Jun06

誕生日の日に

気合の入った文章だけでは読むほうも書くほうも大変だと思うので、
今日は気軽な感じで書かせてください。


今日6月6日は僕の、23回目の誕生日でした。
誕生日というのは占星術的にいうと、太陽が生まれたときの場所に戻ってくる日です。
占星術では太陽は「私は、こういう自分でありたい」
という理想や人生の目的を表すので、
誕生日にはゆっくりと自分自身のことを見つめることで
これからの一年間(つまり太陽が1周するまでの時の流れ)
の未来のビジョンを見つめることができます。


僕自身は6月6日生まれで、占星術ではふたご座になります。
ふたご座のメインテーマは「コミュニケーション」です。
人と人とをつなげたり、新しい世界を知ったり、
物事に常に新しい側面を見出そうとする意欲のある星座です。


この、ふたご座を司る惑星は水星。
太陽系では月の次に早く運行する惑星です。
その早く動く様子から、占星術の世界では、
水星は様々な神様の間を行き来して情報を伝えるメッセンジャーとしての役割
が与えられていました。

水星は英語でマーキュリーと呼ばれますが、
これはローマ神話のメルクリウスの名から来ており、
またギリシャ神話ではヘルメスと呼ばれています。


ヘルメス(ローマ神話のマーキュリー)
はほかの神々の間を行き来するメッセンジャーとしての役割をになっています。


時にいたずらをして、人を困惑させたりもするけれど、
そのいたずらを通して、物事の違った側面を提示したり、
まったくあわない二つの世界の架け橋となってしまったりと、
いたずら好きだけれど、なかなか憎めない神様です。


ギリシャの神様ヘルメスは、
紀元前3世紀から紀元後3世紀ごろのヘレニズムの時代に、
エジプトの知恵の神「トート神」と融合されて、
ヘルメス=トリスメギストス(ヘルメスの三倍偉大という意味)
という神話的な人物へと変化し、
錬金術や魔術、占星術の創始者として奉られるようになりました。


こちらのヘルメス=トリスメギストスのイメージでは、
むしろ先程のいたずら好きの憎めないイメージよりかは、
宇宙の叡智を提示するようないわゆる
賢者
のイメージが強くなってきます。


僕自身も、ギリシャ神話のヘルメスのように、
人々の間のメッセンジャーとして活動していくこと、


また、ヘルメス=トリスメギストスのように、
見えない世界を模索したり、
人間の心の世界や、
あるいは大いなる自然の中に眠る偉大なる力を見つめていくこと
を職業としていきたいと思っていました。


そして、誕生日のこの日、自分の昔からの夢や思いが形となって結実したことに、
両親や、友人、
これまでお会いしたお客さん、
僕を支えてくれる人々に、


大変感謝しています。


Jun08

挑戦すること

大学を卒業しても占い師の道を歩んで行くこと


を決意したのは、ちょうど一年前の6月だった。


丁度このころ自分は将来の道に悩んでいた。


社会の中で生きて行くとはどういうことなのか?
職に就くとはどういうことなのか?
大学卒業後は、大学院にいくのか?占い師になるのか?


去年の5月と6月前半は、将来の道から
目を背けて完全に迷っていた。


分けも分からず、ただただ毎日の慣れ親しんだ日々を
忙しくこなすことで
日々無理矢理満足させていた。


しかし、いつまでもそうして迷うわけにもいかず。
どんどんと元気がなくなっていく自分を見て


親しい友人は僕を心配し、
そして叱咤した。


「譲治君(僕の本名)は将来を考えることから逃げている」


そう強く指摘されて、自分の置かれている状況に気付いた。


「逃げてばっかりはいられない。」


今日は一年前の6月29日のmixiの日記で書いた内容を
載せます。

**************************

慣れ親しんだ日々のなかで人は目標を失ってしまいがちだ。
夢は、今の自分の一歩前にある。


一歩進むことを決めるのは、
やはり
自分しかいない。

**************************


以下、昨年の6月29日mixi上の日記より


2006年06月29日 00:19 題名『 挑戦すること』


オープン教育センター設置の自己表現論(原孝先生)の授業の中で
(およそ180人くらいいるんだろうか。)


◯私と早稲田
◯私と就職
◯私と両親


について誰か語れ、と原先生がいった。


◯私と就職


自分は就職活動もしてこなかった。
大学4年が終わったって、会社に入るわけでもない。
社会にでるったって、具体的な道がいまあるわけじゃない。
そんな状況やから、就職についてあの場でちゃんと語ることなんて、
できないやろうと


頭ではわかってた。


原先生が出した私と就職という論題とは、それた話をすることになる。


ただ、最近心に決めたことがあって、
心から何度もドンドンと扉を叩くのが聞こえる。


この気持ち、出さなあかん。


「学生でなくなっても、占い師の道を歩むこと。」


就職っていうか・・職に就く、ということを、
最近そう決めた、後ろめたさでいっぱいの、
その思いを語りたかった。


いけ。うしろめたくてもいいから、いくんや。


という心の声がきこえる。勇気。

大勢の前で自分の気持ちを素直に伝えることが
あんなに緊張するものだとは思いもしなかった。


いつもは声の大きさには自信があるのに、
前に出て、喋ろうとしたとたん、


声が出ない。

全く出ない。

手は震える。

声を出したいのに、緊張が先走って、

ボソボソと喋る俺。

涙が出そうになる。

自分の思いを上手く伝える自信
など
全然なかったが、


しかし、ただずっと席にすわっていつか前にたって
いえるような自信がつくだろうと


ぼーっと


発言する機会がくるだろうと待っているだけでは、


多分自分は変わらない。

見切り発車。
後ろめたくても、自分の正直な気持ち、
想いを表現すること。


それを決心するのは理性などなかった。


ただただ心の声に素直にいくことだけやった。


いつもの調子で話そうとしても、
声が出ない。


自分の正直な思いを喋るということが
こんなにも緊張することだとは思わなかった。


将来占い師になるということ
を初対面の大勢の前で言うことは
ずっとずっと抵抗感があった。


占い師をやっているといっていながら、
いつもどこかに


逃げ道


をつくっていた。


逃げ道をつくって


将来


を考えないようにしていた。


大学院にのこって研究者としてやってく、
占いもやりながら。


ほんまにそうなんか?俺。

占いが好きだ。


占いがやりたい。


それは、自分の正直な思いだ。


ずっと、その気持ちを伝えることで、誤解されることを恐れていた。


批判されることもあるし、多分
何か新しいことを始めよう、
何かを決意しようと
いままでの自分の現状を捨てて
走り出すとき、


理性的に考えようとする余裕など
生まれなかった。


今日あの場に出て話した内容は、多分
意味不明
だっただろう。


最初から、上手く伝える自信なんかなかった。


内容は支離滅裂で、
いつも冷静に相手に伝わるようにと、
練って練って考えるいつもの自分の姿とは違う自分やった。


ずっと抑圧していた自分、
ここ2年間くらいで保守的になって、
ずっと恐れて、
逃げていた
もうひとつの自分の姿や。

今日はいつもいつも考えようとしていたこと、
「伝える相手のことの立場にたって、ちゃんと伝わるように伝える」
ということを考える余裕がなかった。


いつもの落ち着きももてなかった。


震えていた。


とにかくとにかく今の自分を振り絞ることしかできなかった。

いままでにしたことのない挑戦やった。


いままで自分が作り上げた
「おちついて思慮深い自分」
という自己像の中で、


自分の中で理屈をつければ、
前に出て話さないことはできた。


後でじっくり考えることだってできた。

「決して、前に出て話すことがいいことではないやろう、
俺の話、
聞く方に身になってみーや。
ちゃんと整理してから伝えた方が、
いいで。
もっと上手く伝えることできるやんか。」


