Jun03

週間占い、および、新月の願いごとと満月のリリースのワークの終了のお知らせ

こんにちは、ユピテルジョージです。いかがお過ごしでしょうか。
今日は、週間占い、新月の願いごとと満月のリリースのワークの終了について、
皆様に大切なメッセージをお知らせします。

ちょうど、今月で、活動開始から12年になります。
この12年の間にも、西洋占星術師として、セラピストとして、
神秘学の研究者として、実に様々な経験をしてきました。

今年に入ってから、これまでの12年間を振り返りながら、
できたこと、できなかったことなどを整理し、
じっくりと自分の人生の方向性を考えてきました。

そこで、先月あたりくらいから、ゆるぎない自分の確信として、
人生のかじ取りを大きく変えていくことを決断しました。

それは、西洋占星術師を辞めて、自分自身のより深い部分にある
ルーツである、聖書やキリスト教の世界を伝えていくことです。
そして、イエスキリストが伝えた「無償の愛」とはどのようなものなのか
ということについて伝えていくことを、
今後の活動の軸に据えていくことにしました。

こうして決めた背景には、様々な理由がありますが、
まず私にとって一番大きいことは、
占いや、神秘学には、人を導く上で、
限界があるということを、痛切に感じることが増えてきたことです。

自分自身もセラピストや占星術師の育成に長年携わってきたので、
自分の人生は、自分一人の人生ということだけでなく、
セラピーや占星術の世界に対する責任があると思って常に活動してきました。

特にこの5年ほどで強く実感するようになったのですが、
SNSの発達などによって、 10年前に比べて、情報発信は格段に楽になり、
セラピストとして、占い師として発信するハードルが下がったことで、
必ずしも倫理的、霊的に正しいと思えないような玉石混交の情報が、
ネット上に蔓延するようになってしまっていることに危機感を持ってきました。

そして、少なからず、自分自身の歩みを振り返ってみたときに、
こうした流れに、何よりも自分自身が参画していたのではないかという
深い反省があります。

どれだけ、自分が正しいと思う表現をしていたとしても、
人間である以上、発言や生き方にもぶれが生じますし、
また、伝言ゲームのように言葉が広がる過程の中で、
同じことを表現しているようでいても、
全く異質な言葉になってしまうこともあります。

特に、僕自身が振り返ってみて思うことは、
これまで12年間、一貫して、「自分を愛すること」がとても大事だという
メッセージを伝えてきました。
しかし、最近のインターネット上での論説の傾向を観ると、
こうした言葉はしばしば「他人を気にしないで自分軸で生きること」
「自分勝手にふるまうこと」という誤った理解をなされてしまうことが
多いんだなということを、振り返って感じ、
こうしたことに胸を痛めることが多くありました。

こうした論調は、エコーチェンバー現象とも呼ばれています。

【エコーチェンバー現象とは】
https://bit.ly/2GJ10nn

本来SNSの登場は、「友達の友達は、友達だ」という思想で作られたものであり、インターネットで多くの人たちとつながるはずだった人々が、
むしろ、SNSの枠組みの中で、価値観の合う人とだけつながるようになり、
異質な考え方を持った他者とのつながりは分断され、
むしろ人々は、孤立していっているのではないかと感じています。

おそらくこうなってしまった背景には、SNSだけでなく、
占いや自己啓発の文脈を作り出す思想そのものに
構造的な欠陥があるという問題に、気づき始めたのです。

こうした最近の流れを見ながら、自分自身の在り方をどのように
正していけばいいかということを、特にこの数年は深く向き合いながら、
考えてきました。

そこで出た答えは、「自分を愛すること」の前提にあるものとして、
そもそも「人を無条件で愛せるようになること」「犠牲の愛の大切さ」を
ダイレクトに伝えていくことの方が大事だということでした。

そして、この思想はどこからくるのだろうと、
自分を深く振り返ってみたときに、明らかになってきたのは、
キリスト教の価値観であり、また、聖書の言葉だったのです。

僕自身が、聖書の世界と初めて出会ったのは、小学生の時。
学校の近くで、いつも近くの教会の人が、紙芝居をもって
聖書の話をしてくださっていました。

よく考えてみると、この時に、僕自身は、
「人を無条件で愛すること」の大切さ
「汝の敵を愛せよ」という言葉の重みを深く学んでいました。

ある意味この経験がなければ、自分の人生を投げうってでも、
人助けの人生にしていこうとは思わなかったと思います。

結果的に、聖書という「無条件の愛」の概念を示す
自分にとっての根本的なルーツに行きつくまでは、
仏教、神道、東洋占、風水、西洋占星術、心理学、量子力学など、
様々なことを学んできました。

