Jun09

【ベツレヘムの星便り】400年の時を超えて、動き出す「愛と目覚めの物語」

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◆【ベツレヘムの星便り】(旧:ユピテルジョージの今週の星便り)
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 2019/6/9                  355号
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こんにちは、杉本譲治(旧:ユピテルジョージ)です。
いかがお過ごしでしょうか。

メールマガジンの名前が変わってしまって、驚く方も多いかもしれません。
先週のメルマガにてお伝えしたのですが、この2019年6月から、
西洋占星術師ユピテルジョージとしての活動を、全て終了し、
これから一人のクリスチャン杉本譲治として、
皆様に、メッセージをお届けすることを決意しました。

▼週間占い、および、新月満月占い終了のお知らせ
http://www.ondorinohane.com/blog/2019/06/post_1359.php

といっても、皆様に届けるメッセージはこれからも変わらず、
愛を込めた、この高度に情報化した時代を心豊かに生きるための秘訣を、
お届けしていくというコンセプトは何も変わりません。

セラピストとしての活動開始から12年。
気づけば、僕がスタートした時には考えられないくらい、
スピリチャルな世界は、
日本でも広く受け入れられるようになりましたね。

しかしその一方で、日本が欧米から受容した
現在のスピリチャリティの文化は、現時点では、
全くもって不完全なものであると
言わざるを得ない「致命的な盲点」があります。

それは、欧米ではあらゆる全ての常識であるところの
「キリスト教への正しい理解」が、
日本のスピリチャリティにおいては、
あまりにも、すっぽりと抜け落ちてしまっているということです。

12星座占い、ホロスコープ、新月や満月占い、
引き寄せの法則、原因と結果の法則など、
日本が受容している占星術などを始めとした
ニューエイジ的なスピリチャリティは、
本来の海外の正当な霊性文化から見たときには、
あくまで「本流ではない亜流のスピリチャリティ」であって、
真の意味での多くの人の人生を救う本家本丸は、
「キリスト教」にあります。

そもそも占いは、キリスト教においては、
厳しく禁じられていることはご存知でしょうか。
欧米における占星術師やニューエイジャーはこうした
キリスト教世界の枠組みの中で、あくまで「カウンターカルチャー」
として形成されてきた文化なのです。
それが日本に入ってきた段階で、こうした前提が崩れてしまっているのです。

このことは、日本のスピリチャリティ受容において、
全く持って、看過できない「盲点」ですし、
このままいくと、むしろ日本のスピリチャリティは、
SNSにおけるエコーチェンバー化などもあいまって、
かつてのオウム真理教事件のように、
再び危ない方向に進んでしまう可能性も充分にあるとさえ、感じています。

本来、キリスト教というものは、2000年前に西洋文明の中で
それまでの宗教が持っていた様々な問題点を乗り越えるべくして成就した
非常に完成度の高い救いの教理でした。
そして、その後、世界中の3割の人が信じ、
様々な人種や文化を超えて受け入れられるほど
普遍性の高い教えだったのです。
しかし、驚くべきことに、そうした世界の状況と比較して、
いまだ日本のクリスチャン人口は、
全体のわずか「1パーセント」しかいません。
そう、400年もの年月を経ても、この数字はほとんど変わらず、
ずっと「1パーセント」のままなのです。
これは、驚くべき数字だといえるでしょう。

なぜここまで日本におけるキリスト教受容は遅れてしまったのでしょうか?
それには、江戸時代初期の鎖国政策が大きく影響しています。
フランシスコザビエルによるキリスト教伝来から約400年間にわたって、
日本は、キリスト教の受容を実質的に拒み続けてきたのです。

科学や、自由民権運動などは、明治維新とともに
人々の間に受け入れられて、今や欧米世界と比べても、
その差異はほとんど感じないほどまで
追い付きました。しかし、スピリチャリティにおける、
世界ではスタンダードだといえる、キリスト教的考え方の受容は、
キリスト教が禁教だった時代から考えても、人々の意識は、
ほとんど何も変わっていないのです。

例えば、いまの日本の霊性においても、
諸外国から心理学が受容され、「自分を愛する」ということが
盛んにいわれるようになりました。
しかし、そもそも、果たしてどれくらいの人が、
「キリストの十字架における死と復活による原罪の贖い」
「アガペー(無償の主の愛)」というような、
欧米ではあらゆるすべての文化の前提条件となっている
「キリスト教的な愛に関する前提知識」を持っているのでしょうか。

あるいは、例えば、欧米では商習慣の前提となる「契約」という概念について
日本人はとても疎いといわれています。この契約という概念も、
もともとは旧約聖書がルーツにある考え方です。
ユダヤ人が商売が得意という背景も、旧約聖書の世界や歴史を
しっかりと理解しないとなかなか本質的には理解できません。

また、旧約聖書における「アブラハム契約」や「シナイ契約(十戒)」という
ものを知らなければ、なぜ欧米の人が、「罪と罰」という概念を重んじ、
またそれと同時に「赦しの愛(無償の愛)」の概念が存在するかも、
分かりにくいのです。
人類学者ベネディクトが「菊と刀」の中で述べたように、
欧米が「罪」を中心として考える文化であるのに対し、
日本人は集団的な圧力をベースとした「恥」を中心とする文化なのです。