でも、
いいわるいじゃない。


どうしてもそのとき、
自分にとって必要なこと
だった。


誤解をされることもあるだろうし、
上手く伝えることもできないだろうし、
けれど、
いまの自分の像を打ち壊して、
さらに新しい旅にでるためには
どうしても必要なことだった。

挑戦するとき、
答えなんてすぐに出るもんじゃない。

「手にした物を失う怖さに
縛られるくらいなら勲章などいらない」

最近、俺は今、自分で作り上げた自分の像
に縛られてきている。

人は変化を恐れてはいかん。

そこから思い切って、脱皮せなあかん。


話してる途中、原先生が
「もっと大きな声で喋らないと聞こえない、声を張って」


終わった後も、
「人前でプレゼンするんだから、ボソボソいってたらだめだ」


後輩にも
「先輩今日喋りましたね。けど、何言ってるか聞こえんかったですよ。」


・・・緊張すると、なんも伝わらへんなぁ。ってか俺こんな
緊張しぃやったんや。


なんか、
自分がこんなに緊張する場面なんてそうそうなかったから、
そんなに緊張して声も出なくなっている自分の姿がまるで
いつもの自分と別人のように感じた。


でもしゃぁなぃ。これが俺のリアルな姿や。
大勢の前で震えている緊張しぃな人間なんや。
でも、いくしかないねん。


今日出来んかったところは、またこれから変えていくしか
ないやん。それがほんまの飾らない俺の姿なんやから。


鍛えていかな、自分。


挑戦を恐れてはいかん。


後ろめたさにまみれたって、


前に進む一歩を、躊躇してたら、何も始まらへん。


一歩前にいくしかないねん!!

Jun10

久しぶりのoff

ここ何週間かいろいろと忙しく外出することが多かったので、なかなか家にいてゆっくり過ごすということができていなかったのですが、今日は久しぶりのoffで、ゆっくりと地元の葛飾区の家で過ごすことができました。

今日の昼の東京は、凄い雨でしたね。東京近辺では大雨洪水警報も出ていたそうです。それが、夕方前には綺麗に晴れ。街は、雨の後の静かに瑞々しく澄んだ空気に包まれていました。今日は、雨が上がってから、僕の地元に来ていた友人と散歩をしたのですが、家の近くに流れる新中川を横目で見ながら、心を洗っていました。

皆さんは今日はいかがお過ごしでしたか? 東京の方は雨だったので家で過ごされた方も多かったでしょう。

さて、明日からも頑張っていきましょう!!

Jun22

人は一人では生きれない

それぞれが違う形を持ち、

二度と同じ人は

生まれてこない。

だから生きることは

愛おしく、

死ぬことは、

つらい。

それぞれに

得意不得意があり、

それぞれに

それぞれの舞台がある。

失敗することも

成功することも

ある。


人は一人では生きていけない。

なぜなら

人は、ひとりひとり違うから。

違うからこそ

生かしあえるから。

人は一人では生きて行けない。


補おう、

愛そう、

支えあおう、

人は、一人一人違うから。

人は、一人では生きては行けないから。

Jul05

人間同士のつながり

僕の大きな大きな人生のテーマとして、
「人間同士の関係性」というものがある。


お客様と深いこころのレベルで向かい合う仕事をしているのも、
その自分の問題意識の延長線上にあるということを強く感じる。


それぞれの人間がそれぞれに違う個性を持ち、
そしてそのような様々な個性が集まり
ともに生きていくこの現代の社会で、


「人間同士のつながり」とは
いったいどのようなものになるのだろうか。


「人間関係」は、時にもっとも厄介で、
時にどんなものよりも大きな幸せを運んでくれる。
 
 
僕がこのような「人間関係」というテーマを
今でも強く持ち続けている原因の一つに、


少年時代の
阪神淡路大震災での被災体験
というものが大きく影響を与えているということを、
強く感じる。


阪神淡路大震災では
1995年1月17日の朝5時46分を境に、
文字通り全てが破壊され、
電気も、
水も、
ガスも、
文化的生活も、
未来のある建設的な都市の夢も、
豊かな生活も、
なにもかもがなくなった。


「ひとのつながり」と「助け合い」
本当にこれしか生きるすべは残されていなかった。


僕の被災した須磨区の実家では
電気が復旧するのに2週間、
水道の復旧は1ヶ月、
ガスの復旧は3ヶ月かかった。


それまでの間、
生きていく為には、
物々交換や、
救援物資、
あるいはボランティアの方からの援助など
「人間同士のつながり」
が命をつないでいた。

12年前の阪神淡路大震災という
あの凄まじい経験は、
とても大切なことを教えてくれた。


大切なこと。
 
 
それは、どんな困難な時でも、
どんなに物質的に精神的に絶望的な状況におかれようとも
「人間の協力」
「人間同士のこころのつながりの強さ」
があれば、
人は支えあえるし、
必ずどんな難局も乗り越えることができるんだ
という経験と信念であった。


12年経った今、
意識的にも
無意識的にも
震災の記憶や経験は
今の自分の人生を動かしている。


震災で生き残ったからこそ
震災で亡くなった多くの方々のためにも
あの日々に学んだ大切なこと


「人間同士の支えあい」を
「今」に活かしていきたい。

Jul08

助け合うこと

一人一人が孤独になりやすい世の中だと思う。


核家族化、単身世帯が増え
昔のような大家族はあまりないし、
地域のコミュニティも希薄になりがちだ。


自分の悩みを
相談しようにも、周りの皆も忙しそうだから
自分の問題はひとりで解決しなければならない。


そう決め込んでいる間に、
「自分のことは自分で決めなければならない」という
圧迫のなかで更に迷ったりしないだろうか。


この激動の時代の中で、
「自立」への意志が、
「孤独」を感じさせ
その孤独の中で人は
いつのまにか自分は「孤立」するのではないか
という不安に襲われる。


本当の自分の悩みというのは、
人に簡単に相談できないばかりでなく、
その悩みは、
本人さえも気付かないくらい毎日の生活の中で
圧迫し続け、
その中で押しつぶされそうになることもある。


