Jul09

若者の文化としてのリバイバル

少し前までは、アメリカでは、キリスト教は、日本のお寺みたいに、おじいちゃんおばあちゃんや、敬虔なクリスチャンが行くイメージだったのが、福音派やペンテコステ派のリバイバル勢力によって、若者の間でも次第にイケてる文化になりつつあるんだよね。こういう文化が日本に入ってくるときはものすごく早いと思う。舶来のものってものすごくありがたがる国民性なので。

まぁそもそもニューエイジ(かつてはオカルト、今はスピリチャル)や占いも、かつては「霊感」とか、おじいちゃんおばあちゃんが「鑑定する」ようなイメージで、決してイケてる文化ではなかったからね。まぁ、それがビートルズや、アンアン、ノンノなどでファッションとして受容され始めてから一気に広がった。そういうことが今後キリスト教文化においても起きてくるんだと思う。大事なことは、キリスト教は、ニューエイジ文化や占いを忌み嫌っているという海外の常識をよく知っておくことだと思う。少なくとも海外のニューエイジ文化や占いは、その大前提の上で成り立っている。つまり常にその論戦が張られた上での敢えてのカウンターカルチャーとしてのニューエイジ、占いを選んでいるという背景を知っておくことは大事だと思う。

スピリチャル=キモい、ダサいという感覚はある意味、日本でもすでにあるっちゃあるが(占い師だった時には、わりとこうしたイメージと戦ってきた)、海外では、アカデミックな側面からも、クリスチャニティという側面からも、もっとそういう風当たりは強い。
と同時に、アメリカ発祥のリバイバルからクリスチャニティ=クールという文脈が入ってきた時には、若者にとっては、まるでニューエイジャーって、70年代のヒッピーおじさんのような、時代に取り残された化石を見るような感覚になっていくんじゃなかろうかと思う。