May23

父親の権威(へブル的価値観)について

アメリカ型の心理占星術理論をそのまま日本に適応しても、結局背景にあるへブル的価値観(父なる神との関係性)がないから、日本人にはしっくりこないことが非常に多い。日本人にとってそういった権威を持った父親というのは、ただただ高圧的な父親像として見えてしまうんだよね。エディプスコンプレックス的なテーマにおいて、しっかりと癒されきる人は結局のところ、最初からベースにヘブル的価値観がある人。そもそも、権威ある父性というへブル的価値観の背景であるところの新旧両聖書をしっかりと学ばないと、こうした心理療法は、有効に機能しないんだよね。
つまり、父親不在をどのように癒すのかという背景に、「権威ある父性が自分を愛する」という元型自体が、そもそも日本の精神性の中にない。昔は近代天皇制によって確立されつつあったんだけど、敗戦でそうした精神的な背景がなくなってしまっている。ここが非常に重要な問題なんだよね。
時代の流れが自由主義的、個人主義的な傾向を持つ、ヘレニズム的な価値観によればよるほど、おのずと心の内面は権威ある父親が不在になり、家庭が機能不全になっていくという流れも、ある意味当たり前だといえる。アメリカで、キリスト教右派である福音派の思想が広がっているのも、まさにこうした父性の不在を補う上で、必要不可欠なバランスになっているのだともいえる。ある意味日本に限らず、世界的な現象であるともいえるが、しかし日本においてはそもそもへブル的価値観が抜け落ちているので、事態はより深刻な状況にあるともいえる。その意味で、新約聖書だけでなく、へブル的価値観のベースであるところの、旧約聖書を理解することは非常に重要な要素になるね。分かりやすく言うと、父親を畏れること。父親を愛すること。こうした精神構造が、国家神道が現わしていたへブル的価値観が、戦後全面的に否定され、自由主義的、個人主義的なヘレニズム的な思想や価値観が広がることで、父性が持つべき承認の機能が失われて行ったということなんだよな。