物質的には色々と満足しているけれど
心のつながりは本当に求めづらい世の中ではないだろうか。


こんな生きにくい時代だからこそ、
僕は、大切にしたいものがある。


人は「見返りを求めない」暖かいものに触れたとき、
本当に心から動かされ、明日から頑張ろうと思える。

心を許せ、自分の悩みを相談できるのは
信頼と絆を通してだと思う。


もちろん信頼と絆は時間をかけてじっくり築いて行くものだから
初対面の僕が占いを通してできることは限られている。


それでもやはり、できるところから
今日の貴方の為に、
明日の貴方の為に、
信頼と絆を培っていきたい。


この生きにくい時代だからこそ、
やはり助け合いたい。


占いの活動を頑張って行きたい。


孤独を癒すのは助け合いだ。


人は孤独だ。
しかし孤独だからこそ、
助け合いが必要なんだ。

Jul11

書評:『さぁ、才能(じぶん)に目覚めよう』

先日、お客様から 鑑定の際に1冊の書籍を紹介してもらいました。


『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう—あなたの5つの強みを見出し、活かす』
マーカス バッキンガム (著), ドナルド・O. クリフトン (著)
という心理学と経営学をベースにしたビジネス書です。


この書籍の主要なコンセプトは、
才能とは、無意識に繰り返される
思考・感情・行動パターンであり、
何かを生み出す力だ。
たとえば、頑固さ、神経質と行った欠点さえ、
それが力を生み出すなら「才能」となる。
才能はだれにでも必ずある。

というものです。


7月9日のユピテルブログに投稿した
『見えにくい長所。』
という記事でも、


自分が持っているけれどもうまく活かしきれていない長所は、
その長所に「気付き」、
それを「意識的に使える」ようになるだけで
自分の長所としてずっと活かすことができる

という内容を述べました。


実はこの書籍をお客様からご紹介してくださった経緯が
少しユニークで、、


鑑定中、 『見えにくい長所。』の記事で述べたような
お話しをしていた際に、
「鑑定に来る前に読んでいた本に
同じような内容が書いている」

と紹介してくださったのが
この書籍だったのでした。


世に云う、偶然の一致(シンクロニシティー)が訪れたのです。


この書籍でも先日投稿したブログの内容と同じように
「自分の長所」を探すことに
先ず第一の焦点が当てられています。


また、この書籍のユニークな点としては
ストレングスファインダーという
自分の長所を発見するための自己診断プログラムを使って
5つの自分の長所を探し出すことができるようになっている
というところなのです。


実際にユピテルもこの書籍を購入して
このストレングスファインダーを試してみたところ
以下のような結果がでてきました。


書籍の中では長所の数は総数37個挙げられているのですが、
そのうちユピテルジョージの長所のトップ5として、


1・包含
2・親密性
3・収集心
4・学習欲
5・ポジティブ


という結果が出てきました。


具体的にどのような結果かというと ・・・
(少し長くなるので****間は、読み飛ばしてもらっても結構です。)

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Includer/包含

「もっと輪を広げよう。」これはあなたが人生の基本としている信念です。あなたは人々をグループの中に包含し、その一員であると感じさせたいのです。選ばれた者だけのグループを好む人たちとは正反対です。あなたは他の人を寄せ付けないこのようなグループとの関わりを積極的に避けます。 あなたはグループの輪を広げ、できるだけ多くの人がグループに支えられることによる恩恵を受けられるようにしたいと考えています。あなたは、誰かがグループの外側から中を覗いているような光景を嫌悪します。あなたは彼らが暖かさを感じることができるように、彼らを中に引き入れたいと思います。あなたは、本能的に寛容性を持っている人です。人種、性別、国籍、性格や宗教がどうであれ、あなたは人をほとんど批判しません。批判を与えることは、人の感情を傷つけるかもしれません。必要もないのに、なぜそんなことをしなければならないのでしょうか? あなたの包含という資質は、「人はそれぞれ違っており、その違いに敬意を払うべきだ」という信念に必ずしも基づいているわけではありません。むしろ、人は基本的に皆同じであるという確信に基づいています。人は、皆同じように重要なのです。ですから、誰一人として無視されてはいけないのです。私たち一人ひとりがグループに含まれるべきです。私たちは皆、少なくともそれに値するのです。

Relator/親密性

親密性という資質は、あなたの人間関係に対する姿勢を説明します。 簡単に言えば、親密性という資質によって、あなたは既に知っている人々とより深い関係を結ぶ方向に引き寄せられます。あなたは必ずしも未知の人たちと出会うことを避けているわけではありません。事実、知らない人と友人になるスリルを楽しむような他の資質を、あなたは持っているかもしれないのです。しかし、あなたは親しい友人のそばにいてこそ、大きな喜びと力を得るのです。あなたは親密であることに心地よさを感じます。一旦最初の関係ができあがると、あなたは積極的にその関係をさらに深めようとします。あなたは彼らの感情、目標、不安、夢を深く理解したいと思っています。そして、彼らにもあなたを深く理解してもらいたいと願っています。あなたは、このような親密さがある程度の危険性を含んでいることを知っています。あなたは利用されるかもしれないのです。しかし、あなたはその危険性を解かった上で受け入れます。あなたにとって人間関係は、それが本物である時のみ価値を持ちます。そして、それが本物であるかどうかを知る唯一の方法は、相手に身を委ねることです。互いの気持ちを共有すればする程、お互いの危険性も大きくなります。お互いの危険性が大きくなればなる程、自分たちの意思が本物であることを、よりはっきりと証明できるのです。これらが真の友情を築き上げるための一つひとつのステップであり、あなたはそのステップを喜んで進んで行きます。

Input/収集心

あなたは知りたがり屋です。あなたは物を収集します。あなたが収集するのは情報、言葉、事実、書籍、引用文かもしれません。あるいは形のあるもの、例えば切手、野球カード、ぬいぐるみ、包装紙などかもしれません。集めるものが何であれ、あなたはそれに興味を引かれるから集めるのです。そしてあなたのような考え方の人は、いろいろなものに好奇心を覚えるのです。世界は限りなく変化に富んでいて複雑なので、とても刺激的です。もしあなたが読書家だとしたら、それは必ずしもあなたの理論に磨きをかけるためではなく、むしろあなたの蓄積された情報を充実させるためです。もし旅行が好きだとしたら、それは初めて訪れる場所それぞれが、独特な文明の産物や事柄を見せてくれるからです。これらは手に入れた後、保管しておくことができます。なぜそれらは保管する価値があるのでしょうか? 保管する時点では、何時または何故あなたがそれらを必要とするかを正確に言うのは難しい場合が多いでしょう。でも、それがいつか役に立つようになるかどうか誰が知っているでしょう。あらゆる利用の可能性を考えているあなたは、モノを捨てることに不安を感じます。ですから、あなたは物や情報を手に入れ、集め、整理して保管し続けます。それが面白いのです。それがあなたの心を常に生き生きとさせるのです。そしておそらくある日、その中に役に立つものが出てくることでしょう。

