Jun02

成就した仏の教えとしての、キリスト教。外的召命時代から、内的召命時代への過渡期となる今。

イエスキリストを救い主として受け入れることで、肉において罪(仏教でいうところのカルマ)は死に、罪の奴隷から解放されて、霊において義に復活し、永遠の生命を生き始めるので、結局、輪廻転成はしなくなるんだよね。つまり仏教的にいうとイエスキリストを信じた段階で、聖霊が内住し、輪廻転成から解脱する。つまり仏教的にいうと悟りが始まる。キリスト教の影響を受けて成立した浄土宗や浄土真宗も基本的に同じ思想なのだが、聖書に基づいた教義の方が、その教理の大元ということもあって非常にわかりやすいし、また救いの教理としての機能性が高い。
神智学でいうと、イエスキリストを自分の救い主として受け入れることは、コーザル層のカルマ(罪)によって支配される人生が終わり、ブッディ(主の愛、キリストの体、普遍的な教会・不可視の教会、時の終わりと永遠)に生き始めるということ。コーザル層ベースで成り立つのが一般的な宗教で、キリスト教神学はブッディ層を基底層として成り立っている教理。パラダイムが全然違う。
徳川幕府の鎖国によってこうした救済論としての完成度が非常に高いキリスト教が、国を脅かすものとしてはねのけられたんだけど、もし西洋からやってきたバタ臭い非仏教的なものとしてではなく、当時の宗教関係者を中心として成就した仏教教理として受容していたら、日本はおそらく全く違う歴史、国になっていたのではないかと思う。それがまさに今始まる時なんだろうと思う。
日本の諸外国からキリスト教の価値を伝えられる外的な召命の時代が終わり、聖霊の働きを通じて自らイエスキリストやパウロを始めとした使徒たちの言葉を理解できるようになる内的な召命が起こり始める時。日本の霊性がいよいよ目覚める時。