることを、「悟り」や「輪廻転生からの解脱」と呼んでいる。基本的に一般的な宗教というものは、「技による救い」をベースにしている。映画マトリックスも、まさにグノーシス的だ。
しかし、聖書の世界は、主による「恩赦」であり、イエスを救い主として受け入れる全てのものが、その「恩赦」にあずかることができる。イエスの言葉は、すべてのサタンの作用(仏教だと煩悩、神道だと穢れ、スピリチャルな文脈だとマイナスエネルギー)といったものを、取り払う力がある。そして、ゴールもとてもシンプルで、すべての人が最後の審判の日に「永遠の生命」を得るに至るという明確な答えを、用意してくださっている。
これは、本当に素晴らしい恵みで、僕自身は、「技による救い」救いをベースにした神智学やグノーシス主義を通じて、ある意味「脱獄」的な経験をした魂であるが、これだと、僕だけ救われて、他の人が救われない。これだと、僕自身が今回の地球に生まれてきた意味が、全く意味がないなのだ。
すべての人が救われて、初めて意味がある。これは、アトランティスの時代に、スターピープルとしてやってきて、人類にグノーシスを伝えたが、しかし結果的にうまくいかず、人類を救えなかったというある種の深いトラウマを持った魂にとっては、共通する願いではないだろうか。
その意味で、主がもたらした恵みによる愛は、本当に深い意味を心の深い部分で感じ取る。そして、感謝の気持ちが沸き起こる。今回は、すべての人が救われてほしい。これは本当に僕が、心底、心の深い部分から、強く願い、祈り、求めることだ。
イエスキリストの御名において、すべての人が救われますように。アーメン。