Learner/学習欲

あなたは学ぶことが大好きです。あなたが最も関心を持つテーマは、あなたの他の資質や経験によって決まりますが、それが何であれ、あなたはいつも学ぶ「プロセス」に心を惹かれます。内容や結果よりもプロセスこそが、あなたにとっては刺激的なのです。あなたは何も知らない状態から能力を備えた状態に、着実で計画的なプロセスを経て移行することで活気づけられます。最初にいくつかの事実に接することでぞくぞくし、早い段階で学んだことを復誦し練習する努力をし、スキルを習得するにつれ自信が強まる。これがあなたの心を惹きつける学習プロセスです。あなたの意欲の高まりは、あなたに社会人学習、外国語、ヨガ、大学院などへの参加を促すようになります。それは、短期プロジェクトへの取組みを依頼されて、短期間で沢山の新しいことを学ぶことが求められ、そしてすぐにまた次の新しいプロジェクトへに取組んでいく必要のあるような、活気に溢れた職場環境の中で力を発揮します。この「学習欲」という資質は、必ずしもあなたがその分野の専門家になろうとしているとか、専門的あるいは学術的な資格に伴う尊敬の念を求めていることを意味するわけではありません。学習の成果は、「学習のプロセス」ほど重要ではないのです。

Positivity/ポジティブ

あなたは人をよく誉め、すぐに微笑みかけ、どんな状況においても常にポジティブな面を探します。あなたのことを陽気と言う人もいます。あなたのように楽天的になりたいと思う人もいます。しかし、いずれにしても、人々はあなたの周りにいたいと思います。あなたの熱意は人に伝染するので、あなたの近くにいると彼らには世界がより良いもののように見えてくるのです。あなたの活力と楽天性がないと、人は、自分の毎日は同じ事の繰り返しばかりで単調であるとか、最悪の場合、プレッシャーを重く感じてしまいます。あなたは、彼らの気持ちを明るくする方法を必ず見つけます。あなたはどんなプロジェクトにも情熱を吹き込みます。あなたはどんな進歩も祝福します。あなたはどんなことでも、よりエキサイティングで、より生き生きとしたものにする方法をたくさん考え出します。一部の懐疑的な人たちは、あなたの活発さを否定するかもしれませんが、あなたはめったにそれに引きずられることはありません。あなたの積極性がそれを許さないのです。あなたは、生きていることは素晴らしいという信念、仕事は楽しいものにできるという信念、どのような障害があろうと人は決してユーモアの精神を失ってはならないという信念から、どうしても逃れられないのです。
 
 
****************************


さてこの結果を見て驚いたことに、
この書籍で出てくる「5つの特性」というのが、
占い師の僕が占星術を通して掴んでいる
自分自信の長所
とほとんど一致していることでした。


西洋占星術と、ビジネス書での心理分析プログラムと
分析する道具は違っても
分析するおおもとの対象が同じ
(つまりユピテルの心を対象として分析している点では同じ)
なので、やはり結果も自ずから似たようなものがでてくるのでしょうね。


一応、念のため
この5つのキーワードと
西洋占星術で出てくる長所を並べてみると・・・


『包含』という性質は「地の要素」を持つ星座が多いこと
(地は、大地が全てを支えるようなイメージです。)
『親密性』は、深い心のコミュニケーションを表す「蠍座」や、
深いレベルでの感情の交流の意味を表すハウス(第4第8第12ハウス)の影響。
『収集心』『学習欲』は、知性や学習欲を表す「双子座のイメージ」
『ポジティブ』は東の地平線にのぼった明るい「太陽」のイメージ
という風な様子です。

さて、この書籍の5つの長所にのっとっていうと


僕自身は占いという仕事において、

『包含』『親密性』という側面では、
一人一人の心と、そして多くの人と、1:1でじっくりと関わっていく仕事として
『収集心』『学習欲』という側面では、
複雑な占星術の理論の勉強や、世界の神話の収集活動として
『ポジティブ』という側面では、
お客様に心の底から元気のわく言葉を投げかけていこうとする気持ちとして
自分の長所を活かそうと思っています。


 
貴方の長所は何でしょうか? 

 

是非参考にしてくださいね。
 
 

尚、今回紹介した書籍についてはこちらよりお買い求めいただけます。
(中古書籍だと自己診断プログラムに必要なパスワードが使えないため、
新品で手に入れられることをお薦めします。)

Jul12

人生を豊かにするための西洋占星術

西洋占星術の勉強を深くおこなっていると
そこに人間の
「生命」
が立ち現れてくることがある。


今ここに生きている、他の誰でもない
その人自身が、いまここにいる。

という感覚。


いわゆる「生きる」
という感覚。


西洋占星術は2600年もの間、
幾億人の人間の
「こころ」 と「人生」
によりそってきた
一つの世界的な「文化」である。


そして今自分はこの現代の社会の中で、
その長い歴史を持つ占星術文化の
ひとりの担い手となっている。


そして、日々、西洋占星術師として
鑑定の仕事をやっていて感じること。


それは、ある程度物質的な欲求が満たされている
この時代、
多くの人が必要とする、「新しい富」とは
「生き甲斐」という「目に見えない心の富」に
なりつつあるのではないかということである。


「生き甲斐」
一言で云ってもそれぞれの人にとってそれぞれの意味を
持つ言葉だと思う。


僕にとって「生き甲斐」とは、
その人の人生のなかでその人の生命を輝かせて行くこと
にあるのではないだろうかと思う。


人間も、人間である以前に
「自然」の一部であり、「生き物」である以上、
「自分自身の生命の躍動」を日々の生活の中で
あまり感じられずに生きていくということは、
辛いことだと思う。


生き甲斐を感じるということは、
生きていてよかったと感じることだと思う。


「感動」であったり、
「絆」であったり、
「達成感」であったり、
「笑顔」であったり。


それぞれの価値観に基づいて
それぞれの生命の輝きを
それぞれの舞台で持つことができる。


少しでもそういう世の中に
少しでもそういう時代に
近づけていけるように
鑑定の活動も頑張っていきたい。


人類史的な長い歴史を持つ占星術という文化を
人生を楽しみ、生き生きと生きれる為の
ひとつの人生の栄養や材料として
紹介し、提供して行くことができないだろうかと思う。


貴方の人生を豊かにするための西洋占星術。
貴方の生命を輝かせる為の西洋占星術。


より広く
より身近な
より心に届く文化として
皆さんのもとに
紹介して行けないだろうか。


現代に生きるひとりの占星術師として
ユピテルは、そういう希望をもっています。

Jul13

心に残る神話 『月に昇ったうさぎ』

こんにちは、ユピテルジョージです。


今日は、昨日読んでいた本の中で、
とても心に残ったお話を紹介します。


昨日読んでいた本、
草下英明著『星の神話伝説集』(社会思想社 現代教養文庫,1982)
の「月に昇ったうさぎ」
というお話です。


このお話、手塚治虫さんの『火の鳥』にも
出てきていて、
なんとも不思議で心に残る話だなー
とその時からとても印象深く心に残っており、
昨日それが昔から伝えられる神話である
ということがわかり
神話の奥深さ、人々の心を捉える魅力に
感銘をおぼえました。


