Jul10

イエスキリストは、世を裁くためではなく、世を救うために来た

カニエウエストにように、現代のロックともいえるヒップホップカルチャーで、聖書の詩篇が引用されるようになると、そりゃ若者の間での御言葉の捉え方も変わってくるよね。言うなればそれまでおじいちゃん世代の古い価値観だったものが、文化的なリバイバルを果たしていくわけで。
イエス様の御言葉は何より貧困や犯罪などに巻きこまれる社会的弱者のための御言葉でもあるからね。その意味でもヒップホップと聖書って意外にも親和性が非常に高い。ドラッグや犯罪の現代的な問題は決してニューエイジ 的思想では解決できないからね。むしろニューエイジ はドラッグを肯定さえしてたわけで。いまだに70年代のニューエイジ のヒッピー文化を引っ張っていて、そういう時代錯誤的価値観で薬物を肯定している人も割といる。ダサいなと思う。現実に薬物依存症で苦しんでいる人はそんなラブアンドピースな反権力といったお花畑のような世界にいるわけではない。もっとエグくてヤバイものだ。ましてゲットーやスラム街などの地域であれば、それに犯罪や、暴力、殺人などが常に隣り合わせにある。そういった混沌とした文化の渦中において叫ばれるヒップホップの言葉だからこそ、イエスキリストへの信仰もまたより深い意味合いを持つと思う。
聖書的に考えても、薬物を使って変性意識状態になり、自分が神だと誤認するというようなニューエイジ 文化って、ようはサタンが蛇に扮して「あなたも神のようになれる」と誘惑したやり方と同じだからね。ニューエイジ 的思想で、現代的なテーマである薬物問題が解決するはずがない。

「わたしを信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように、わたしは光として世に来た。 わたしの言葉を聞いて、それを守らない者がいても、わたしはその者を裁かない。わたしは、世を裁くためではなく、世を救うために来たからである。」
‭‭ヨハネによる福音書‬ ‭12:46-47‬ ‭新共同訳‬‬