Jul04

自己実現神話の中で神として据えられてきたセルフ

承認欲求というワードがある段階でもはや機能しなくなるように、自己実現欲求というのも、そのうち機能しなくなっていく時代が来るんだろうなと思う。そもそも自己実現神話の中にずっとあったけれど、セルフという神話はこの世の事象を全て語り終えるには少し無理がある部分がある。ゆえに自己超越というピラミッドをマズローはその上に置いたが、そもそも自己超越とは、例えるならばこの動物はキリンではないと言っているだけで、どんな動物なのかを何も表現していない。これってつまりはシャカイナグローリーを伴った神の栄光を讃えたいという欲求なんだと思う。聖書はいうなれば、自己実現欲求を超えた、シャカイナグローリーを伴う主の賛美の欲求を規定する重要な書物になると思う。というか主の賛美を求めていけば、自ずと自己実現欲求は満たされる。目的がすごく大事。
SNSやブログを中心として広がる自分を愛するという論説に若干食傷気味だし、正直もうお腹いっぱい。そんなに自分のことしか興味持てないのかなと思う。もっと社会全体に責任を持つ思考になれないものかなと苦言を呈したくなる。
例えるならば、いいねは自己につけるものではなく、三位一体という形で明確な人格を持った万物の創造主につけるものだと思う。