さて、それでは、月に昇ったうさぎのお話を
ユピテルなりに要約してお話しします。


僕たちは、月の影を見て
「うさぎが餅をついている」
と思い浮かべます。


実は、この月の影が
うさぎの形に見えるという伝説の原型は、
インドのジャータカ神話から由来しているそうです。


******************

昔、インドには、
仲の良い、うさぎとキツネとサル
の3匹の獣が住んでいました。


彼らはいつもこう話しあっていました。


「僕たちは前世の行いが悪かった為に、
今はこんな獣の姿になっているのだ。」


「せめて今からでも世の為
人のために善行を積んで、
何かの役に立とうではないか。」


そうして彼らが話していたのを
帝釈天がお聞きになって、


「なかなか感心の出来る獣たちだ。
せっかくだから、いいことをさせてやろう。」


そうして、一人のよぼよぼの老人に身をやつして
三匹の前に姿を現しました。


獣達は大はりきりで、
早速、善行をほどこそうと


サルは、木に登って木の実や果物を集めて持ってきます。


キツネは川に行って、魚介類を集めてきます。


ところが、


うさぎはというと、サルやキツネのように、
これといって特技がないので、
なにももってこれなかったのです。


思いあまったうさぎは、
老人にたき火を焚いてもらい


「私は何も持ってくることができないので
せめて私の身を焼いて、私の肉を召し上がってください。」


といって、自ら火の中に飛び込んで
黒こげ
になってしまいました。


これをみた帝釈天は
3匹にむかっていいました。


「お前達三匹は、とても感心なものたちだ。
この次に生まれ変わったときには、
立派な人間として生まれて来れるようにしてやろう。」


「しかし、特にうさぎの心がけは立派なものだ。
お前の黒こげの姿は永遠に月の中においてやることにしよう。」


そうして、月の表面には、
黒くこげたうさぎの姿が残されることになりましたとさ。

******************


大昔から伝えられる神話ですから、
現代から見ると大変
人間中心の考えのように感じられたり、
少し残酷な面も否めませんが、


しかし神話のもつ魅力、人々の心に残る力や魅力というのは
とてつもないものがあるなー、と
昨日このお話に触れたとき強く感じました。
 
 

この書籍には、他にも沢山の星にまつわる神話が掲載されています。
興味のある方は以下のアマゾンのリンクから手に入れてみてくださいね。

Jul14

神話におけるトリックスターについて

こんにちは、ユピテルジョージです。


皆さんは、トリックスターという
言葉をご存知でしょうか。


トリックスターとは、
神話の中で、
いたずらを通して
物事を錯乱させて、


しかし、その混乱の中で
もともと出会うことのなかった
2つの世界を
いつのまにかくっつけてしまう存在

という意味を持っています。


北欧神話のロキ
西遊記の孫悟空
ギリシア神話のヘルメス
日本神話でいうとスサノオ
トランプでいうとジョーカー(!)


といった存在です。


いたずら好きで
多くの人をカンカンに怒らせ
混乱させるのだけれど、
どこか憎めない、
愛嬌のある存在。


不思議にどの地域の神話にも
そのようないたずら好きな神様
が出てくるのです。


こういった神話の世界も、
どこからしら、日常の世界に繋がっている
という感覚があるから、
ずっとずっと語り継がれてきた
のかもしれないと
最近強く思います。


皆様の身の周りにも
このようなトリックスターみたいな人
いますでしょうか?


最初は彼(彼女)のいたずらに
カンカンにおこっていたけれど、


時間が経って、落ち着いたら
自分がこれまで
知らなかった世界を知るきっかけとなったり


多分その人と出会っていなかったら、
今の自分はなかったのだろうな、
という人。


思い浮かべてみると、
誰しもそういう
自分の人生におけるトリックスターと
呼べるような人が
一人はいるでしょうね。(笑)


昨日の『月に昇ったうさぎ』もそうですが、
神話はこうした日常世界を
もうひとつの眼差しで見るための
面白い感覚を伝えてくれる
不思議な存在なんだなと思います。


ことばには出来ないけれど
うなずける感覚、
共有できる感覚、
そういうものが神話の中には
きっとつまっているのでしょうね。

Jul18

ある日の出会い (前編)

こんにちは、ユピテルジョージです。


今日と明日は、印象深く残ったある日のお話をします。


ユピテルは、ご依頼された内容と生年月日などに基づいて
お昼の明るい時間に、屋外で占星術絵画を描いているのですが、


ある日のこと、僕はいつも通り占星術絵画を描いていたのですが、
近所の小学校が丁度休みだったらしく
小学校低学年くらいの子供たちが


「お兄ちゃん、何やってるのー?」


と話しかけてくれて、


末っ子で、いとこ兄弟でも一番年の若いかった
僕はあまり子供と喋ることもなかったので、
つい難しく考え込んでしまい、


「えーっとねー」
どうやって話したら伝わるかな、なんて考えていたら
言葉につまってしまって


その後、その子たちは
ぷーっと、あっちのほうまで遊びにいってしまって、


あー、難しく考えずに、
「星の絵を描いているんだよ」
とか
「宇宙の絵を描いているんだよ」
とか、
いえば良かったな、なんて後で後悔をしていました。


そして、また違う日に、
絵を描いていたら


こんどは小学校高学年くらいの少年が、
僕の隣でじーっと座って、僕の絵を見てくれていました。


前の日に上手く伝えられなかった反省から、その後
どうやったら伝わるかなとその後結構考えていたので、


「これはある人が生まれた時の、夜空の絵でね、
 その人の心を表す内容の絵なんだよ」


と、彼にも伝わるように、
分かりやすく、絵の説明をしました。


「へーーー」と


目を輝かせながら、


僕の作業の一挙手一投足を眺めていて、


やっぱりそんなに感心を持って見てくれるのは
僕も嬉しいので、


「お兄ちゃんの、他の絵も見てみる?」
と尋ねると


「うん!」
と喜んでくれたので


ウキウキしながら、これまでに描いた占星術絵画をまとめたファイルを
もってきて、


見てもらいました。


そして、彼は


「おおおーーー」


とつぶやきながら、


30分くらいじっくりと僕の絵に見入ってくれて、


僕は、なんともいえない
嬉しい気持ちになり、


通っている小学校のこととか、
互いの名前とか、ひとしきり色々話して、


「お兄ちゃんは、昼によくここで作業しているから
またあったら声かけてね。これからもよろしく。」

と、いって
握手してわかれました。


あしたに続く。

Jul19

ある日の出会い (後編)

