May17
象徴体験

(写真:ルミネには光という意味があります)
最近写真の趣味を再開させて
改めて気づいたのが
占星術で惑星のシンボルを扱う感覚と
写真撮影でシャッターを切るときに使う感覚とは
とてもにているということ。
いい写真を取ろうとするときには
ただファインダー越しに見えている
対象を写すだけでなく
その対象の背後に立ち表れる象徴的な力や働きに
感性を研ぎすませて
その目に見えない象徴的な力と対話しながら
初めてそこでシャッターを押すという感覚が
僕自身の写真体験には常に存在します。
それはある意味で
ホロスコープと向かい合い
そこに表れる象徴的な力や作用に
注意深く意識を傾け
そうした象徴との対話の中で
言葉を紡いでいくことととても似ているのだと
思うのです。
もともと僕が占星術を始めたきっかけは
実は高校の終わり頃から始めた写真を
大学時代も続けていく過程の中で
写真には直接的には写らない
でもそこに間違いなく存在している
象徴の持つ力に興味を持ったのが
一番最初のきっかけ。
ある意味では占星術というのは
カメラのない時代に
ある一瞬の時空に潜む
象徴をえぐり出すような
ものでもあるのかもしれないと思うのです。
そうした意味で
たとえば
いまこの瞬間の星の配置から読みとく
ホラリー占星術も
実はカメラのない時代から
一種カメラのような働きを担ってきた
時空を切り取る古代の写真機
という意味合いもあるのではないかとも
思うわけです。
写真を再開して
最近、写真を再開したことは
結果的に、物事を哲学的に考えることを
再開することでもあったんだなと思います。
昨日は鏡リュウジさんとNOT FOR SALEのメンバーとの飲み会に参加。
いろいろなお話をさせていただきました。
その時に、自分を形作った書籍って何?
って話になったのですが
僕自身、そう問われてから
よーく考えてみるとそれって
占いの本ではなくて
メルロポンティの「眼と精神」だったり
そして現代詩人の吉増剛造の詩集だったり
アイルランド詩人のW.B.Yeatsの「幻想録」だったりするわけで、
よく考えてみると自分の原点って
占いというよりも
芸術とか哲学の書籍だったりするのですよね。
そうしたものって
何か特別に役に立つものだったり
するわけではないのですが
しかし人生を豊かに生きる上では
とても大切なものがそこに存在しているということも
確かなこと。
最近は写真を再開して
結果的にいままであまり振り返らなかったような
いろいろな視野が最近開けてきています。


