こうした、聖書や、キリスト教の正しい知識抜きに、
どれだけ欧米から入ってくる霊的文化を受容したところで、
本当の意味での理解には遠く及びませんし、
また、そのようなところにどれだけニューエイジ的な思想や、
心理学的な愛の概念を取り入れようとしても、
日本の霊性の開花は、永遠にやってこないでしょう。

あくまで日本人の愛とは、どこまでいっても「和」「情」の延長線上にあるも
のであり、キリスト教の理解抜きに、決して心理学やスピリチャリティでいう
ところの「無償の愛」の理解に到達することはないのです。

僕のこれからの役割は、この江戸初期から約400年間もの間
時が止まってしまっている状況を打破して、
日本のスピリチャリティにおいて「正しいキリスト教理解」
を伝え、「愛」や「赦し」に関する理解をより深めていくことにあります。

さて、新約聖書の世界では、
「ベツレヘムの星に導かれた東邦の三賢者」という物語で、
これから私が皆様にお伝えしていく
バビロニアの神学である占星術から、完成された救いとしての、
主イエスキリストへの信仰へのシフトが象徴的に描かれています。

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★マタイによる福音書 2:1-12 新共同訳
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イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。
そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、 言った。

「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。
わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」

これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。
エルサレムの人々も皆、同様であった。

王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、
メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。

彼らは言った。

「ユダヤのベツレヘムです。
預言者がこう書いています。

『ユダの地、ベツレヘムよ、
お前はユダの指導者たちの中で
決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、
わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』

そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、
星の現れた時期を確かめた。

そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、
見つかったら知らせてくれ。
わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。

彼らが王の言葉を聞いて出かけると、
東方で見た星が先立って進み、
ついに幼子のいる場所の上に止まった。

学者たちはその星を見て喜びにあふれた。
家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。

彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、
黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。

ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、
別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。」

(マタイによる福音書 2:1-12 新共同訳)
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この物語は、
バビロニアを中心として発達した占星術を使った王政の時代が終わりを遂げ、
キリスト教という、万人のための救いの教理が、誕生したことを
告げ知らせてています。

東邦の三賢者、つまりバビロニアの占星術師たちが、
「ひれ伏して幼子を拝んだ」という記述も
この「星」から「イエスキリスト」へという、
根本的な変化を、象徴的に語った言葉なのです。

今回のリニューアルにあわせて【今週の星便り】から、
【ベツレヘムの星便り】へと、新しく名前を変えたのには理由があります。

僕自身、これまでの12年の活動の中で、前回もお伝えした通り、占星術を使っ
た救いには限界があることを、深く悟りました。
そして、これにはそもそも、日本のスピリチャリティにおいて、江戸時代の鎖
国から綿々と続いているキリスト教への誤解があることが、年々理解できるよ
うになっていったのです。

そして、深々と、ひれ伏して幼子を拝む東邦の三賢者のように、「主イエスキ
リストの御言葉」こそ、これからの日本の霊性改革の本家本丸になることを深
く予感しているのです。

また、旧約聖書の中で、イエスキリストの到来について預言されているイザヤ
書においても、イエスキリストの再臨に際して、日本における霊性の目覚めが
あるということについて記述されている箇所があります。

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★イザヤ書24章15節 共同訳
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「それゆえ、あなたたちは東の地でも主を尊び/海の島々でも、イスラエルの
神、主の御名を尊べ。 地の果てから、歌声が聞こえる。「主に従う人に誉れ
あれ」と。」
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このイザヤ書の「東の地」「海の島々」は日本を指しているという説が以前よ
り根強くあります。
その意味でも、私たち日本人が正しく聖書の世界を理解し始め、霊的な目覚め
を遂げていくことは、何も日本だけの意識改革にとどまることなく、これから
世界中に大きな影響を与えていくといえるのです。

こうしたテーマを深いベースに据えながら、今回新しく生まれ変わった【ベツ
レヘムの星便り】では、日本がこれまで400年にわたって取りこぼしてきたキ
リスト教や聖書のエッセンスを、皆様に分かりやすくお伝えしていきたいと思
っています。

このことによって、何よりあなた自身が、私自身が感じてきたような「救われ
る感覚」を感じられるようになっていくと思います。聖書はあらゆる世界にお
いて、いつの時代にも、人々の心を勇気づけ、慰め、常に寄り添ってきた神の
言葉だからです。

これから心を込めて書いてまいりたいと思います。ぜひ、これからもご愛読の
ほどをよろしくお願いいたします。

なお、これまでは月曜日配信でしたが、今回から日曜日配信となります。これ
はキリスト教においては、人々は日曜日に教会に集まり、主に祈る習慣がある
からです。これを安息日といいます。その意味で、このベツレヘムの星便りが、
あなたにとって一つの「不可視の教会」であり、また「安息日の祈りのための
書簡」になればという思いを込めています。

ペンテコステの日である今日、主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交
わりが、あなたがたすべてとともにありますように。アーメン。

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杉本譲治メールマガジン【ベツレヘムの星便り】
発行者:杉本譲治(旧:ユピテルジョージ)
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▽今週もあなたにとって素敵な1週間になりますように。
父と子と聖霊の御名において、お祈りいたします。アーメン。

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