こんにちは、ユピテルです。

さて、今日も昨日のお話の続きをしますね。


そんなこんなで、仲良くなった少年、
彼の名前はゆういちくん。


家を出るときによく、家の前で
友達とキャッチボールをしているので


「おっす!」
「こんにちはー!」

みたいなちょっとした挨拶をかわすようになりました。

そして、ある雨の日


家の玄関を出て、
「ああーー、今日は雨だなー。」


と思っていたら


アパートの階段の上の方から


「この間はありがとうございましたー!」


との声がして、


見上げると、どうやらゆういちくんのお母さんのようでした。


「ああ、ゆういちくんのお母さんですか!
 いつもお世話になります。」


と挨拶をしたら、


お母さんが、


「ゆういちがね、お兄ちゃんがすっごく綺麗な絵を描いていて
 その日家に帰ったら、夕ご飯のときに
 こうやって描いているんだよと、紙と鉛筆を持って
 説明してくれたの。すっごくきれいだったって、
 すごく喜んでいたの。」


と、伝えてくれて、


全身に嬉しさと幸せな気分がたち現れてきて
なんだか心の奥から喜びが湧き出てきました。


現代の東京に住んでいると、
こうした心の触れ合いがないまま
すごしているんだな、


核家族化や、単身世帯も増えて
近所付き合いっていうのも
最近はほどんどなくなって
ああー、むかしはこういう
あったかい人間関係があったのかもな、
なんて、頭ではわかっていたけれど
心で感じてしまい、


日本も物質的には豊かになったけど
こういう心の触れ合いはもっと
あってもいいな、そういう場をつくりたいな
と思うようになりました。


絵を描いていることで繋がった僕とゆういちくん
普通に過ごしているときっとすれ違っていただろう
ふたりが、
絵という表現で、色々な垣根を越えて繋がった感覚、


これはとても嬉しかったな。


ある日の出会いの
お話でした。

Jul20

『生命のメッセージ展 in 丸の内』のお知らせ

こんにちはユピテルジョージです。


今日は、今年の春からボランティアスタッフとして手伝ってきた
『生命のメッセージ展 in 丸の内』
お知らせをさせてください。


***********************

『生命のメッセージ展』とは、
犯罪・飲酒運転・いじめ・医療過誤・一気飲ませなどの
結果、理不尽に生命を奪われた犠牲者の遺族と、
ボランティアスタッフが中心となって企画・運営している
展示会です。


犠牲者一人一人の等身大の人型パネル、
その足元に「生きた証」である靴、
そして遺されたご遺族の方のメッセージを通して
犯罪被害者・遺族の人権を訴えるとともに、
『生命の重み』を伝えています。


一人一人の尊い生命と向かい合い、
今自分たちにできること、
今私たちが生きているということを
亡くなった人々との対話のなかで
見つめ直します。


今回は明日からの7月21日(土)22日(日)の2日間
明治安田生命のMY PLAZAホールという場所で
メッセージ展が催されることになりました。


『生命のメッセージ展 in 丸の内』詳細
とき 2007年7月21日・22日
   AM10:00-PM7:00
ところ MY PLAZA ホール
東京都千代田区丸の内2-1-1
地図はこちら
料金:入場無料
(但し、映画『0からの風』鑑賞の際はチケット代が別途必要です。)


『生命のメッセージ展』公式ホームページ
http://www.inochi-message.com/

同時開催 映画『0からの風』
また、この生命のメッセージ展の代表をされている
鈴木共子さんをモデルにした映画『0からの風』
も、同時開催しています。チケット代は1000円です。


映画のスケジュールは、
7月21日(土)22日(日)両日とも
1回目 AM11:00-
2回目 PM 2:00-
3回目 PM 5:00-
のようになります。


映画『0からの風』公式サイト
http://www.zero-karano-kaze.com

***********************


僕自身も、大学時代にゼミの先輩を
無惨なひき逃げ事故という許されない形で
生命を断たれ、
それ以来、ずっとその事故のことを考え、
自分なりにその事故のことを消化する過程のなかで
『生命のメッセージ展』というこのボランティア活動に出会い、
その中で、不慮の事故で亡くなった先輩の死という
自分の理解をこえたものに
少しずつ一歩ずつ向き合おうとしています。


また、少年時代に
阪神大震災という悲惨な災害を経験し、
人の死というものに、
向かい合うことが多かったのも、
この活動に共感した理由の一つです。


人は『死』という
人間の理解を超えたものに
一歩ずつ
向かい合っていくことで


『生命の大切さ』や
『命あるものとして、毎日を大切に生きること』
という
人生の中でも
とても大切なものを学ぶのだと思います。


是非、貴方も足を運んで、
『生命のメッセージ』に
耳を傾けてみませんか。

Jul21

『生命のメッセージ展』感想

こんにちはユピテルジョージです。
 
 
今日は、昨日お話しした
『生命のメッセージ展』の第一日目
を手伝って感じたことをお話します。
 
 
「メッセンジャー」
生命のメッセージ展では、
理不尽に命を奪われた被害者を
そう呼んでいます。
 
 
今日はボランティアスタッフとして
初めて大規模な生命のメッセージ展に参加し、
会場整備などをしながら
その間多くの人形に切り取られた
等身大の
メッセンジャーのパネル
を見つめ
じっくりと
声なき声を聞いていきました。
 
 
死とは、
理解できるものではない。
飲酒運転などの悪質なドライバーや
いじめ、一気飲ませなど
理不尽に命を奪われてしまうことへの
言葉にも表すことのできないような怒り
残されたものの悲しみ
すべてがいりまじった
感情が
メッセンジャーと向かい合う中で
自分の心にうずまいてくる。
 
 
メッセージ展のなかで
展示されていた文章の中に
  
『生命』を大切にする社会を築こう
    
という言葉が書かれていた。
  
  
人は見えない多くの人間に支えられて生きている。
ひとつひとつの思い遣りが、
ひとを幸せに、元気にすることもあれば、
ひとつひとつの想像力の欠如が、
知らない間に人を傷つけてしまうこともある。
飲酒運転の交通事故のように
自分がおかしている罪への想像力の欠如が、
無惨に大切な他者の命を奪う。


メッセンジャーの皆は、
声なき声で
生きるもの
彼らとむかいあいものに
『生命の大切さ』を全身に伝えてくる。


今、私たちが「生きている」ということは
決して「当たり前」のことではなく
多くの見えないつながりのなかで
複雑に、しかし支えあいながら、
「生きている」のだと思う。


メッセージ展を通して、
他者への思いやりを持ち、
今生きているからこそ
今この生命を活かし、
他者の生命とともに生きて行くということ。
の大切さを深く考えさせられました。
 
 
『生命』を大切にする社会を築こう。
 
 
そのためには
身近な人から
新しく巡り会う人、
見知らぬ、しかし、自分のこの『生命』を
支えられているような
多くの人々との
生命の繋がりに
よりつよい想像力と
感受性を持ち
生きて行きたいと思う。
 
