May02

二極化する世界を統合するイエスの御言葉。

二極化する世界を統合するイエスの御言葉。

「貧しい兄弟は、自分が高められることを誇りに思いなさい。 また、富んでいる者は、自分が低くされることを誇りに思いなさい。富んでいる者は草花のように滅び去るからです。 日が昇り熱風が吹きつけると、草は枯れ、花は散り、その美しさは失せてしまいます。同じように、富んでいる者も、人生の半ばで消えうせるのです。」
ヤコブの手紙 1:9-11 新共同訳
https://www.bible.com/1819/jas.1.9-11.新共同訳

貧しさもまた主のたまものであり、貧しさの中でしか、人は主の偉大さを感じられない。日々の暮らしへの感謝の気持ちも、貧しさゆえに感じることだ。富は人を傲慢にさせる。
また、その一方で、「富むものは自分が低くされることを誇りに思いなさい」という御言葉も、富むものにとって、非常に深い救いの言葉だ。最も霊的に富むものであるイエスキリストを、すべての人類の僕(しもべ)として、主は御遣いになった。富むものは、自分が傲慢になることを常に恐れ、また人とのつながりを感じられず、孤独になることを恐れている。しかし彼を富ませる社会的な地位や名声ゆえに、そうした孤独は誰にも理解されることはない。そうした苦しみの中にいることもまた、主の試みのひとつなのだ。その意味で、イエスの御言葉は、自らを世界で最も低いものにしてくださる。これはとほうもないイエスからの恵みの言葉なのだ。

何もこれは、物的な富だけではない。その人が持つ現世的なたまもの全てにおいていえること。その人しか持っていない長所、ひとから羨まれること(外見的な美、裕福な家に生まれたこと、人よりも優れた能力や知性、社会的な地位、社会から評価される能力)によって、人は嫉妬や嫉み、やっかみ、孤独という苦しみを受ける。「美人薄命」というのも、まさにこうした苦しみを表現しているのではないだろうか。
しかしこうした人に気づかれにくい、そしてともすると、孤独ゆえにサタンの僕になってしまうような、苦しみをも、イエスは、「富んでいる者は、自分が低くされることを誇りに思いなさい。」と勇気づけてくださるのだ。そうした賜物を、僕(しもべ)として、社会のために生かしなさいと、勇気づけてくださるからだ。

「身分の高い者も低い者も、 神の目から見ればみな無に等しく、 天秤で計れば、空気より軽いことがわかります。」
詩篇 62:9 JCB
https://www.bible.com/83/psa.62.9.jcb

イエスキリストの御名において、お祈りします。アーメン。