しかし、最終的に、一番伝えたい大事な言葉は、
全て聖書の中の主イエスキリストの言葉であるということに、
深く確信に至りました。

僕自身はカソリックやプロテスタント、正教会、福音派など、
どこか特定の教会、教派に属しているわけではなく、
またいわゆる受洗(バプテスマ)をしているわけでもありません。
しかし、聖書の研究を進め、深めるにしたがって、
日本独自のクリスチャンの在り方を模索し、無教会主義という形を見出した
内村鑑三のように、日本には日本らしいクリスチャンとしての在り方が
あるのではないかということを深く感じる機会が増えてきました。

【内村鑑三】
https://bit.ly/2WIrob4

しかし、こうして自分自身が主イエスキリストを信じ、クリスチャンの価値観に基づいて生きてきたことを、公に告白するのは、今回が初めてです。この数年自分の人生を在り方を振り返ってじっくり内観していったときに、小さいころから、私は主イエスキリストを、自分の救い主として受け入れてきたということに気づいたのです。

と同時に、聖書の世界においては、占いは禁忌でもあります。これまで2007年のスタートから、なるべく「占い」的なものにならないように、心理学や、神智学、量子力学などの学問的なベースを大切にして、「信じる占いではない、使う新しい占い」というコンセプトで、活動してきました。占いではないよ、という気持ちではあったのです。

しかし、やはりよくよく考えてみると、自分がやっていることは、占いに他ならないわけです。また、聖書的神学を学べば学ぶほどに、まったくこうした占いの言葉は、人が霊的に正しい生き方をする時に必要がないばかりか、しばしば誤ったメッセージを伝えてしまうことも、深く感じるようになり、悔い改めていくことになっていったのです。

こうした背景から、私自身、この2019年6月をもって、占星術師ユピテルジョージとしての歩みを終えて、一人のクリスチャン杉本譲治として生きていくことを決断しました。杉本譲治というのは私の本名です。

といっても、基本的にこの12年間皆様に愛を込めてメッセージを届けてきた事実には何も変わりがないですし、むしろ、これからは一人のクリスチャンとして、皆さんのために仕える僕(しもべ)として生きられるということに喜びを感じています。

また、「占い」を求められてきた人にとっても、満足いくような「人生の指針」を、聖書の言葉でどのように伝えていけるだろうかというのが、僕自身の人生における新しいチャレンジでもあります。

週間占いや、今週の星便りも、おかげさまで長年にわたって愛され続けてきたコンテンツですが、これからは占いという形を終焉させ、抜本的に発信の内容が変わっていくことになると思います。しかし、変わらない姿勢は、「一人の人間として、皆さんに、自分の言葉で愛を込めて伝えていくこと」です。

日本人にとって聖書やキリスト教は、あまりなじみのない文化だと思います。そこで、ユピテルさんどうしちゃったんだろうと、不思議に思われたり、時には不審に思われることもあるかもしれません。しかし、一貫して、愛をもって伝えていけば、きっといつかは伝わるかなと信じております。

これから私にとって、新しいスタートになりますが、このメルマガや、週間占いも、一度これまでの発信方法を見直し、新しい時代にあった人生の指針となるメッセージをこれからも伝えていきたいと思います。

こうした理由から、一度、この週間占いや満月・新月占いの更新は終了とさせていただきます。これからの活動についてはブログや、メルマガ「今週の星便り」などで随時お伝えしていきます。色々活動の方向性がきれいにまとまってくるのは、おそらく半年くらいはかかるかなと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。

何はともあれ、これまで12年間の長きにわたって週間占いや占星術の続けてこれたのも、皆さんのおかげです。皆さんのご愛読、ご愛顧に深く感謝するとともに、これからもよろしくお願いします。

最後に、聖書の中から、キリスト教の信仰の根底にある「隣人愛」についての大切なメッセージを引用します。

「たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。 たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。 全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。

愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。 礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。 不義を喜ばず、真実を喜ぶ。 すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。 愛は決して滅びない。

預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、 わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。 完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。 幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた。 わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。

それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」
コリントの信徒への手紙一 13:1-13 新共同訳

これまでご愛読してくださった、皆さんに心から感謝申し上げます。これからも、皆さんに深い愛のメッセージを伝えていけるように、主が見守ってくださいますように。主イエスキリストの御名においてお祈りいたします。アーメン。