 
この『生命のメッセージ展 in 丸の内』は、明日
第2日目もやっていますので、
是非お越し下さいね。

Jul25

占いの勉強も大切だけど、もっと大切なのは

こんにちはユピテルです。
今日は日記のようにフランクに書きます。


先日お話しした生命のメッセージ展のお手伝いや
友人の主宰するイベントのスタッフなどを占いの活動以外でも
やっているのですが、
そこでの人間関係から学んで行くことが本当に多いです。


占い師の活動自体はフリーで活動をしているので、
ユピテル自身、人と会う努力、人と繋がり、
そして何かを人間関係のなかで成し遂げていく努力を
意識して積み上げて行かないと、


信頼し安心できる相談相手としての能力や
相手の気持ちに添えるような人間関係能力を
鍛えることができないなと思っています。


ひとり部屋にこもって占いの勉強をしても、
人間関係の中で着実に自分の他者と関わる力を
身につけて行かないと、
どんなに占いの勉強をしても、
それは無意味なものになってしまうと思うのです。


人と向かい合って行くこと、
他者を思い遣る気持ち、
人の立場に立って考えること、


こういうことを毎日の生活の中で
大切にしていきたいな思います。

Jul30

南伊豆へ

こんにちは ユピテルジョージです。


今日はこれから南伊豆へ
マッサージや占いをやっている
ヒーラーの仲間達と技術や経験をシェアする
合宿にいってきます。


これからの時代は
『物質的な富』だけではない
『精神的な豊かさ』が大切になると
叫ばれて久しいですが、


すこしずつこうしたところから
『心の豊かさ』という新しい価値軸を提供できるように
勉強を重ねて行きたい
そしていつか仕事を通して
社会に還元していきたいと
思っています。


また合宿の詳細についても
書こうと思います。


それではまた!

Jul31

南伊豆シェア会感想記 その1

こんにちは、ユピテルジョージです。


昨日今日と、南伊豆に
占いやマッサージをやっている
ヒーラーの仲間達と
技術や経験をシェアする合宿にいってきました。


今日から何日間かにわたって
南伊豆のシェア会という場で
感じたことを書き綴っていきたいと思います。


合宿の場となったのは
インド占星術とヴェーダーマッサージをやっている
友人のみっちゅうさんとその奥様のいずもんさんが
住んでいる
会社の研修場の跡地をそのまま利用した
とても広いご自宅でした。


古い研修場の跡地ということもあり、
50畳と大変広いにも関わらず
家賃がなんと1万円(!)と大変安く、
都会でアパートを借りるという
既成概念にとらわれないことで
むしろ
このような豊かなライフスタイルが築けるのだなーと
とても勉強になりました。


その他の部屋にも
彫刻をやっているアーティストの方、
関西から流れ流れてたどり着いた方、
若いカップルの方、
などがいらっしゃり
ゆるやかな助け合いの繋がりの中で
お隣さん同士が心通じ合う
大変豊かな生活をしていました。


夜に始まったシェア会にも、
お隣さんの方も顔を出してくださり
一緒に勉強をしました。


広い敷地のなかでも水をくめる場所が
共同の水道しかなく、
またトイレが共同のものであったりと
決して住まいとしての生活機能は便利とはいいがたいですが、


伊豆の山や海の中で
自然を感じながら、
人間らしく生きるには
むしろこうした
少し生活に不便なものがあったほうが
人間同士が助け合ったり
お隣さんとの会話が生まれたりして、


人間の心はこうした不便なところから
つながりはじめるのかもしれないなー
と感じました。


明日に続く。


004.JPG
     いずもんさんお手製のベジタリアン料理。

Aug01

南伊豆シェア会感想記 その2

こんにちは、ユピテルです。


昨日に引き続き、
先日のシェア合宿で感じたことを
書いていきます。


ヒーラーの仲間を集めて
シェア会合宿の企画を思い立ったのは、


ヒーラーという職業自体が
もともと自営業の形をとることが多く
どうしても社会的に孤立しやすく
また各自がそれぞれの技法や勉強を
個々で行っているので
どうしても自分一人で知れる
知識や経験の幅が限られてしまう
という現状があります。


こうした現状を打開する為には、
うまく横の繋がりを持てる場をつくることで
それぞれの経験と知識をシェアし
助け合いのコミュニティをつくること、
これがひとつの解決法になるのではないかと
思っています。


もともと、現代の社会が段々と流動化し
同時に不安定化していくなかで、
心のよりどころとしての『癒し』
がもとめられる時代になり
ヒーリングのニーズが増えているにもかかわらず、
いざヒーリングをやる職業につくとなると
実際にひとりの力だけで自活していくのは
とても大変だという現状があります。


僕の占いを含めこうした活動が目指す最終的なゴールは、
『なるべく多くの人の悩みが解決され、
ひとりひとりが生きやすい住み心地のいい世の中』を
つくっていくことです。


そのためには、
悩んだときにいつでも相談できるような
いいヒーラーや相談者の存在が
これまで以上に必要になるのではないか
そして、そのためにヒーラー同士が
経験や知識をシェアし、それをもとに
更にお客様にフィードバックしていくような
発展的な場をつくることが大切なのではないか
と思っています。


今回のシェア合宿では、
マッサージや占いなど分野は違えど、
いいヒーラーを目指している
仲間が沢山集まり
密度の濃い時間を過ごせました。


今日は、シェア会を企画しようとおもった
こころざしについて
お話ししました。


それでは、また明日!

Aug02

南伊豆シェア会感想記 その3

こんにちは ユピテルジョージです。


今日はシェア会当日の写真を掲載します。

002.jpg
左からタイ古式マッサージと西洋占星術をやられているヨシさん
ポラリティセラピーと数秘術をやられているたうちようこさん
ヴェーダーマッサージとインド占星術をやられているみっちゅうさん
タロットや易をやられているまいこさん

001.jpg
いずもんさんがご飯をつくって下さる中、参加者皆で団らん。夜からは、ご近所さんも参加。


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2日目の朝皆で伊豆の海に行きました。会場からあるいて15分の海はとても澄んでいて綺麗でした。


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会場を提供してくれ、ご飯のお世話にもなった、みっちゅう、いずもんご夫妻。

Aug03

いよいよ梅雨明け 8月の到来

長かった梅雨もいよいよ晴れて、
晴天の8月がやってきました。


この春に大学を卒業し、
西洋占星術師として独立してから
道無き道を行く4ヶ月でしたが、


この8月は僕にとっていい意味で節目に
なりそうです。


春から試行錯誤してきた生活のペースが
徐々につかめてきたことと、
2年半以上の様々な経験や勉強を通して
感じてきたことをいよいよ
着実に形にしていく月になりそうです。


「挑戦」の気概を胸に
よりよいサービスを提供できるように
頑張って行きます。

Aug05

なぜ西洋占星術師になったのか その2

こんにちは ユピテルです。


今日は昨日に引き続き、
大学1年の春頃、
占星術的なビジョンを
直感的に捉えたときのことを
お話しします。


そもそも僕が占いという道にはいった
まず、本当に最初のきっかけは
哲学的な思索からの小道からでした。


もともと小学校のころから
宇宙が好きで、
よく夜の帰り道に
夜空をみながら
宇宙のことをずーっと考えていた
そういう子供でした。


それが大学に入る頃には
それまでずっと思い浮かべ
直感で捉えていた宇宙の姿を
ただ直感的に把握するだけでなく、
なんとか言語化できないかと考えていました。


神は存在するのか?
なぜいま自分はここに生きているのか?
自分たちの住む宇宙の外には何があるのか?


大学入学当初からそんな哲学的な問いを
ずっと思いめぐらしていました。


そして、大学に入った春頃に
そのような哲学的な問いを考えているとき、
直感的に以下のようなビジョンが
浮かんできました。


これがそのときのメモです。

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中国の太極図や、哲学の用語(構造主義やら現象学やら)を使いながら
自分の頭のなかにグルグルとめぐっていた考えを整理ししていった
はじめてのメモです。


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時間について考えていたメモです。このメモを書いたときから徐々に、
時間を一直線のものとして捉えるのではなく、相互に関係しあった
有機的な関係性としてとらえるような思考が芽生え始め、
それが後に時の流れを惑星の動きとして捉える占星術に結びついて行きました。


img023.jpg
時間を粒として捉えるビジョンが湧いたときのメモです。ところどころに「私」という
文字が書かれているのも意味ありげです。まだこのときには占星術について何の
知識もなく、また興味もなかったのですが、左のページには太陽、月、天文学の時間
現象学の時計など、占星術に興味をもつ大きなきっかけとなるような言葉が
書かれています。

img024.jpg
これは5歳ごろに見て、いまでもくっきりと覚えている夢の内容を描いたものです。
遊園地で家族の魂(光の球)がただよい、遊び、語っている夢でした。この当時に
みた夢で他にも良く覚えているものがあるのですが、当時見た象徴的な夢は
遠からず今の自分にも大変強い影響を与えているようです。

これらの着想メモは、まだ誰にも見せたことがないので、
本邦初公開のものです。


このような自動筆記的なメモは
誰から教えてもらったわけでもなく
突然自分の無意識から様々な言葉やイメージがこみ上げてきて
それをただただ書いていくというスタイルで
書いていました。


当時は、自分の深い無意識から出てくるものを
捉えて行くだけで手一杯だったので
書かれた内容がいったいどういうものなのかを
ちゃんと言語化したり
他人に伝わるように説明をする
ことは不可能でした。


しかし、今となって分かるのは
その当時必死に描いていたこのような
象徴的メモが、
年を経るに従って
だんだん肉付けされ、
言語化され、視覚化され、
そして、今はそれが
西洋占星術という形で
結実しているということです。


いまでも、
このようなビジョンは常に
絶えず立ち現れてきていて
いまは、それを象徴詩にして
書き留めていっています。


僕の占いはこうした
無意識から経ち現れてくるような
そしてある意味誰か、あるいは霊的な何かに導かれているような
感覚を通して、
日々着実に進歩しています。


僕の占いが技術的に進歩するときには、
必ずといっていいほど
このような直感的なインスピレーションが
全身に駆け巡る瞬間があるのです。


今日は少しディープなお話でした。


それではまた明日!

Aug06

なぜ西洋占星術師になったのか その3

こんにちはユピテルです。


今日は、なぜ西洋占星術師になったのかについて、
高校時代の挫折から学んだことをベースにお話していきます。
この話題については今日明日と2日にわたってお話ししていきます。


1995年は神戸が実家の自分にとって
阪神大震災があった年でもあり、
実家が神戸の山から海へと引っ越した時期でもあり、
また長い受験戦争が始まった年でもありました。


95年、小学校の4年から受験戦争が始まり、
毎日のように塾に通うことになり
土日かかわらず学校から帰ってくると夜中の10時11時まで
塾に缶詰にされ、
学校の友人と遊ぶ時間もほとんどないような時代を
長く過ごしていました。


また小学校時代そうして頑張って我慢して塾に通い続けた
努力も虚しく中学受験も試験に落ちたため、
再度高校受験のために
中学時代も受験のための勉強に
青春時代のほとんどの時間を費やすことになりました。


そして、耐えに耐えた努力が報われて
関西のエリート高校といわれる灘高校に
入学することができたのはよかったのですが、


実際に行われる授業はとても難解で、
周りも大変優秀な友人ばかり、
そのような人々の間で灘高校の難解な授業を受けて
学んでいると
自分自身が毎日受けている授業が
どうしても次から次へとただただ知識を詰め込むだけのような
これまでの受験戦争での勉強となんらかわらない
敷かれた線路の上をただただいわれた通り走って行くだけの
機械的な作業のように思えてきてしまい、


自分の学びの意味や、モチベーションが全くつかめず
今、何のために勉強しているのか?
今、何のための学んでいるのか?
というビジョンが自分自身全く見えないまま
そしてそういう問いを持つ事自体できないような
大量の宿題に追われるハードな環境の中で、
暗闇の中に放り込まれるような感覚に
襲われてしまいました。


ある日を境にそういう風に悩み始めると
その迷いだけにとらわれるようになり、
いよいよ宿題も手に付かず
授業中も気がうつろで
いよいよ授業の内容も意味がわからなくなり、
ただただ朝起きて教室に座って
訳の分からない授業を聴いて
宿題をやってきてないと怒られ
廊下に立たされ
お前は駄目人間だと叱られる
そういう苦しい日々を送って行くだけの
高校生活になっていきました。


俺の人生はどこにいった?
ここにいて俺がなりたいものになれるのか?
おれは未だ若いのに、
本当に勉強したいことを学ばなくていいのか?


そう思っているとだんだん、
学ぶ意欲もなくなってきて
頭は痛くなるばかりで
いよいよ高校1年の冬には全く何も考えられなくなり
不登校になってしまいました。


いま、自分の生来の性格をホロスコープを通して考えてみると
もともと太陽と金星が双子座、月が乙女座と
どちらも知識や勉強を表す水星が司る星座
の影響が強く
学習欲が生来とても強く、
そもそも学習したり、勉強する事自体は
とても好きなのですが、


これは僕のホロスコープの中で
4元素の「地」の要素が強いところに
あらわれているのですが、
ただ知識を知識として身につけるだけでなく
実際の役に立つ「実学」を大切にしたいという傾向が強いため
知識をただ知識のため論じることが苦手で


「実際に現実的に人の役に立てる知識を
身につけて行きたい」という気持ちがとても強く、
高校時代には、もはや
ただ受験のためとわりきって勉強することが
どうしても苦痛でしかたがなく
できなかったのです。


唯一高校時代モチベーションを保てたのは、
実際に話せて異文化コミュニケーションの役に立つ
英語の勉強くらいでした。


そうして、不登校の暗闇の中で悩んでいたとき、


ああもう俺は死ぬかもしれない
でも死ぬくらいなら・・
という覚悟でいよいよもう駄目だ
とおもったとき、
ある決断をしました。


続きは明日。